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異世界艦隊日誌 航跡録―これまでのあらすじ―  作者: アシッド・レイン(酸性雨)


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第六回 三叉の槍と王女の決断編(第十五章~第十六章・外伝2~3)

※本ページには、『異世界艦隊日誌』第十五章から第十六章、および外伝2「工作艦 明石の憂鬱」、外伝3「戦艦 大和改はもっと打っ放したい」の内容と結末に関するネタバレが含まれています。


● 新たな艦隊●

三月一日。

フソウ海軍では、国外での任務を担う第一外洋艦隊の編成が進められていた。

艦隊の中核となるのは、戦艦キング・ジョージ五世と巡洋戦艦フッド。

そこへ重巡洋艦エクセター、軽巡洋艦クリーブランド、E級駆逐艦などが加わり、真田平八郎少将の指揮下で本格的な訓練が始まる。

外洋艦隊に求められているのは、アルンカス王国をはじめとする友好国の支援だけではない。

国外でフソウ連合を代表し、海上交通路を守り、必要であれば外交上の圧力を加える。

さらに、配備された艦艇を外国へ見せることで、フソウ連合の造船技術を宣伝する役割も持っていた。

フソウ連合は、これまで模型を実体化させることで艦隊を増強してきた。

しかし、国家として長く存続するためには、その力だけに頼り続けるわけにはいかない。

艦艇輸出や海外貿易によって外貨と資源を獲得し、自国の産業で海軍を維持できる体制を作る必要があった。

第一外洋艦隊は、新たな戦闘部隊であると同時に、フソウ連合が世界経済へ進出するための象徴でもあった。


● 同時に襲われた二つの商船団●

外洋艦隊の編成が進む中、二つの不穏な報告がフソウ連合へ届く。

ウェセックス王国の商船団が、フラレシア共和国の旗を掲げた艦艇から攻撃を受けた。

その一方、フラレシア共和国の商船団も、ウェセックス王国旗を掲げた艦艇に襲撃されていた。

両国の商船団が、ほぼ同じ時期に互いの国旗を掲げた艦艇から襲われたのである。

王国と共和国の間には、以前から植民地や交易をめぐる対立があった。

商船団襲撃の情報は急速に広まり、両国の世論は激しく反発する。

王国は共和国へ抗議し、共和国も王国へ抗議する。

政府内や軍部では報復を求める声が強まり、両国は再び戦争へ向かい始めた。

しかし、共和国側で報告を受けたアリシア・エマーソンは、事件に強い違和感を抱く。

穏健派であるアッシュ王子とその支持者が、何の利益もないまま共和国の商船団を襲うとは考えにくい。

商船団を攻撃すれば共和国との全面戦争へ発展する可能性が高く、王国にとって戦略的な利点もなかった。

アリシアは、王国軍による攻撃に見せかけた偽装工作の可能性を疑い始める。

王国側にも、共和国が今この時期に商船団を攻撃する理由はないと考える者がいた。

だが、冷静な分析よりも国民感情と軍人たちの怒りが先行し、戦争への流れを止めることは難しくなっていた。


●仲裁へ動くフソウ連合●

王国と共和国の双方と国交を持つフソウ連合は、二国の間へ入り、事件の調査と仲裁を行うことになる。

会談場所に選ばれたのは、共和国の支配から独立しようとしているアルンカス王国だった。

王国でも共和国でもなく、両国が受け入れやすい中立的な場所である。

鍋島貞道は、商船団襲撃を単純な国家間攻撃と決めつけなかった。

両国がほぼ同じ時期に、同じような方法で襲われている。

そこには、王国と共和国を戦わせることで利益を得ようとする第三者の存在が疑われた。

共和国へ派遣されていた駐在武官の半田一平少尉は、生還した共和国艦艇の損傷状況を調査する。

王国側では、宰相エドワード・ルンデル・オスカーが、過去に関係のあった情報提供者ミスティへ接触する。

表の外交、軍の調査、裏社会からの情報。

複数の経路から集められた情報によって、事件の背後に王国と共和国双方の協力者を利用した勢力が存在する可能性が強まっていく。

その勢力は、王国の商人や共和国軍部の一部へ働きかけ、両国の艦艇に見せかけた襲撃を行わせていた。

そして計画に関わった者が口を開かないよう、証拠や関係者の処分まで進めていた。

目的は、王国と共和国を戦争へ追い込み、両国を同時に弱体化させることだった。


●三国の代表者●

アルンカス王国には、フソウ連合、ウェセックス王国、フラレシア共和国の代表者と艦隊が集まる。

フソウ連合からは鍋島貞道。

王国からはアーリッシュ・サウス・ゴバーク――アッシュ王子。

共和国からはアリシア・エマーソン。

かつて敵国同士だった三人が、一つの事件を解決するため、同じ場所に集まった。

鍋島との再会を喜んだアッシュは、人目を気にすることなく抱きつく。

その二人を見た東郷夏美が、慌てて引き離しに入る。

戦争寸前の緊張した会談でありながら、鍋島とアッシュの変わらぬ友情が周囲の空気を少しだけ和らげる。

一方のアリシアは、第一外洋艦隊をはじめとするフソウ海軍の新戦力を冷静に観察する。

彼女は、フソウ連合が二国の間へ入りながらも、どちらか一方を利用して勢力を拡大しようとしていないことを理解していく。

三国には、過去の戦争と対立がある。

それでも、自分たちを争わせようとした者がいる以上、まずは共通の敵を排除しなければならない。

三人は、襲撃を企てた勢力の拠点を攻撃するため、三国による共同作戦を実施することを決める。


●三叉の槍――トライデント作戦●

共同作戦には、三つの国がそれぞれ異なる方向から敵を攻撃することから、

「トライデント作戦」

という名称が与えられた。

三叉の槍を意味する名のとおり、共和国、王国、フソウ連合が、それぞれ一つの穂先となって敵を貫く作戦である。

敵の根拠地には二十一隻ほどの主力艦艇と、多数の支援船、地上施設が存在していた。

正面から三国艦隊すべてで攻撃すれば勝利は可能だった。

しかし、敵が港へ籠もったまま防御を固めれば、大きな損害が発生する。

そこで共和国艦隊が囮となり、敵主力を根拠地から引き離す。

その間に王国艦隊が港を攻撃し、フソウ連合艦隊が敵主力へ決定的な打撃を与える。

さらに、作戦が予定どおりに進まなかった場合に備え、潜水艦部隊や水雷戦隊も密かに配置された。

鍋島は、一つの計画だけにすべてを賭けてはいなかった。

どの国がどれほどの戦力を出すか。

敵がどのように反応するか。

味方の一部が予定どおりに動けなかった場合、どう補うか。

複数の状況を想定し、それぞれに対応する予備案を準備していた。


● 囮●

囮となる共和国側の艦隊を率いるのは、リープラン提督だった。

彼はアリシアの父リッキードとも関係が深く、共和国海軍でも経験豊富な指揮官である。

共和国艦隊は敵の前へ姿を現し、挑発的な砲撃を加える。

ただし、その砲撃は意図的に命中を避けていた。

本気で敵を撃破するのではなく、怒らせ、追撃させることが目的だったからである。

さらに、夕日が敵の視界を妨げるよう進路と時間を調整しながら後退する。

敵艦隊は共和国艦隊を弱い相手と判断し、二十一隻のうち十六隻を港から出して追撃を始めた。

共和国艦隊は、敵を自分たちの後方に待ち構えるフソウ連合艦隊の前まで引きつける。

戦力的には不利な囮役であり、わずかな判断ミスが艦隊の壊滅へつながりかねない。

それでもリープランたちは、三国共同作戦を成功させるため、敵の攻撃を受けながら役割を果たした。


●港へ向かった王国艦隊●

共和国艦隊が敵主力を引きつけている間、ウェセックス王国の別動隊は敵の根拠地へ向かう。

王国艦隊の指揮を任されたベテルミア大尉は、囮作戦が失敗した場合、自分たちが多数の敵艦に包囲される危険を理解していた。

それでも彼は、アッシュと鍋島の作戦を信じ、六隻の艦艇を率いて港への攻撃を開始する。

地上では特殊部隊も敵施設へ突入し、艦隊と連携して根拠地の制圧を進めた。

だが、囮に釣られず港へ残っていた敵艦と、周辺から戻ってきた部隊によって、王国艦隊は包囲されかける。

そこで動いたのが、海中に潜んでいたフソウ海軍第三潜水艦隊だった。

伊号第五十六潜水艦に座乗する有明芳樹少尉は、敵艦隊の側面から魚雷攻撃を行う。

さらにフソウ海軍第六水雷戦隊も戦場へ到着し、王国艦隊の突破口を作る。

ベテルミアはその機会を逃さず、敵の側面を突き破り、反転して後方へ回り込む。

王国艦隊は危機を脱し、敵根拠地と残存部隊への攻撃を続けた。

三国共同作戦は、各国が自国の担当だけをこなすのではなく、危機に陥った味方を互いに支える戦いへ変わっていった。


●真田艦隊の一撃●

共和国艦隊を追ってきた敵主力の前には、真田平八郎少将率いる第一外洋艦隊が待ち構えていた。

戦艦キング・ジョージ五世。

重巡洋艦エクセター。

E級駆逐艦をはじめとする、新たに編成された艦艇群。

共和国艦隊を弱い獲物だと思い込んでいた敵は、突然現れたフソウ艦隊から集中砲撃を受ける。

敵艦隊は退却を選ばず、狂信的ともいえる戦いを続けた。

だが、性能、射程、射撃精度、指揮能力の差は大きかった。

共和国艦隊が敵を引きつけ、フソウ艦隊が正面から打撃を与え、王国艦隊が根拠地と後方を攻撃する。

三つの穂先はそれぞれ異なる方向から敵を追い詰め、作戦は三国側の勝利に終わった。


●六十点の勝利●

戦闘後、鍋島はトライデント作戦の出来を「六十点」と評価する。

作戦そのものは成功し、敵の根拠地も制圧された。

しかし、王国艦隊の救援に潜水艦隊や水雷戦隊を投入する必要があり、当初の計画どおりにすべてが進んだわけではない。

そのため鍋島は、完璧な成功とは考えなかった。

アッシュとアリシアは、鍋島が自分の功績を過小評価しすぎていると指摘する。

作戦が崩れた際に備えて予備戦力を配置し、実際にそれを使って味方を救った。

それは失敗ではなく、予測と準備が機能した証拠でもある。

アッシュは、世界中が鍋島の存在へ注目している以上、彼自身も自分の価値を理解すべきだと伝える。

そして、何があっても自分は鍋島の友人として支えると約束する。

鍋島は、共和国が襲撃事件の首謀者ではないと考えた理由についても語る。

共和国を率いる立場にアリシアがいる以上、利益のない無謀な襲撃を行うとは思わなかった。

アリシアは、自分を信用してくれたことへ感謝しながらも、共和国側から事件へ加担した者が出たことを、自国の恥として受け止める。

かつて戦場で敵対した三人の間には、国家間の利害だけではない、個人的な信頼が生まれ始めていた。


●新組織●

三国艦隊は勝利後、アルンカス王国へ戻る。

王国と共和国は、互いの商船団襲撃が相手国政府の命令によるものではなかったと公表し、事件の解決と和解を示す。

両国はさらに、アルンカス王国の独立を正式に支持する。

かつてアルンカス王国を植民地として支配していた共和国も、独立国家として関係を築き直すことを選んだ。

アッシュは、フソウ連合がアルンカス王国と築いた、支配を前提としない関係から学ぼうとする。

アリシアもまた、共和国が支配によって失敗した場所で、フソウ連合がなぜ信頼を得られたのかを知ろうとしていた。

鍋島は、今回のような商船襲撃と国家間対立を防ぐため、多国籍による海上警備組織の設立を提案する。

組織の名称は、

国際海路警備機構――International Maritime Security Agency。

通称、「IMSAイムサ」。

複数の国家が艦艇を出し合い、海賊対策、通商路の警備、遭難船の救助、事件発生時の共同調査を行う。

本部は、王国と共和国の中間に位置するアルンカス王国へ置かれる。

トライデント作戦で制圧した敵の港と周辺地域も、国際海路警備機構の拠点となる特別区域として整備されることになった。

共同で任務に就けば、各国の軍人は互いを敵や異民族として見るだけではなくなる。

鍋島は、一度の共同作戦で終わらせず、三国協力を将来の戦争を防ぐ仕組みへ変えようとしたのである。


● 狙われていた式典●

三月二十二日、アルンカス王国では、独立支持と国際海路警備機構設立を公表するための会議と式典が予定される。

フソウ連合の川見悟大佐と三島小百合少佐は、アルンカス王国軍のファーラング・トンロー大佐と協力し、大規模な警備体制を敷く。

フソウ連合側だけで約千名。

アルンカス王国側からも、兵士や警察官など約二千名が動員された。

会場周辺、道路、建物の屋上、出入口など、考えられる襲撃地点はすべて警戒下に置かれる。

その厳重な警備によって、鍋島の暗殺を狙っていた勢力は、会場へ近づくことすらできなかった。

襲撃を指揮していた男は、すべての侵入経路を封じられたことに激怒しながら撤退する。

作戦は未然に防がれたものの、敵は鍋島の顔と存在を明確に認識した。

鍋島とフソウ連合を狙う正体不明の勢力は、依然として水面下で活動を続けていた。


●外伝2――工作艦明石の憂鬱●

ヒュドラ作戦後、フソウ海軍では多数の損傷艦が修理を待っていた。

その修理作業の中心にいたのが、工作艦明石と、その付喪神である明石だった。

前線で戦った艦艇が次々と運び込まれ、修理の依頼と催促が絶え間なく押し寄せる。

現場では人員も時間も不足し、明石はほとんど休むことなく働き続けていた。

それにもかかわらず、一部の者からは、工作艦は安全な後方にいる、戦闘に参加していない者は気楽だ、といった言葉も聞こえてくる。

前線の艦を救うために懸命に働きながら、その仕事が理解されていない。

その不満と疲労を、明石は自分一人の中へ抱え込んでいた。

明石の異変に気づいたのは、ドック責任者の藤堂四郎少佐と、明石の部下たちだった。

藤堂は一部の修理作業をドック側へ移し、明石へ休むよう命じる。

さらに酒の席へ連れ出し、仕事から離れて愚痴を吐き出す機会を作った。

明石は久しぶりに心から眠り、翌朝、自分が上司にも部下にも恵まれていることへ気づく。

仕事の量そのものが消えたわけではない。

それでも、一人ですべてを抱える必要はないと理解できたことで、再び前を向くことができた。

外伝2で描かれるのは、戦場の勝利を陰から支える者たちの戦いである。

艦隊がどれほど強くても、損傷した艦を修理する者がいなければ、次の戦いへは進めない。

修理、整備、補給という目立たない仕事もまた、海軍の重要な戦力なのである。


●外伝3――もっと主砲を撃ちたい大和改●

ある日、戦艦大和改の付喪神が鍋島のもとへ押しかける。

彼の不満は、せっかく強力な主砲を持っているのに、撃つ機会が少ないというものだった。

もっと主砲を撃ちたい。

もっと戦艦として活躍したい。

大和改の訴えを、鍋島は単なるわがままとして退けなかった。

実戦でなければ主砲を撃てないのでは、砲術訓練や兵器性能の確認が不足する。

そこで鍋島たちは、不要となった模型から無人の標的艦を作り、実際に動かしながら砲撃する大規模な実弾演習を計画する。

用意された標的艦は十一隻。

事前に設定された航路を走り、艦隊運動を再現する。

午前には水雷戦隊を中心とする訓練。

午後には金剛型戦艦と大和改による砲撃訓練が行われた。

大和改は念願の主砲射撃を心から楽しむ。

だが、演習の目的は彼を満足させることだけではなかった。

若い指揮官の判断力。

敵艦隊の動きに対する各艦の反応。

主砲弾が艦体へ与える実際の損傷。

兵器のカタログだけでは分からない性能。

さまざまな情報が、実弾演習によって集められた。

演習後には、キング・ジョージ五世の艦橋周辺の防御に問題があることも判明する。

外洋艦隊はすでに訓練を始めていたが、安全上の問題を放置することはできない。

鍋島たちは、二番艦プリンス・オブ・ウェールズの建造と改修を進め、完成後にキング・ジョージ五世を本国へ戻して改装する方針を決める。

さらに、ビスマルク級や今後現れるかもしれない強力な戦艦に備え、主砲火力の研究も進めることになる。

大和改の「もっと撃ちたい」という一言は、結果として実戦的な訓練、若手指揮官の育成、兵器の欠点発見、新兵器研究へつながった。

一見すると子供じみた付喪神の要求であっても、その声へ耳を傾け、組織全体の成長へ利用する。

それもまた、鍋島らしい海軍の作り方だった。


●独立を待つアルンカス王国●

王国、共和国、フソウ連合の三国が独立支持を発表したことで、アルンカス王国の首都は祝賀の空気に包まれる。

長い間、共和国の支配下に置かれてきた人々にとって、独立は悲願だった。

街には旗が掲げられ、国民は新しい時代の到来を喜ぶ。

チャッマニー姫も、王家最後の生き残りとして、独立を心から喜んでいた。

しかし、その喜びの中で、彼女には一つだけ寂しいことがあった。

木下喜一大尉――街でキーチと名乗っていた青年と、会う機会がなくなっていたのである。

木下はフソウ連合の連絡員としての任務を終え、正式な駐在武官が着任すれば、本国へ帰還する予定となっていた。

チャッマニーは王女として独立の準備へ追われ、木下も軍人として引き継ぎや警備に追われている。

二人の間にある思いは変わっていなくても、王女と海軍士官という立場が、再び距離を作り始めていた。


●王女ではなく、マムアンとして●

チャッマニーの寂しさに気づいたプリチャは、木下を招いた茶会を用意する。

表向きは、フソウ連合の関係者との親睦を深めるための正式な茶会である。

しかし、実際にはチャッマニーと木下を再会させるためのものだった。

チャッマニーは、どの服を着るべきか悩みながら準備をする。

王国の代表としてではなく、好きな相手に会う一人の少女としての姿だった。

プリチャは、王女としての役割に追われ続けるチャッマニーが、マムアンへ戻れる時間を作ろうとする。

木下もまた、帰国が近づくにつれ、自分が本当にアルンカス王国を離れたいのか分からなくなっていた。

彼が愛着を抱いていたのは、チャッマニーだけではない。

市場の人々、王国の街、独立を喜ぶ国民。

現地で過ごす中で、アルンカス王国そのものが、木下にとって大切な場所となっていた。


● 祝賀行事を狙う●

独立を祝う行事を前に、会場周辺へ爆弾が仕掛けられた可能性が浮上する。

木下は、チャッマニーとの時間を大切に思いながらも、軍人として警備任務を優先する。

もし爆発が起きれば、独立を喜ぶ多くの国民が犠牲になる。

それだけでなく、アルンカス王国には自国を守る能力がないという印象を世界へ与えかねない。

木下は警備部隊と協力し、爆弾の発見と処理へ動く。

結果として祝賀行事は大きな被害を出すことなく開催される。

この出来事を通して、木下は自分が単にチャッマニーのそばにいたいだけではなく、アルンカス王国とそこに暮らす人々を守りたいと願っていることを、改めて自覚する。

帰国すれば昇進と将来を約束された道が待っている。

それでも、彼の心はすでにアルンカス王国へ残っていた。


●独立交渉の最後に●

四月一日。

フソウ連合とアルンカス王国との間で、独立に向けた最終協議が行われる。

アルンカス王国の主権。

フソウ連合との相互防衛関係。

軍事支援、経済協力、国際海路警備機構との関係。

主要な条件はほぼ合意に達し、独立は目前となっていた。

そこでチャッマニー姫は、最後に一つだけ、個人的な希望を条件として申し出る。


木下喜一大尉を、アルンカス王国に残してほしい。


国家の利益や軍事条件ではない。

ただ、キーチと一緒にいたい。

チャッマニーは、自分の気持ちを初めて正式な場で口にした。

アルンカス王国の関係者たちは驚き、独立交渉へ私情を持ち込むべきではないと反対する。

木下とチャッマニーの間に何があったのかを知らない者から見れば、理解できない要求だった。

交渉は一時中断される。


●木下喜一の決断●

フソウ連合側でも、木下への確認が行われる。

木下は、チャッマニーとの間に軍人として問題となるような関係はないと答える。

彼女はまだ十一歳であり、木下自身もその立場と年齢を理解していた。

それでも、チャッマニーを大切に思い、アルンカス王国へ残りたいという気持ちは否定しなかった。

実は木下は、チャッマニーが条件を出すより前に、アルンカス王国への残留を願う嘆願書を提出していた。

帰国すれば昇進し、海軍の中でも将来を期待される道が用意されている。

アルンカス王国へ残れば、その出世コースから外れる可能性が高い。

チャッマニーが大人になるまで、少なくとも七年は待たなければならない。

その間に、彼女の気持ちが変わることもあり得る。

それでも木下は、自分の意思で残留を希望した。

チャッマニーに求められたからではない。

彼自身もまた、この国に残り、彼女と王国の未来を支えたいと決断していたのである。


●十一歳の少女の最初の願い●

アルンカス王国側では、政府関係者たちがチャッマニーを説得しようとする。

独立は国民の悲願であり、個人的な願いによって危険にさらしてはならない。

王族である以上、自分の感情を抑えるべきだ。

これまでのチャッマニーであれば、大人たちの言葉を受け入れ、自分の希望を諦めていただろう。

彼女は王家最後の生き残りとして、常に国と国民を優先してきた。

共和国議員の息子との政略結婚を求められた際にも、自分の気持ちを殺して受け入れようとしていた。

しかし、今回だけは違った。

チャッマニーは泣きながらも、木下に残ってほしいという願いを撤回しなかった。

宰相バチャラは、彼女がこれほど強く拒絶する理由を知るため、プリチャへ話を聞く。

プリチャは、マムアンとキーチとして出会った二人のことを語る。

そして、チャッマニーがこれまで一人の少女として何かを望むことさえ許されずに生きてきたことを訴える。

木下への思いは、最後の王族としてではなく、十一歳の少女として初めて抱いた、自分自身の願いだった。

バチャラは、自分たちがチャッマニーへ国の責任を押しつけ、彼女の心を見ていなかったことに気づく。

関係者たちも、姫のわがままを否定するのではなく、その願いを守りながら独立を実現する方法を考え始める。

チャッマニーは、国を背負う王女である前に、自分たちが守るべき一人の少女でもあった。


●二人が選んだ同じ道●

交渉が再開されると、鍋島はまず、チャッマニーの個人的な希望がどのような結果になっても、アルンカス王国の独立条件は変更しないと明言する。

独立はすでにフソウ連合だけでなく、ウェセックス王国とフラレシア共和国も支持している。

一人の少女の願いを理由として、国家の独立を取り消すことはない。

その言葉によって、アルンカス王国側はようやく安心する。

そして鍋島は、木下もまた、自らアルンカス王国への残留を願っていたことを明らかにする。

チャッマニーだけが一方的に木下を求めていたのではなかった。

二人は互いに相談することなく、同じ道を選ぼうとしていたのである。

ただし、すでにフソウ連合の駐在職はすべて決まっており、木下を新たに配置する役職は存在しない。

鍋島は、木下を残すための役職と理由を、アルンカス王国側で考えるよう提案する。

その際、婚約者や許婚でも構わないと冗談を口にし、チャッマニーと木下を同時に赤面させる。

協議の結果、木下には、「アルンカス王国特別軍事顧問」という役職が用意された。

木下はフソウ海軍からアルンカス王国へ出向し、軍事面から王国を支えることになる。

チャッマニーは婚約者という立場にも強くこだわったが、それについては十六歳になってから改めて話し合うことで、渋々納得した。

アルンカス王国は独立へ進み、木下は自ら選んだ国に残る。

チャッマニーもまた、国のためにすべてを諦めるだけではなく、自分自身の願いを守ることができたのである。


●三叉の槍と王女の決断編●

第十五章から第十六章で描かれたのは、敵と味方が固定された戦争ではない。

王国と共和国は、商船団襲撃によって戦争寸前まで追い込まれた。

しかし、相手を疑うだけでなく事件の真相を調べ、かつての敵同士が同じ目的のために艦隊を並べた。

トライデント作戦の三叉の槍とは、単に三国の軍事力を意味するものではない。

異なる歴史と利害を持つ国々が、共通の脅威に対して協力できる可能性を示すものだった。

その勝利は、国際海路警備機構という、戦争を防ぐための恒久的な仕組みへ引き継がれる。

一方、チャッマニー姫の決断は、国家の命運を左右する軍事作戦とは対照的な、個人的で小さな願いだった。

だが、国のために自分を殺し続けてきた少女にとって、それは非常に大きな一歩である。

国の独立とは、支配者が変わることだけではない。

そこに暮らす人々が、自分の未来を自分で選べるようになることである。

チャッマニーが自分の願いを口にし、木下も自らの将来を選んだことで、アルンカス王国の独立は、国家だけでなく人間の心の独立としても描かれた。

そして外伝で描かれた明石や大和改の物語も、同じ流れの中にある。

前線で戦う者だけでなく、修理する者、訓練する者、自分の意見を訴える者の声を組織が受け止める。

国家間でも、組織の中でも、一人の人間として互いを認めること。

それこそが、この編を通して描かれた、新しいフソウ連合の在り方なのである。

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