第五回 アルンカス王国編(第十三章~第十四章)
※本ページには、『異世界艦隊日誌』第十三章から第十四章までの内容および結末に関するネタバレが含まれています。
●植民地ではなく、独立した友好国へ●
フラレシア共和国との講和条約が締結され、共和国が持っていたアルンカス王国に関する権利は、フソウ連合へ譲渡されることとなった。
しかし、鍋島貞道はアルンカス王国をフソウ連合の植民地や領土として支配するつもりはなかった。
鍋島が考えていたのは、アルンカス王国を独立した国家として再建し、内政に関する自治権を認めたうえで、フソウ連合との相互防衛条約を結ぶことだった。
アルンカス王国には強力な陸上戦力があり、フソウ連合にとっては外洋艦隊の拠点となる地理的な価値もある。
一方のアルンカス王国にとっては、フソウ海軍の力を背景として、共和国やほかの列強から国を守ることができる。
どちらか一方が従属するのではなく、互いに不足しているものを補い合う関係を築く。
鍋島は、植民地を奪い合う列強中心の世界に、対等な国家同士による新しい関係を示そうとしていた。
共和国からフソウ連合への正式な権利移譲は四月に予定され、それまでの約三か月を、現地調査と交渉、部隊編成のための準備期間とすることが決まる。
●キーチとマムアン●
アルンカス王国の首都コクバンには、すでにフソウ海軍の連絡員が送り込まれていた。
その一人が、木下喜一大尉だった。
木下は、列強側の視点から作られた報告書ではなく、現地の人々と同じ目線に立った情報を得るため、市場や港を歩き、人々の暮らしや共和国支配への感情を調査していた。
そんな木下の前に、マムアンと名乗る少女が現れる。
マムアンは、土地に不慣れな木下の案内役を買って出る。
市場、港、名所、食べ物。
彼女は毎日のように木下を連れ歩き、アルンカス王国のさまざまな姿を見せた。
案内の報酬として彼女が求めたのは、高価な品や多額の金ではない。お気に入りの屋台の食事や、わずかな小物だけだった。
そして何より、木下にアルンカス王国を好きになってもらうことを望んでいた。
木下もまた、明るく国を愛する少女との交流を通じて、報告書だけでは知ることのできなかったアルンカス王国の人々の思いを理解していく。
共和国は海上交通と河川輸送を支配し、アルンカス王国を経済的にも軍事的にも服従させていた。
国民を守るために降伏した王家の者たちも次々と処刑され、最後に残されたのは、前国王の幼い娘だけだという。
アルンカス王国の人々は共和国を憎み、その共和国を破ったフソウ連合へ大きな期待を寄せていた。
しかし期待が大きいほど、裏切られたと感じたときの失望も大きい。
鍋島たちは、現地から寄せられる好意に浮かれることなく、より慎重に行動しなければならないと考える。
●王宮に暮らす最後の王族●
マムアンの正体は、アルンカス王国王家最後の生き残り、チャッマニー姫だった。
共和国の支配下に置かれた王国を背負う彼女は、年齢に似合わない大人びた態度と判断を求められている。
王家の代表として失敗は許されず、国民の希望であり続けなければならない。
しかし、その内面は年相応の少女である。
堅苦しい王宮を抜け出して街を歩き、屋台の食事を楽しみ、異国から来た青年と話す時間は、彼女が「王女」ではなく、一人の少女でいられる貴重な時間だった。
チャッマニーを姉のように支えるのが、侍女のプリチャである。
プリチャは、チャッマニーが木下へ淡い恋心を抱いていることに気づく。
身分も年齢も異なる二人の関係が簡単なものではないと理解しながらも、幼い姫が初めて見つけた大切な感情を、頭ごなしに否定しようとはしなかった。
一方、木下はマムアンが王女であることを知らないまま、彼女との突然の別れに戸惑っていた。
●使者としての再会●
木下は、フソウ連合の正式な使者としてアルンカス王国の王宮へ向かう。
彼を迎えたのは、共和国支配下でも王国政府を支え続けてきた宰相バチャラ・トンローだった。
バチャラは、若い海軍大尉が使者として現れたことに拍子抜けし、当初は交渉経験の浅い相手だと見ていた。
しかし、木下はアルンカス王国へ命令を持ってきたのではなかった。
フソウ連合が示したのは、アルンカス王国を独立国家とし、その意思を尊重したうえで相互防衛関係を結ぶという提案だった。
フソウ連合は、その提案を受け入れるよう強要もしない。
アルンカス王国自身が、国の将来を考えて決めてほしいと伝える。
共和国による傲慢な支配に慣れていたバチャラは、フソウ連合の対等な態度に驚かされる。
そして会談の場へチャッマニー姫が現れたことで、木下は初めて、マムアンの正体を知る。
王女と海軍大尉として向き合った二人は、以前のように気軽に言葉を交わすことができなかった。
それでも木下は、周囲に気づかれないよう、翌日にいつもの場所で会うことを伝える。
翌日、二人は再びキーチとマムアンへ戻り、プリチャを交えながら束の間の時間を過ごす。
王宮ではその頃、バチャラをはじめとする王国首脳部が、フソウ連合の提案を検討していた。
共和国への抵抗運動や独立運動を支えてきた彼らにとって、それは長年求め続けた独立の機会だった。
しかし、あまりにも条件が良いため、何か裏があるのではないかという警戒も捨てきれない。
アルンカス王国は、期待と疑念の間で、国の未来を選ぼうとしていた。
●外洋艦隊の編成●
アルンカス王国との関係構築に備え、フソウ海軍では新たな外洋艦隊の編成が始まる。
外洋艦隊は、フソウ連合の領海外で活動することを主目的とした、第五の主力艦隊である。
当初の計画では、戦艦または巡洋戦艦二隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦十二隻、支援艦十隻という大規模な編成が予定されていた。
三か月後のアルンカス王国派遣を考えれば、艦艇建造だけでなく、乗組員の教育と訓練も急がなければならない。
先行して重巡洋艦エクセター、E級駆逐艦エクリプスとエコーが完成し、真田平八郎少将の下で外洋艦隊要員の訓練が始まる。
工藤、武藤、金子の三人の特務兵曹は、「鬼の三羽烏」と呼ばれるほど厳しい訓練を行う。
しかし彼らは、単に兵士を怒鳴りつけているのではなかった。
失敗を隠さないこと。
誤魔化さず、できるまで繰り返すこと。
海外へ出る外洋艦隊の将兵は、一人ひとりがフソウ連合の代表として見られる。
その責任と誇りを持たせるための訓練だった。
また、外洋艦隊の艦艇には、フソウ連合の技術力を国外へ示す「商品見本」としての役割も与えられていた。
自国の軍事的優位を失わない範囲で艦艇を輸出し、造船業を外貨獲得の手段として育てる構想も始まっていたのである。
●海賊艦隊の接近●
アルンカス王国周辺の警戒には、水上機母艦瑞穂と松型駆逐艦を中心とする特別警戒艦隊が派遣されていた。
その偵察機が、アルンカス王国へ向かう三十隻前後の海賊艦隊を発見する。
特別警戒艦隊は、警戒と情報収集を目的とした部隊であり、本格的な艦隊戦を想定した編成ではない。
フソウ海軍本部も、戦力差が大きければ撤退してよいと伝え、戦うかどうかの判断を現場の司令官へ委ねる。
艦隊司令の毛利照正大尉は、難しい選択を迫られた。
アルンカス王国は、まだ正式な同盟国でも、フソウ連合の領土でもない。
軍事的な義務だけを考えれば、危険を冒してまで戦う必要はなかった。
しかし、目の前で平穏に暮らす人々が海賊に蹂躙されようとしている。
増援が到着するまで待てば、首都や港が攻撃を受ける可能性が高い。
毛利は、正式な条約がなくても、将来友となる人々を見捨てることはできないと判断する。
特別警戒艦隊は、圧倒的に不利な戦力で、アルンカス王国を守るために戦うことを決めた。
●二つの国による防衛戦●
木下は海賊艦隊接近の報告を受けると、すぐにバチャラのもとへ向かう。
フソウ海軍だけで敵艦隊のすべてを阻止できる保証はない。
木下はアルンカス王国側へ、港湾と沿岸の防衛、上陸してきた敵への対処を依頼する。
それは、フソウ連合が一方的に王国を守るという関係ではなかった。
自分たちの国を守るため、アルンカス王国にも自ら戦ってほしい。
フソウ連合は、その戦いを海上から支える。
両国は正式な同盟成立前から、同じ敵を相手に協力して防衛準備を進めることになる。
海上では、特別警戒艦隊が海賊艦隊を迎え撃つ。
毛利は限られた艦艇を使い、可能な限り敵の数を減らそうとする。
だが、通常の水上戦力だけでは、アルンカス王国へ迫るすべての敵を止めることは難しかった。
毛利はついに、軍事機密として存在を隠すよう命じられていた航空戦力の投入を決断する。
瑞穂から発進した零式水上偵察機と二式水上戦闘機は、アルンカス王国の人々が見守る中、海賊艦へ攻撃を加える。
秘密を守ることより、人々を守ることを選んだのである。
残された装甲巡洋艦には、アルンカス王国の沿岸砲台が砲撃を加える。
フソウ海軍とアルンカス王国軍は力を合わせ、海賊艦隊を撃退した。
空を舞うフソウ海軍機へ、アルンカス王国の人々は歓声を上げ、手を振って応える。
フソウ連合が提案書に記した「対等な友好関係」は、この戦いによって実際の行動として示された。
木下は、航空機がフソウ連合の秘密兵器であることを説明する。
それほど重要な兵器を使ってでも、フソウ連合はアルンカス王国を守ろうとした。
その事実を知ったバチャラたちは、フソウ連合の提案を受け入れることを決める。
アルンカス王国からは、海軍本部への感謝状と提案への承諾書が送られた。
さらに毛利へ、アルンカス王国最高位の勲章である特一級騎人英雄章を授与することも決定する。
独立と友好関係は、交渉だけで成立したのではない。
互いの国を守るために、共に戦った経験によって結ばれたのである。
●毛利照正の軍法会議
アルンカス王国を救った毛利だったが、帰国後には軍法会議が待っていた。
軍事機密である航空機を多数の人々の前で使用したことは、海軍の命令に反している。
人々を守るための正しい決断であっても、軍規違反を何もなかったことにはできない。
軍隊が個人の善意だけで行動するようになれば、組織としての統制が失われるからである。
軍法会議で毛利は、アルンカス王国を守ったことを後悔していないと答える。
正式な同盟国か、自国の領土かという問題ではない。
平穏に暮らす人々が海賊に踏みにじられることを許せなかった。
軍人である前に、一人の人間でありたい。
それが、毛利の決断の理由だった。
鍋島は毛利の判断を高く評価していた。
しかし軍規を無視することもできない。
最終的に毛利へ下された処分は、一か月の謹慎だった。
ただし、行動に関する制限はなく、実質的には家族と過ごすための長期休暇である。
謹慎終了後には一階級昇進させ、再び現場へ戻すことも決められる。
副官の海辺太郎中尉も大尉へ昇進し、毛利の謹慎中、特別警戒艦隊の指揮を任される。
人命を守る判断を称賛しながら、軍規違反という事実にもけじめをつける。
毛利の軍法会議は、フソウ海軍が人間性と組織の規律をどう両立させるかを問うものとなった。
●王国海軍へ渡されるドレッドノート●
同じ頃、ウェセックス王国から、戦艦ドレッドノートなどの艦艇を受け取るための一行がフソウ連合へ到着する。
代表は、トッドリス・カンパー少佐とリチャード・リイリネス中尉。
二人はアッシュ王子の友人であり、王国海軍再建を担う若手軍人だった。
王国から来た乗組員たちは、二週間にわたる厳しい研修を受ける。
指揮官であるトッドリスとリチャードも特別扱いを求めず、一般の兵士たちと同じ訓練へ参加した。
訓練を通じて彼らが理解したのは、フソウ海軍の強さが艦艇の性能だけによるものではないということだった。
兵士一人ひとりの練度。
失敗を放置しない教育。
指揮官と兵士の間にある信頼。
優れた艦を渡すだけでは、強い海軍は作れない。
その艦を正しく扱う人材を育てる必要があった。
研修の最後には、ドレッドノートによる実弾射撃訓練が行われる。
王国海軍の既存艦艇を上回る射程と威力、そしてフソウ式の射撃訓練によって得られた精度は、トッドリスたちへ大きな衝撃を与えた。
ドレッドノートは単なる譲渡艦ではない。
王国海軍の戦い方と人材育成を変える、新しい基準となる艦だった。
一方、外洋艦隊のエクセター、エクリプス、エコーも訓練へ参加し、フソウ連合と王国の若い海軍軍人たちは、共同で行動する経験を積んでいく。
●戦争を文化へ変える●
イタオウ地区では、杵島マリ中佐が中心となって進めていた映画産業が、最初の成果を迎える。
完成した映画は二本。
一つは、『夜霧の渡り鳥』作戦を題材とした戦記映画。
もう一つは、遠く離れて暮らす男女の思いを描いた恋愛映画『遠い地のあなたに……』だった。
『夜霧の渡り鳥』は、フソウ海軍の戦いを国民へ伝える作品である。
実際の戦闘をそのまま再現するのではなく、映画として分かりやすく、盛り上がるように脚色が加えられていた。
鍋島は、自分を演じる俳優があまりにも格好よく描かれていることに落ち着かない。
一方の東郷夏美は、映画の長官役を褒めながらも、最後には本物の鍋島の方が好きだと口にする。
二人の関係は、互いに思いを意識しながらも、なかなか先へ進めない状態が続いていた。
『遠い地のあなたに……』は、戦争や政治とは直接関係のない恋愛物語だった。
それでも、離れた場所にいる大切な人を思い続ける物語は、会場の人々の心を強く動かす。
杵島マリが作ったのは、海軍の戦果を宣伝するための映像だけではなかった。
人々が笑い、泣き、同じ物語を共有するための娯楽である。
映画産業は、戦争で傷ついたイタオウ地区に、新しい仕事と文化を生み出すものとなっていく。
試写会の後、鍋島には的場良治大佐から一通の手紙が届く。
その内容は、的場と杵島マリが六月に結婚するという報告と、鍋島へ仲人を依頼するものだった。
戦争の中で出会い、互いを支えてきた二人が、ついに人生をともにすることを決めたのである。
鍋島と東郷は突然の知らせに驚きながらも、二人の門出を喜ぶ。
もっとも、仲人という大役を任された鍋島だけは、喜びと同時に頭を抱えることとなった。
●海賊を動かしていた者●
アルンカス王国を襲撃した海賊艦隊は、単なる海賊集団ではなかった。
第十四章の最後、正体不明の老人と、その配下と思われる影の男が、襲撃の失敗について話し合う。
彼らは海賊を装った者たちを使い、アルンカス王国の首都を攻撃させようとしていた。
襲撃者が捕虜となっても、自分たちとの関係が明らかにならないよう、あらかじめ手配も行われていた。
老人は、襲撃を予測するように艦隊を派遣していた鍋島を、用心深く、思慮に長けた危険な人物だと評価する。
さらに王国で勢力を広げるアッシュ派、共和国で台頭するアリシア・エマーソンなど、世界各国の変化についても情報を集めていた。
彼らは一国だけを狙っているのではない。
各国へ協力者を潜り込ませ、世界を裏側から動かそうとしている。
そして老人は、世界の変化の中心に鍋島がいると考え、その存在を消すよう命じる。
アルンカス王国をめぐる問題は解決へ向かっていた。
しかし、その水面下では、フソウ連合がまだ正体すら知らない新たな敵が動き始めていた。
●アルンカス王国編●
第十三章から第十四章で描かれるのは、新しい領土を獲得する物語ではない。
共和国に支配されていた国が、自分たちの意思によって未来を選び直す物語である。
フソウ連合は、アルンカス王国へ独立と対等な友好関係を提案した。
しかし、本当に信頼を得たのは、書類や言葉によってではなかった。
正式な同盟が成立する前から、人々を守るために戦ったこと。
命令するのではなく、共に国を守ろうと求めたこと。
軍事機密を失う危険を冒してでも、目の前の命を救ったこと。
その行動によって、フソウ連合は植民地を求める列強とは異なる国であることを示した。
一方、フソウ連合自身も、国外で活動する艦隊と人材を育て、友好国を守るための責任を負い始めている。
外洋艦隊、王国海軍への艦艇譲渡、映画を通じた文化発展。
軍事力だけではない、新たな国家関係と社会が作られ始めた。
だが、その成長を危険視する者たちも存在する。
アルンカス王国との友情が形になり始める一方で、鍋島とフソウ連合を狙う、新たな陰謀の影も静かに近づいていたのである。




