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第四話 微かな光と未知のコード

ガルバが涙を拭いながら語った言葉を、シャルロットは遮ることなく最後まで静かに聞いていた。

悪夢のような大怪我、仲間たちが背負った莫大な借金、そして泣きながら言い渡された追放。すべてを話し終えた縁側には、再び小川のせせらぎだけが優しく響いていた。


シャルロットは哀れみの目を向けるでもなく、ただ真剣な眼差しでガルバを見つめている。

やがて、彼女は氷藍の瞳を真っ直ぐにガルバへと向け、予想もしない言葉を口にした。


「ガルバさん。あなたのお体に、少し触れてもよろしいですか?」


「え……?」


唐突な申し出に、ガルバの胸に一瞬の不審がよぎる。


(片腕が動かなくなった怪我人が珍しくて、興味本位で触ってみたいだけなのか?)


そんな黒い疑念が頭をもたげた。しかし、隣に座るシャルロットの顔を見た瞬間、ガルバは自分の疑いを恥じた。彼女の瞳には、冷やかしや好奇の光など微塵もなかった。そこにあるのは、どこまでも純粋で、真剣な輝きだけだった。


「……分かりました」


ガルバは左手を使って、胸元に頑丈にくくりつけていた太い麻紐を器用にほどいていく。何重にも巻き付けられていた紐が解かれると、傷一つない右腕がだらりと力なく膝の上に落ちた。ガルバはその右腕を左手で支え、シャルロットの前へと差し出した。


シャルロットは、元冒険者の無骨な右腕に対してまったく躊躇することなく、その白く細い指先をそっと肌に滑らせた。


「本当に、感覚はありませんか?」


真剣な表情のまま問いかけるシャルロットに、ガルバはいつもの諦めを込めて、ぽつりぽつりと答える。


「感覚は、ない、です。痛みも、触られた感覚も、何もない。ただずっと、氷みたいに冷たくて、激しく痺れているだけで……」


それが、この数ヶ月間で嫌というほど思い知らされてきた現実だった。魔法や高級ポーションですら治らなかったのだ。感覚などあるはずがない。


だが、どうせ感覚はないだろうなどと言って、投げやりになっていい相手ではなかった。目の前の少女の目はあまりにも真剣だった。


ガルバはそっと目をつぶってみた。

視界を閉ざし、周囲の雑音を頭の中から追い出す。工程を一つひとつ確かめるように、いつもは不快でしかない、右腕の奥に広がる氷のような冷たさと激しい痺れの海の奥へと、全神経の意識を集中させた。シャルロット様が、今、自分の腕に真剣に触っているはずなのだ。


痺れの奥へ、さらに深く、深く、意識を沈めていく。

すると、脳の奥深くで、何かが小さく繋がったような奇妙な違和感が走った。


「……いや? 気のせい、かもしれないが……」


触られた感覚も、痛みもないはずだった。なのに、どこか遠くの方で、何かが皮膚の表面をじわりと圧迫しているような感覚が――。


「……指で、押されている?」


確かに「誰かに肌をグッと押されている」という微かな感覚が、ガルバの脳へと届いた。


ガルバの言葉に、シャルロットの瞳がかすかに輝いた。彼女はさらに確かめるように、静かに問いかける。


「では、今は触れていますか?」


目をつむったまま、ガルバは必死に腕の奥の感覚を探った。冷たい痺れがあるだけで、先ほどの微かな圧迫感はどこにもない。


「……いや、今は触れてない?」


シャルロットは小さく息を吸い、さらに声を落として次の問いを投げかける。


「今は、どうですか?」


ふたたび、ガルバの脳の奥に、じわりと皮膚が押されるような微かな刺激が届いた。それは本当に微弱で、意識を研ぎ澄まさなければ見落としてしまうほどの小さなサインだった。


「……今は、触れててる?」


ガルバが驚愕して目を開けると、シャルロットは触れていた指をそっと離したところだった。

彼女は氷藍の瞳を大きく見開き、それから何かを確信したように、深く、深く息を吐き出した。


「やはり、そうですか……」


動かないはずの右腕から返ってきた、微かな、しかし確かな答え。ガルバはあるはずのない感覚に激しく動揺していた。この世界の誰もが「治らない」と切り捨てた腕の奥で、何かが確かに生きている。ガルバは自分の右腕を見つめ直したまま、震えを抑えきれずに問いかけた。


「シャルロット様? いまのは、一体……」


すると、シャルロットはガルバを真っ直ぐに見つめ、この世界の誰も知らない、驚くべき事実を教えてくれたのだ。


「ガルバさん、『神経』というものを知っていますか?」


「しん、けい……?」


聞いたこともない言葉に、ガルバは思わずオウム返しに呟く。シャルロットは静かに頷き、その未知の概念を丁寧に紐解いていく。


「はい。神経というのは、私たちの脳から全身の筋肉に向かって伸びている、一本一本の『コード』のようなものです。脳が『腕を動かせ』と下した指令を、筋肉へと伝えるための大切な配線なのです」


「脳?からの、指令を伝える、コード?……」


ガルバは自分の動かない右腕を見つめた。

ポーションのおかげで、肉体は完璧に元通りになった。しかし、その内側を走る「コード」の話など、ギルドの最高位のヒーラーでさえ一度も口にしたことはなかった。


「あなたの右腕は、ポーションによって肉体や皮膚、筋肉、神経の周囲は完全に再生されました。ですが、その奥にある『神経』というコードの繋がりまでは、元通りになっていないのです。だから、脳からの指令が筋肉に届かず、自分の腕じゃないように冷たく、痺れて動かないのですよ」


シャルロットの言葉が、ガルバの胸に雷のように突き刺さる。

魔法やポーションで治らなければ終わり。それがこの世界の絶対的な常識だった。しかし、目の前の少女は、その常識のさらに先にある「本当の理由」を突き止めていた。


「でも、先ほどのテストで分かりました。あなたのコードは、完全に千切れて死んでしまったわけではありません。ただ、深く眠ってしまっているだけです。かすかにですが、まだ繋がっています」


シャルロットは、確信に満ちた優しい笑みをガルバに向けた。


「つまり、ガルバさん。あなたの右腕は、まだ死んでいません」


その一言が、数ヶ月間ずっと闇の中にいたガルバの心に、まばゆいばかりの光を放った。

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