第四話 大規模農場と小川の美少女
「……え、嘘だろ。味噌と醤油?」
そこには、この中世っぽい世界観には珍しいはずの、地球でお馴染みの調味料が並んでいた。
普通ならここで「異世界に日本の調味料があるなんて!」と大騒ぎするのかもしれない。だが、歴史の因果関係をパターンとして丸暗記していたオレの脳は、すぐに冷徹な事実を導き出した。
大豆さえあれば味噌はできる。
そして、味噌を仕込んだ樽の底にたまった液体が醤油のルーツだ。
そんなこと、発見や気づきさえあれば、この世界の人間が作って売っていても、なんの不思議もない。
ただ、問題はその横にある値札だった。
「……高っ。何これ、結構な値段するじゃん」
値札に書かれた数字を、昨日のクリスさんの宿の一泊分の料金と比較してみる。庶民が普段使いするには明らかにハードルが高い「高級品」の位置づけだ。原理は簡単なのに、なぜこんなに高いのか。
「……っていうか、そんなことよりオレの残り少ない持ち金の現実の方がヤバいわ」
ふと自分のポケットに意識が向いた瞬間、リアルな不安がオレを襲った。
この味噌や醤油が高いなんてどうでもいい。オレのこの少ない手持ちじゃ、あと数日で宿を追い出されて詰んでしまう。これからマジでどうやって生きていけばいいんだよ。
異世界のスーパーの棚の前で、身一つの16歳の高校生であるオレは、途方に暮れて思考を止めてしまった。だが、お金のことを今ここでいくら考えても、どうにもならない。
「……いや、切り替えよう。まだ数日は宿に泊まれるお金はあるんだし」
ここでウジウジ悩んで時間を無駄にする方が非効率だ。とりあえず見学がてら、この村や農場を自分の目で見て回ろう。まずは情報を集めてから、これからの出処進退を決めればいい。
オレはすぐに頭を切り替えると、交易所を後にした。
◇
まずは北にあるという大農園を見学することにした。
村の中心部は相変わらず人の行き来が多く、農作物を運ぶ馬車が土煙を立てて激しく行き交っている。だけど、みんな自分の仕事に必死なせいか、ただ歩いているだけのオレに声をかける者は誰もいなかった。他人の面倒な干渉を嫌うオレにとって、誰にも邪魔されないこの状況は最高にスムーズで快適だった。
そのまま大通りを抜け、北の農園に到着した瞬間、オレはその圧倒的な光景に言葉を失った。
「すっげえ……地平線まで続いてんじゃん……」
オレの目の前に広がっていたのは、世界の果てまで続いていきそうな広大な畑だった。のどかな日本の田舎の田んぼなんかじゃない。まるでテレビのニュースで見たことがある、アメリカの超大規模農場のようなスケール感だ。
青々とした野菜の葉っぱや、すでに実がなっているものはオレの目で見てもなんとなく分かった。だけど、それ以外の土に埋まっているものや、見慣れない形の植物が何の野菜なのかは、普通の高校生であるオレにはさっぱりわからない。
無駄に悩むのは時間がもったいない。オレは頭の中で、手元の万能な相棒に尋ねた。
「カカシ、ここってどんな野菜が作られてるの?」
『……主に大豆、小麦、ジャパイモ、カブなど、シャルロット様が提唱した輪作の作物群です。土壌の栄養を枯渇させず、収穫量を最大にする見事な組み合わせです』
「ジャパイモ……。へー、よく考えてあるな」
発展した農場の秘密を知り、オレはすっきり納得した。農園を十分に見学したオレは、今度は方向を変えて、西の方へ行ってみることにした。
大通りの喧騒や激しい馬車の往来がだんだんと遠ざかり、西側へ進むにつれて、少し街から離れたのどかな風景が広がり始める。
ポツポツと点在する家々。その庭先には、家庭菜園だろうか、小さな畑もちらほらと見えていた。東や北の「完璧に整備された工場」のような雰囲気とは違う、良くも悪くも、昔ながらののんびりした田舎の景色だ。
「……ん?」
ある小川の方へと向かって何気なく歩いていると、その小川の近くに、木造の質素な建物が見えた。
そして、その建物の前の小川の近くに、一人の若い女性が佇んでいるのが目に留まった。
さらりと風に流れる、神秘的な銀色の髪。夏らしく涼しげな白いワンピースを着たその女性は、オレですら思わず息を呑んで立ち止まってしまうほどの、超絶美少女だった。
凛とした佇まい、そしてその氷藍の瞳には、明らかに深い知性が宿っているのが遠目からでも分かった。
あまりにも完璧で知性的な彼女の姿を見ていると、オレの脳裏に、つい最近見たばかりの「別の超絶美女」の顔がふと浮かんでしまった。
(……あの、絶世の美女のくせに『てへっ』とか言うような締まりのない顔をしてた女神さまと比べると、格差がすごすぎるだろ……)
目の前の美少女の圧倒的な知性を宿す瞳と、あのポンコツ女神の間が抜けた苦笑いを頭の中で比べてしまい、オレは思わず「ふっ」と少し笑ってしまった。
しまった、と思ったが遅かった。
その美少女は、オレのわずかな笑い声に気がつき、弾かれたようにこちらに顔を向けたのだ。
氷藍の瞳と、まっすぐに視線が交差する。普段は冷めた傍観者を装って大人ぶっているオレだが、中身は普通の16歳の男子高校生だ。不意にこんな超絶美少女とバチッと目が合ってしまい、どくん、と心臓がうるさいくらいに跳ね上がった。一瞬で顔が熱くなるのがわかり、激しく動揺する。
すると、その美少女はオレの動揺を見透かしたように、パッと柔らかい笑顔を浮かべた。
そして、白い手を小さくひらひらと振ってくれたのだ。
鈴の鳴るような、澄んだ心地よい声が小川のせせらぎに混ざって届く。
「いらっしゃい」




