↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
113/129

第一話 繋がれた命の行き先

「済まねえ、ガルバ。お前をこのパーティ、鋼の牙スチール・ファングから追放する……」


ゴライアスの絞り出すような声が、冷たい部屋の空気を凍りつかせた。

その場にいる誰もが、ガルバの顔を見ようとはしなかった。

魔法使いのセリアは両手で顔を覆い、溢れ出る涙を止められずに肩を激しく震わせている。

弓使いのリネットは、床にボタボタと大粒の涙を落としながら、服の裾を小さな手で掴んでいた。


ガルバの頭の中が、真っ白に染まる。

追放。

その二文字の意味が、すぐには理解できなかった。


「ま、待ってくれよゴライアス! お、俺はまだ戦える!い、 今までだって、片手で何とか切り抜けたことだってあっただろ!?」


ガルバは必死に声を張り上げた。顔の筋肉を無理やり動かし、いつものような快活な笑顔を作ろうとする。しかし、引きつった笑みはあまりにも惨めで、哀れだった。

彼の必死の訴えとは裏腹に、魔物の強靭なあぎとに噛み砕かれたはずの右腕は、だらりと下がったままピクリとも動かない。


ゴライアスは、拳を血がにじむほど強く握りしめていた。

その屈強な顔を苦痛に歪め、大粒の涙をボロボロと流している。誰よりも義理堅く、仲間想いで、みんなの兄貴分だった男。ガルバの才能を誰よりも認め、高く評価してくれていたリーダーが、今、人生で一番辛い決断を下していた。


「お前を死なせるくらいなら、俺は一生、お前に恨まれたっていい」


ゴライアスの声が震える。

あのポーションを購入するために、ゴライアスは無理をしすぎていた。自分の私財をすべて投げ打ち、街の悪名高い高利貸しから借金をしてまで、ガルバを救うためのポーションを買い走ってくれたのだ。セリアも、リネットも、ジークも、自分の全財産をすべてガルバの治療費のために差し出してくれた。


しかし、そのせいで莫大な借金の返済期限が迫っている。

彼らは立ち止まるわけにはいかない。期限までに高難度の依頼をこなし、前に進み続けなければならなかった。それなのに、前線でガルバの体がすくんでしまった時、ゴライアスは本能で察知したのだ。


(このままではガルバが死ぬ。みんなも全滅する)


だから、泣きながら追放を告げた。

ガルバを死なせないための、あまりにも優しく、残酷な決断だった。


「う、うあぁ……ごめんなさい、ガルバ、ごめんなさい……っ! 私を魔物からかばったせいで、あなたの腕が……っ!」


セリアが顔を伏せたまま叫ぶように泣いた。


「無理だよ、ガルバ……っ。前衛でガルバがそんなに震えてたら、私、怖くて弓なんて引けないよっ!」


リネットが一晩中泣き明かした目をさらに腫らし、子供のように泣きじゃくる。前衛の不安定な恐怖を、彼女は肌で一番痛感していた。


誰もガルバを憎んでなどいない。むしろ、愛しているからこその追放だった。

「……すまねえ」

ゴライアスはそれだけ言うと、背を向けた。彼をこれ以上引き留めることは、誰にもできなかった。

メンバーたちが部屋を後にする。泣き崩れるセリアをリネットが支え、背中を押して、ガルバを一人残して部屋を出ていく。


最後に残ったのは、斥候のジークだった。

冷静沈着で現実主義。戦況からガルバの危険性を一番冷徹に理解し、だからこそゴライアスの追放の決断を唯一、男として支えた男だ。ジークは一歩前に出ると、絶望のあまり崩れ落ちそうになっているガルバの肩を、優しく掴んだ。


「アイツを責めるなよ。あいつが一番、身を切られる思いで頭を下げたんだ」


ジークはそう言うと、無言で自分の腰から一本のナイフを抜いた。それは彼が命の次に大切にしていた『秘蔵のナイフ』だった。ジークはそのナイフを、ガルバの動く左手へとしっかりと握らせた。


「……生きろよ、ガルバ」


それが最後の言葉だった。

ジークが静かに部屋から出ていき、重い木製の扉がパタンと閉まった。


静まり返った宿屋の一室。

先ほどまでの怒号と泣き声が嘘のように、冷たい沈黙が部屋を満たす。

ガルバは一人、ぽつんとベッドの端に取り残された。


「……っ」


左手で、だらりと垂れ下がった右腕を掴んでみる。

高級ポーションの力は凄まじかった。皮膚は恐ろしいほど滑らかで、傷跡一つ残っていない。それなのに。感覚の海の中では、右腕は常に氷の塊を強烈に押し当てられているように冷たく、激しく痺れている。


「動けよ……動いてくれよ……!」


左手に力を込め、右腕の肉を強く絞る。爪が皮膚に食い込んでいるのに、右腕からは何の感触も返ってこない。指先一つ、ピクリとも動かすことができなかった。


これまでずっと、冒険者一筋でやってきた。

前線で仲間を守り、鋭い剣技で魔物を切り伏せる。それがガルバのすべてだった。


「冒険者一筋でやってきた俺が……これじゃ、何ができるっていうんだよ……」


ぽつりと漏らした本音が、冷たい部屋の壁に跳ね返って虚しく響く。

誇りも、自信も、未来も、すべてが粉々に砕け散っていた。


どのくらいの時間が経っただろうか。

窓の外の景色が闇に包まれ、やがて冷たい朝の光が部屋の床を白く照らし出すまで、ガルバは一歩も動けずにいた。


ふと、じっと見つめていた左手の中で、ジークから渡されたナイフが朝日に反射して鈍く光った。


その重みを感じた瞬間、ガルバの脳裏に仲間たちの姿が蘇る。

顔を歪めて大粒の涙を流していたゴライアス。自分を責めて全財産を差し出したセリア。怯えながらも自分を慕ってくれたリネット。すべてを背負ってナイフを託してくれたジーク。


(みんな、自分のすべてを投げ打って、俺の命を繋いでくれたんだ)


ゴライアスたちは、自分たちのために大借金をしてポーションを買ってくれた。そのせいで今は命懸けで走っている。彼らの深い愛を、ガルバは誰よりも理解していた。だから、彼らを一切恨んでなどいない。


「みんなが繋いでくれた命だ。動かないなんて、言い訳にできるかよ」


ガルバの瞳に、力強い光が戻る。

腕が動かないからとここで腐っていたら、それこそ仲間たちの想いを踏みにじることになる。


冒険者はもう無理だ。なら、生きるために別の道を必死で探すしかない。泥水をすすってでも、生きてみせる。


ガルバは顔を上げ、引き締まった表情で立ち上がった。

必死に思考の海から手繰り寄せる。ふと、以前ギルドの依頼板の片隅で見かけた募集を思い出した。


「……大農園のある、エデン村、だったか」


年中、人手不足で農夫を募集しているという場所だ。あそこなら、まともな戦力にならない人間でも、仕事があるかもしれない。


「片腕の俺でも、雇ってもらえるかもしれない。……いや、雇ってもらうんだ。体なら、まだ動く」


ガルバは最低限の荷物をまとめると、動かない右腕を揺れないように紐でしっかりと体に固定した。

指先一つ動かない右腕の冷たさは相変わらずだったが、不思議と、もう絶望はなかった。


ガルバは、ジークのナイフを腰に差し、前を向いて部屋の扉を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。