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第三話 質素な平屋と緑茶

ガルバは、シャルロットの少し後ろを静かについて歩いていた。

案内されたのは、エデン村の西の端だった。村の中心部から少し離れると、心地よい小川のせせらぎが耳に届き始める。その川沿いに、ぽつんと一軒の木造住宅が立っていた。


「……変わった家だな」


ガルバは思わず足を止め、その建物をまじまじと見つめた。

大農園の管理者が平伏するほどの権力者なのだから、さぞ立派な屋敷に住んでいるのだろうと身構えていた。しかし目の前にあるのは、驚くほど質素で小さな平屋だ。おまけに、この地方では見たこともない風変わりな建築様式をしている。


(本当についてきて良かったのだろうか……)


一瞬、胸の中に不安がよぎる。しかし、今の自分には格好をつけるプライドも、選り好みをする余裕もない。


シャルロットはそんなガルバの戸惑いを気にする様子もなく、住宅の庭の方へと回り込んでいく。そこには、部屋の延長のように庭に向かって細長く伸びた、不思議な板張りの床があった。頭上には屋根の庇がせり出しており、雨を避けながら庭を眺められるようになっている。ガルバにはそれが何のための構造なのか分からなかったが、シャルロットはそこを指差し、静かに微笑んだ。


「そこにお座りください」


「あ、はい」


促されるまま、ガルバはその張り出した床に腰を下ろした。足をぶらりと投げ出すような形になり、すぐ目の前には手入れされた庭の芝生が広がっている。

ガルバを座らせると、シャルロットは「少しお待ちを」と言い残し、そのまま家の中へと入っていってしまった。


一人残されたガルバは、サラサラと流れる小川の音を聴きながら、ぽつんと庭を眺めていた。

緊張と不安で、心臓が小さく脈打つ。上着の内で固定された右腕は、相変わらず冷たく痺れたまだ。


(同情を引いてでも、ここで雇ってもらうんだ。……でも、俺はあの人に何を話せばいいんだろうか)


これから始まるであろう尋問のような時間を想像し、ガルバはぐっと奥歯を噛みしめた。


しばらくすると、家の中からシャルロットが戻ってきた。その両手には、取っ手のない小さな器が握られている。器からは、柔らかな白い湯気が立ち上っていた。

彼女がガルバの隣にそっと器を置くと、独特の、少し香ばしくて瑞々しい香りが鼻腔をくすぐった。


(これは……)


器の中に入っているのは、透き通った深い緑色の液体だった。

冒険者として王都や大都市を巡っていたガルバは、その正体にすぐに気がついた。最近、帝国の貴族や富裕層の間で流行り始めていた珍しい飲み物――『緑茶』だ。

だが、王都の高級店で見たものよりも、遥かに深く、鮮やかな色をしている。


「どうぞ。温かいうちに」


シャルロットに勧められ、ガルバは「いただきます」と小さく呟き、動く左手で器を持ち上げた。

ゆっくりと口元に運び、緑色の液体を一口、すする。


「っ……」


じわり、と温かいものが喉を通り、お腹の奥へと染み渡っていった。

それと同時に、不思議な感覚がガルバを襲う。脳の芯までピリピリと張り詰めていた焦りや緊張が、その温もりによって、急激に解きほぐされていくのが分かった。


心が、驚くほど静かに落ち着いていく。

「完璧な状態」を失ってからの、この数ヶ月間の日々。

右腕が動かなくなってから、ずっと張り詰めていた。どうにか動かそうと泥臭くもがき、それでもダメだった。追放を言い渡されたあの瞬間も、必死で惨めな笑顔を作って縋り付いた。仲間たちが部屋を出ていった後も、「言い訳にできるかよ」と無理やり自分を奮い立たせ、一度も立ち止まることなくここまで走ってきた。


弱音を吐いたら、そこで本当にすべてが終わってしまう気がしたから。


しかし、温かい緑茶によって強張っていた心が緩んだ瞬間、抑え込んでいた感情が一気に決壊した。


(ゴライアス、セリア、リネット、ジーク……)


頭の中に、大好きな仲間たちの顔が、あの別れの日の涙が、次々と鮮明に思い浮かんでくる。


「……あ」


視界が急激に滲んだ。

慌てて左手で顔を拭おうとしたが、間に合わなかった。大粒の涙がポロポロと目から溢れ落ち、頬を伝って、板張りの床に小さなシミを作っていく。


仲間たちが部屋を出ていったあの瞬間には、一滴も出なかった涙だった。

泣いている暇なんてない、早く生きる道を探さなきゃいけないと、自分の心に冷酷な嘘をつき続けていたのだ。


一度溢れ出た涙は、どうしても止まらなかった。22歳の元冒険者は、左手で顔を覆い、嗚咽を必死に噛み殺しながら、肩を震わせて静かに泣き続けた。


そんなガルバの様子を、シャルロットは咎めることも、慌てることもなかった。ただ隣に腰掛け、包み込むような優しい笑顔を浮かべながら、彼が涙を流しきるのを静かに見守っていた。小川のせせらぎだけが、二人の間に優しく響いている。


やがて、ガルバの肩の震えが小さくなり、心が本当の意味で落ち着きを取り戻したのを見計らい、シャルロットはそっと、穏やかな声をかけた。


「何か、深い事情がおありなのでしょう?……良ければ、あなたのお話を聞かせてください」


その温かい言葉は、ガルバの心に深く染み渡った。

この人になら、すべてを話していい。いや、何も隠さず、格好つけずにすべてを打ち明けたい。ガルバはそう思った。


ガルバは左手で乱暴に涙を拭うと、静かに口を開いた。


「……俺は、冒険者でした。でも、魔物との戦いで、右腕を……」


自分の身に起きた悪夢のような怪我のこと。高価なポーションを使っても痺れたまま動かないこと。そして、自分のために大借金をしてまで支えてくれた、大切な仲間たちのこと。


ガルバは、自分のこれまでのすべてを、ぽつり、ぽつりと、静かに話し始めるのだった。

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