第六話 太陽の昇る家
それからの数週間は、文字通り泥に塗れた努力の日々となった。
「よし、今日もやるか」
朝霧が立ち込めるエデン村の作業小屋で、ガルバは毎朝、誰よりも早く作業台に向き合っていた。
だらりと垂れ下がった右腕を太い麻紐で体に固定し、動く左手にはジークから託された『秘蔵のナイフ』を握る。シャルロットが用意してくれた木製の器具にジャパイモを挟み、一呼吸置いて、刃を突き立てる。
最初は左手の手元がおぼつかず、狙った大きさに切り分けることすら難しかった。それでもガルバは、かつて大剣をミリ単位で制御していた冒険者としての集中力を、すべてこの左手のナイフに注ぎ込んだ。ハサミを使えば楽だったかもしれない。だが、これはいつか前線へ戻るための、刃物との対話なのだ。
昼は一切の弱音を吐かずにジャパイモを切り続け、夜になれば、油の切れた機械のように固まろうとする右腕の関節を、左手を使って無理やり引き伸ばす。筋肉が引きちぎれるような激痛に視界が火花を散らし、歯茎から血が出るほど奥歯を噛みしめる夜が何度もあった。
そんなガルバの姿を、エデン村の人々は見ていた。
右腕を縛りつけた元冒険者の姿は、最初は確かに奇異の目で、あるいは憐れみの目で見られていた。しかし、時間が経つにつれてその視線は変わっていった。誰よりもひたむきに、誰よりも真剣に、今できるすべてを尽くして泥臭く生きようとするガルバの目を見て、村の人々は彼を「そういうものだ」と、一人の尊敬すべき農夫としてごく自然に受け入れるようになった。誰も彼の腕について腫れ物に触れるような真似はしなかったし、ただ純粋に、彼の頑張りを応援していた。
◇
過酷な労働とリハビリを支えるガルバの何よりのエネルギーは、交易所宿舎の近くにある食堂「パステル・コテージ」の美味い飯だった。
「ガルバ、お疲れさま! 今日もたくさん食べてね!」
扉を開けると、一際明るい太陽のような声が響く。
この食堂では、あの西の家でシャルロットと一緒に暮らしているアイリスという女の子が、アルバイトとして働いていた。
アイリスは自分で作ったという、この世界では見かけない風変わりで可愛らしい『メイド服』に身を包み、元気に店を駆け回っている。
パステル・コテージには、アイリスともう一人、彼女と同じくらいの年の女の子が働いていた。愛嬌たっぷりに給仕をする二人は、今やこの食堂、ひいては村全体のアイドルとして愛されており、彼女たちの笑顔を見るために毎日多くの客が詰めかけていた。
アイリスはこの世界の誰も知らない「神経」という概念を最初から理解していた。だからこそ、ガルバの動かない腕を可哀想なものとして見るのではなく、普通に接してくれる。
「今日の神経の調子はどう? 左手一本で食べるのも、すっかり上手になったね!」
アイリスが自作のメイド服を揺らしながら、料理人が作った美味い料理を運んでくる。それを左手一本で豪快に平らげる時間が、ガルバにとって最高の癒やしだった。
また、ガルバは時々、西の川沿いにある彼女たちの家にも顔を出した。そこにはいつも、賑やかで特別な人々が集まっていた。
シャルロットを守る5人の護衛騎士たち。そして、時々グランベル王国の王都からやってくる「マルク商会」の会長マルク。彼らもみな、パステル・コテージの面々と同様に、ガルバの仕事に対してのひたむきさ、真剣さを心の底から知っていた。
「ガルバ、少しは左手の刃が馴染んできたか? よければ今日も、庭で一本付き合ってくれ」
護衛騎士の一人であるギルバートが、よくそう言ってガルバに木剣を放ってよこした。
エドワード辺境伯様の直属騎士であるギルバートは、恐ろしく強かった。左手一本で大剣は振れないため、ガルバは小回りの利く片手剣を構える。
ギルバートの鋭い踏み込みに、ガルバは左手の精密さで応戦した。変則的なガルバの剣技に、ギルバートも、他の騎士たちも、いつの間にか熱く剣を交えた。片腕になっても、エースだったガルバの牙は決して衰えてなどいなかった。それどころか、毎日を必死に生きる中で、その牙はより鋭く研ぎ澄まされていく。
「ガルバ。お前は本当に、応援せざるを得ない男だよ」
手合わせが終わり、汗を拭うガルバの肩を、ギルバートがリスペクトを込めて叩く。大商人のマルクも、縁側でシャルロットやアイリスと一緒にお茶を飲みながら、「うちの商会に欲しいくらいだよ」と豪快に笑っていた。
温かい人々、パステル・コテージの賑やかな食事、そして失われない牙。
気の遠くなるような努力は、このエデン村の温かさに支えられながら、数ヶ月の月日を経て、ガルバの肉体と精神を確実に変えつつあった。
神頼みの奇跡は起きない。
だが、彼が流した血と汗は、決して彼を裏切らなかった。その『運命の瞬間』は、ある日の夕暮れ、何気ない日常の中で突如として訪れることになる。




