第十一章 決行 -職人達の逆襲-(上)
予告状
マーク=ポズナー殿
レオン=ウラジーミロヴィチ=ズミエフスカヤ殿
モレロ・パシフィック社御中
この度我々怪盗結社黒ウサギは、現在恵比寿ガーデンプレイスにて展示されている貴石、アレキサンドライト(推定35ct)を頂戴する事としたことをここに宣言する。
この石はモレロ・パシフィック社の"スキャンダル"そのものである。
その昔、モレロ工房は他の追随を許さぬ、それは質の高いクリスタルガラスの工房であった筈である。
それが今はどうであろうか。質に合わぬ法外な額。以前は出していなかった粗悪品の市場流出。御社の公表している資本金の額を大幅に上回る所得隠ぺい。会長、マーク=ポズナー氏による会社の私物化。この所得隠しは貴殿が指示したこと、明々白々である。そして社長、アルフォンス=ラバーバラ殿、否、レオン=ウラジーミロヴィチ=ズミエフスカヤ殿。貴方のガラス職人に対する14年にもわたる圧政と私刑の数々。同じ犯罪を犯す者として、貴方の行いは我々とはおよそ相容れない、風上にもおけない、下劣なものである。
モレロ・パシフィック社各位に告ぐ。
隠しても無駄だ。
我々の手元には今、諸君らが粉骨砕身して秘匿している、上記の事実を証明するためのいくつかの機密情報がある。
そしてその中にこの、"スキャンダル"があることも、忘れてはならない。
現在恵比寿にて展示されているあのシャンデリア。あの中には"心臓"と内部で呼ばれるこぶし大のアレキサンドライトが包有されている。あれこそが、あのシャンデリアを"光の魔術師"と言わしめているからくりなのだ。
クリスタルガラスの工房が貴石に手を出す。何と嘆かわしいことか。
我々は諸君らに目を覚ましていただくべく、立ち上がる事に決めた。
2001年1月9日19時。恵比寿ガーデンプレイスは我々のシンボルマークによって占拠され、あの石は我々のものとなるだろう。是が否にもこの舞台へ、お越し願いたい。
2001年1月8日
怪盗結社 黒ウサギ
その郵便物はモレロ・パシフィック社会長宛、速達で届いていた。
日本語が一部。そしてご丁寧にも仏語でも一部入っていた。
文を読み進める内に、マークの顔がみるみる険しくなった。
2度、3度と読み返す。
思わずあたりを見回した。広い会長室には誰も居ない。
マークの額に油のような汗が浮かびだした。
そこへ秘書の一人が駆け込んできた。
「会長、大変です、外が…!!」
「落ち着いて、どうしました。」
マークの演技は大したものだった。
「マスコミに取り囲まれてますよ…!!!」
「何」
マークはあわてて、机の後ろの窓から下を覗き込んだ。そして戦慄した。
本社の正面玄関は、数十台のカメラと黒山の人だかりで、すっかりと覆いつくされていたのである。
マークは持っていた予告状を握りつぶし、くずかごへ捨てた。まるでゴミを捨てたかのような自然な動きだったため、秘書の男も気が付かなかったようだ。
「今、本社に居る者全員に無用の外出は控えるよう指示を出しました。」
秘書は思いの外冷静だった。「青山さんがマスコミに話を聞きに降りて下さってます…宜しかったですか?」
「ありがとう、それでいい…」
そこへ激しいノックの音がした。
「勝手な出入りは社員でも禁じられていますよ!」
秘書が日本語で怒鳴った。が、次の瞬間、
「おいあんた!これは何だ!!」
二人も知らない、どこぞの平社員がみけんに青すじを立てて会長へ詰め寄った。
「ちょっと、止めなさ…」
秘書が止めに入ろうとしたが、平社員から突き出された写真が目に入った途端、「…うわぁああああぁ!!!」
「?!」
写真が数枚、床に散乱した。秘書が恐怖のあまり、平社員の手を叩き落としたのだ。
マークは床に散らばったその写真を手に取った。
男が四人写っている。全員手足を縛られ、並んで床に座らされ激しく殴打された痕が見てとれた。そしてその横には無表情のまま、その四人に銃口を向ける別の男が立っている。男は、こっちを見ていた。
「あんたら、ガラス職人達にこんなリンチをしてたのか!」
その社員は怒りで顔が真っ青だ。
そこへ別の中年の社員がやってきてこれも深刻な顔を浮かべ、
「会長。今貴方、何か捨てましたね?でも無駄ですよ。
今、同じ物がうちの課全員宛で送りつけられてるんだ。さらに本社の一階の壁一面にもでかでかと貼り付けられているんです。誰がやったのか分かりませんがね。全社員がそれをもう、見てるんだ。」
そこへまた別の社員がやってきて、「会長。今、社員は皆、見におぼえのない告発の数々で混乱をきたしています。あなたには今、すぐに、社長と一緒に説明をする責任がある。言ってる意味、分かりますね?」
気が付くと、会長室の外の廊下も黒山の人だかりが出来ていた。不安そうな顔、怒り心頭の真っ赤な顔、恐怖の表情を浮かべた顔、皆一様にマークに突き刺すような白い目を向けている。
マーク=ポズナーはがっくりと肩を落とした。そしてふらふらとした足取りで会長の机へと向かいながら、
「白井君…社長へ至急、ここへ来るように伝えて下さい。」
秘書は頷くと、携帯をかちりと開けて電話をかけ始めた。
"本日午前七時、○○テレビ本社宛に一通のFAXが届きました。
怪盗結社黒ウサギ、と名乗ったその文面には、今夜午後7時に恵比寿ガーデンプレイスにおいて、シャンデリアから宝石『アレキサンドライト』を盗み出すと書かれています。
恵比寿ガーデンプレイスには××記者がいます。××さん?"
(画面切り替わる)
"はい!こちら、恵比寿ガーデンプレイスの現場前です!現在、坂を下ったところにあります展示広場と、恵比寿駅からの直通通路は、規制線が張られ立ち入りが出来なくなっています。しかし、この盗まれる瞬間を一目見ようと大勢の人が詰めかけてまして、ざっと見ただけでも…百人は超えているのではないかと思います。テレビカメラも30台強、伊勢丹前と向かいのビルの地上階に構えていまして、現場は異様な空気に包まれています。現場からは以上です。"
伊藤はここでテレビの音量を0(ゼロ)にした。
「…あと、4時間です。」
第二班班長、伊藤貴志の声は低く、落ち着いていた。
目の前にはテーブルがあって、雪乃、畑野、恵の三人が緊張の面持ちで座って、伊藤を見上げている。
そして三人の前には黒のマント、黒の上下(Tシャツとズボン)が畳まれ、そしてその上に真っ白な仮面がニタァと笑っている。
とうとう、来たのだ。この日が。
モレロ・パシフィック社の14年にもわたる悪事は、今、白日の下にさらされた。
そして私たち第二班は今、あのアレキサンドライトを、盗ろうとしている。
(まるで引き絞られた弓のようや…うちらはつがえられた矢や)
雪乃は思った。自分でも物凄い集中しているのが分かった。
「メグ。」
「うん?」
「…全力で、守ったるかんな。」
雪乃は真正面にいた恵の手を握り、ひたと見つめた。
恵の手はびっくりするほど冷たかった。
「…ありがとう。」
恵は照れたように笑った。驚くほどに、落ち着いていた。
「よし、最終チェック入るぞ。終わったらもう現地や…行くぞ!」
「っしゃあ!」
三人の声が一斉に揃った。




