第十章 二つの鍵(上)
さて、本題に戻そう。
雪乃の仕込んだ(そして恵が回収してきた)隠しカメラは、かなり重要な情報を拾ってきた。
23:55。まだ一般の見学客がシャンデリアを見上げている。
0:00。消灯。シャンデリアの灯が消え、展示ケースのライトの光のみとなった。
0:02。
「…来た」
画面横から、スーツ姿の細身の男性がやってきた。隣に護衛らしき大柄な男性を一人、従えている。
「寄ってみよか。」
伊藤が手元のPCを操作した。画像は粗くなったが、拡大されて男の表情と、展示ケースの鍵を開ける様子が映し出されている。
男は鍵を開けると一旦その場から立ち去り、どこからか大きな脚立を持って戻ってきた。そしてそれを持ったまま展示ケース…とは言っても5m平米の高さ9mもあるものなので、その入り口も最早、扉と言っていい物だ…の中へと入った。
「例の部品って、あのシャンデリアの一番下?」
恵が画面を指差した。
「設計上はな」
移動は短く言った。その目は画面から離れない。
男はシャンデリア本体の真下まで来ると、その脚立を立てた。そしてすっ、すっ、と登っていく。三段目で止まった。…するともう、シャンデリアの一番下が彼の目の前に来ていた。すると。
「…あれか…」
伊藤は手を合わせ、画面を見つめる。
男は慣れた手つきですばやく白い手袋をはめ、シャンデリアの一番下の飾りに手をかけ、そろーっと…手をかけた。
するとどうだ。
その飾りが、取れたではないか。
「映像に限界があるね。行って見てみたいわ。ここのはずし方が分からへんと…」
「…これは見た方がええな…。明日かそこら、行くか。一人で大丈夫か」
「うん。」
男はジャケットからおもむろに何かを取り出し、取れた飾りの中にある何かにそれを差し込んだ。
「鍵や…!」
「右に回しよる…」
そして、男は手を離すとおもむろに、その周りにあるシャンデリアのクリスタルガラスのパーツを外し始めた。
シャンデリアに異変はない。
外し終えたパーツは、もう一人の護衛の男が持つ何か…あれはビロード製のお盆だろうか…に載せられている。
どうやら人一人分が入れるスペースが出来たらしい。
おもむろに細身の男は脚立を登り、中へと入っていった。
(やっぱり俺はムリやな…)
伊藤は思った。
護衛の男は持っていた盆を足元に置き、脚立を下で支えている。細身の男が脚立の最上段に乗っているのだ。
ややあって、男は降りてきた。両手には何かネックレスのようなものを大事そうに持っている。そしてそれを護衛の男の盆に…載せた。
「外した…!」
「アレか…!」
伊藤の予想が的中した瞬間だった。
うっすら赤かったシャンデリアから色が消え、完全に透明なクリスタルガラスになった。
男二人は安堵したように笑ったように見えた。が作業はまだ終わっていない。続けて細身の男は外していたシャンデリアのパーツを元通りに取り付け、取った飾りはそのままにして、脚立を降りた。
どうやら、鍵も刺しっぱなしにしているらしい。
傍らで護衛の男が、盆に載せられた宝石を外されたパーツを手に触れぬようにして、いつの間に持ち込んだのか、銀色のアタッシュケースにしまいこんでいる。おそらく、なかで動かないようクッション財か何かで養生された、特別あつらえのケースのようだ。映像の限りではそのように見えた。
0:07。作業は終了した。アタッシュケースを手渡され、男は護衛の男とともにその場をあとにした。
11月14日。
恵を除いた第二班の面々が顔を揃えた。
「思ったより早く切り上げられたようで。」
「うん、短期のやつはな。こちらから連絡せんかったらフェードアウトできるんよ。そういう奴も多いから目立たんしな」
畑野のもぐりこんでいたバイトは予定より一週間近く早く、撤退できたらしい。
「恵は?」
雪乃が聞いた。
「…あの子は神戸に帰したよ」
伊藤は言った。
「え。どないしたん」
「あれから現地で、間近で見てもろたんやけどな。そしたら、『実物大で盗る練習したい。』言い出してな。本部地下のオークション会場にレプリカ作らせて設置して、今それで特訓しよる。」
「設計書、手元にあるから作れたんやな」
「ええ。製作は零班にお願いしました。流石にシャンデリア本体は下の部品のところと骨組みだけにしてもらいましたけど、あとケガ防止で本体の一部プラスチック製ですけど…。大きさは実物大です。あと一応、当日の混乱を再現するため、警官隊役にZ班の御笠さんと、実行犯一班の部下の子達がやってくれてるみたいですね」
「それは心強い。警官隊よりキツいん違うか」
畑野が笑った。
「キツいぐらいで丁度良いでしょう。当日は数でもってかかってくるでしょうから。僕らはいかに警官隊をひきつけ、無事に全員逃げおおせるか。それが全てなんで。」
伊藤の冷静だが強い物言いに、雪乃は息を飲んだ。
「…でもまぁその前にやる事があるワケです。」
伊藤の口調がコロッと変わって、数枚の写真を二人の前に置いた。
「?誰やこいつ」
そこにはアタッシュケースを持って車に乗り込む、若い男性が写っていた。一枚は横から、もう一枚はやや正面から撮られたもので、あとの一枚は、これはどこぞのカフェだろうか…ロゴの入った紙製のコップを手に沈思している様子が写っている。
「イケメンやね。」
雪乃がとりあえずといった感想を述べた。
「若月 裕平。28歳。モレロパシフィック社社員、今回のエターナルライツプロジェクトの元メンバー。現在は担当を外れている」
伊藤の口から突如個人情報がすらすらと出てきて、畑野と雪乃は思わず顔を見合わせた。
「昨日お二人に見せた映像の男ですよ。」
いつの間にソファから立ち上がっていたのか、伊藤はくるりと振り返ってけろっと言った。
「…?」
それにしては…。
「なんか、映像よりも体が一回り小さなってないか…?」
そう、それだ。
「おそらく、ここ約二週間の心労が祟っているのでしょう。僕も何度か彼に張り付いていたんですが、みるみるやせ細って…」
伊藤は痛々しいものを見るようにその写真を見た。
「ははあ…」
「この人が、夜中石の管理してるん?」
雪乃が聞いた。
「まぁ、そう…と言えるかな?」
「…?」
「まぁ。説明するわ。」
伊藤は言って、部屋の奥にあったホワイトボードをがらがらと出してきた。
「まず雪乃が仕込んでくれたカメラの映像から分かったんは、」
伊藤は言いながら、
・石は夜中、若月くんによって外される。(ALS●Kの護衛付き)
・ひっぱるとシャンデリアが落下してくる例の部品には実は鍵穴がある。
→ここに鍵を差し込むことで落下はしなくなる。
「他にもあるけど、まぁまずはこれな。」
伊藤は書き終えると、「さらにここ二週間近く色々調べたことで分かったことがありまーす。」
とのほほんといいつつ、こんな絵を描いた。
「これ、日中帯な。意味分かる?」
「石はシャンデリアの中。鍵は銀行の貸金庫…あー、分かったぁ」
ここに来て雪乃はソファにぼすっと背をもたれ、「これはむずいぞ!どうやってこの鍵…」
「まあまあ。お二方もう見当ついてると思いますが、これが夜中こうなりまーす。」
伊藤は言って、上の絵から宝石の絵と鍵の絵を消し、矢印を描き込んだ。
「…で、朝になったらまた銀行行って、宝石持ってきて元通りにするっちゅうこっちゃな。これ毎日続けよるん?」
畑野が聞いた。
「ほぼ。週休二日を確保するため木曜と日曜は交代要員がやってますが…それ以外は。」
「ちなみにその交代要員て…知ってる人?」
「マーク・ポズナー本人です。」
「いい?!」
いきなり大物の名前の登場に二人は目をむいた。
「つまり若月くんはですねー、抜擢されたんですよ。このモレロ・エターナルライツのスキャンダル…アレキサンドライトの運び屋という役に。
ちなみにですが彼、見ての通り阿部 寛 似のイケメンですよね。てことはどういうことか雪乃んわかるか?」
「…まさかマークの夜の相手とか言わんよな」
「ピンポーン大正解♪」
伊藤はさわやかに言った。
「カーイ♪ちゃうし。うーわそれは痩せるわ…」
雪乃は顔を覆った。
「ここからは推測なんですけどね。ついでに脱線しますけど。
マークさんね。そろそろアルフォンス・ラバーバラのことが重なってきてるん違うかな。
この宝石の出し入れ作業なんですけど。アルフォンス本人が全く登場してきよらんのです。ちょっとおかしないですか?これはカンなんやけど、アルフォンスは、若月くんたちが夜中にこそこそこんな事してるの、全く知らんのと違うかな。全部、マークの独断で、アルフォンスには内緒で。
以前雪乃んから聞いたんやけど、アルフォンス・ラバーバラいう人間は情に厚い、優しい一面がある一方で、急に冷酷になって手段を選ばんようになるところがある言うてたやろ?
この人な。多分、多重人格とまでは行かんけど、まるで人の面をかぶったように人格を演じれる人なん違うか思うねん。おそらく、幼少の14年の逃亡生活がそうさせたんやろと思うんやけど…。ただ、その過去によってねじ曲げられた精神が今になって、狂って出てきよるんやないかと俺は思う。
一方マークはというと、そこまでやなかったやろ?確かに彼も幼少の頃、ニースでそれはひどいいじめを受けとった。でも差し伸べてくれる手があった。彼は8歳で別荘を抜け出せて、カナダで養生も出来て、勉学にはげんだ結果ハーバード大まで進んで。どん底はどん底でも、這い上がれた先が全然違う。
そりゃあこの二人、最初に出会った頃はお互い傷の舐めあいで良かったかもしらんけど。ポズナー家という呪われた家名で繋がってて。運命すら感じたやろけど、しょせんは他人や。アルフォンスはいつまでたっても、どんなプレゼントをあげても、復讐とげさしたっても。ガラス職人達を虐げても。何も変わらへん。ずーっと、ずーっと、ガラス職人を恨み続け、芸にツバ吐いて。14年も。しまいにはアレキサンドライト?もうええやろと。
だからアルフォンスのことが重くなって、若月くんに走ったんちゃうかと僕は見てるんです。」
伊藤は一気に言った。
「…アルフォンスさんはね…、休まんかったことが問題やったん違うかな…」
雪乃はぽつ、と言った。その目はまるであのN●Kの映像が映っているかのようだった。「せめて、あの逃亡から抜け出せたところで、レコードのプロデューサーはグランドキャニオンにでも連れてくべきやったわ。」
いきなりアメリカ大陸の名所が彼女の口から飛び出したので、畑野と伊藤は思わず笑ってしまった。
「だって、そしたら分かったかもしれんやん!自分は何てちっぽけなことにこだわってたんやろ、って」
「うんうん、分かっとる、分かっとるよ言わんとしてる事は。悪かったよ笑て。そんなにらむなや。」
畑野は笑いながら言って、「確かに、そうすれば後々の未来は変わったかもな。でもまぁな。覆水盆に返らずやでな。」
「マークとアルフォンスの心離れの話は分かった。で、この鍵はどうやって複製するん?」
畑野は話を戻した。
「そうなんですよねぇ…。見ての通り、ここの若月くんが鍵持ってる間しか、正直チャンスは無いんで…。」
「それ以外は銀行か、シャンデリアに刺さってるかやもんな。」
「夜中にシャンデリアから鍵抜いてみたらどうなるんやろ?」
言ったのは雪乃だった。
「それは多分…本体が落ちてくるね。これは設計書の記載がないから、なんともやけど。そのために刺しっぱなしにしてるんやと思う。」
(実は後で判明したのだが、伊藤のこの推測も正しかった。)
「あー…なるほど。」
雪乃は頭をぼりぼりとかいて、「そもそも鍵の複製って、何をどうすればできるんやっけ?」
「一番ええのは、その鍵本体の型を樹脂か何かで取る、やね。まぁそもそも鍵やのうてピッキングしてもうてもええんやけどな。でもコレは最終手段や。まずは複製すること前提で行きたい。
また話がそれたわ、ごめん。型、が無理なら実は写真だけでも大丈夫やで」
「写真?!?」
意外な単語の出現に雪乃はすっとんきょうな声を上げた。
「この写真、見てもらえるとわかるんやけどな。これ、作業に移る直前のなんやけど。」
伊藤はここで4枚目の写真を出してきた。若月の右手には確かに、その鍵がある。
「…ははあ。どこにでもありそうなやつやな…複製不可なやつではないね」
畑野はほっとした顔で言った。
「実は鍵にはシリアルナンバー、が付いてるのは知っとうか?鍵を持つ部分に書かれてるアルファベットと数字やね。これさえあれば複製は出来るねん。だから、鍵本体を至近距離から撮った写真。これがあれば複製は充分可能になる」
「ははぁ…」
雪乃は本当に知らなかったらしい。
それはそうだろう。
彼女はピッキングを得意としている。これまでスペアキーを作るなど、考えもしなかったのだ。




