第四回 講和編(第十章~第十二章)
※本ページには、『異世界艦隊日誌』第十章から第十二章までの内容および結末に関するネタバレが含まれています。
●勝利の代償
帝国とフラレシア共和国による『ヒュドラ作戦』を退けたフソウ連合。
北方、南方、首都、イタオウ地区という複数の戦場で勝利を収めたものの、その代償は決して小さくなかった。
戦闘に参加した艦隊戦力のうち、軽微な損傷まで含めれば六割近くの艦艇が被害を受けていた。
ドックには損傷艦が並び、工作艦や修理要員は昼夜を問わず作業を続ける。
負傷した将兵も多く、鍋島貞道は艦艇の修理状況を確認した後、病院を訪れて負傷者を見舞い、戦死者や負傷者への補償について話し合う。
戦争は、敵艦隊を撃退した瞬間に終わるものではない。
傷ついた人々を治療し、損傷した艦を修理し、失われた組織と生活を立て直すまでが、戦った者たちの責任だった。
●嵐の結界を見直す
ヒュドラ作戦では、長年フソウ連合を守ってきた嵐の結界が、逆に敵の艦隊や別動隊の動きを隠す役割を果たしてしまった。
そこで鍋島は、三島晴海とともに結界の在り方を見直すことを決める。
嵐によって外敵の侵入そのものを阻止する従来の結界から、接近する船や敵対勢力を早期に発見する警戒型の結界へ。
それは、二百年にわたって国を守ってきた伝統を変える決断だった。
三島も、結界が国民へ与えてきた安心感や、代々守り続けてきた者たちの誇りを理解していた。
それでも、実際に被害が出た以上、国を守るためには変化を受け入れなければならない。
フソウ連合は、魔術によって外の世界を拒絶する国から、外の世界を監視し、自らの力で国を守る国家へ変わろうとしていた。
●最上を救うために
北方海戦でティルピッツを機雷原へ追い込むため、囮として戦い続けた軽巡洋艦最上は、沈没してもおかしくないほどの損傷を負っていた。
ドック責任者の藤堂四郎少佐は、従来の艦として修復しても、本来の性能を取り戻すことは難しいと判断する。
最上の付喪神としての人格を残したまま艦体を作り直せる保証もなかった。
的場良治少佐は、最上を単なる乗艦とは考えていなかった。
最上は、自分の命令を信じ、死地へ向かってくれた友人であり戦友である。
的場は負傷した身体を押して鍋島のもとを訪れ、最上を救ってほしいと訴える。
一方の最上は、自らの人格を残すことより、二度と的場の足手まといにならないよう、より強い艦へ生まれ変わることを望んでいた。
鍋島は、的場の希望だけでなく、最上本人の意志も尊重する。
その結果、最上は二十・三センチ砲と水上機運用能力を備えた、航空巡洋艦として新たな艦体を得ることになった。
新しい艦体には、以前の最上と同じ人格が残っていた。
最悪の結果を覚悟していた的場の前に、最上は以前と変わらぬ姿で現れ、「ただいま戻りました」と抱きつく。
最上は、ただ修理されたのではない。
以前より強い艦となりながらも、的場と過ごした記憶と関係を失うことなく帰ってきたのである。
的場と最上の関係は、兵器と指揮官という枠を越え、互いの存在そのものを必要とする戦友として、さらに強く結ばれた。
●イタオウ地区の復興
アンネローゼの工作と暴動によって、イタオウ地区の行政機構と産業は深刻な被害を受けていた。
地区責任者たちが集まる本会議では、誰がイタオウ地区の復旧と管理を引き受けるのかをめぐり、議論が進まなくなる。
問題の多い地区を、自ら進んで引き受けようとする者はいなかった。
そこで鍋島は、マシガナ地区とフソウ海軍が引き続きイタオウ地区を管理すると申し出る。
ただし、復興に必要な資金や物資まで、マシガナ地区だけに負担させることは認めなかった。
イタオウ地区はフソウ連合の一部であり、その復旧もまた、連合全体の責任である。
鍋島は各地区にも相応の負担を求め、国全体で復興を支える形を作る。
イタオウ地区では、漁業や造船業の再建、工業の育成、映画産業の設立などが計画される。
単に壊れた建物を元へ戻すのではなく、新しい産業と雇用を作り、地区そのものを以前より発展させることが目的だった。
軍事力による一時的な統治だけでは、人々の生活は立て直せない。
イタオウ地区の復興は、フソウ海軍が戦うためだけの組織ではなく、国家の再建にも責任を持つ存在へ変わっていく過程でもあった。
●的場良治の新たな任務
ヒュドラ作戦で帝国艦隊を長時間にわたって足止めし、ティルピッツを撃破へ導いた的場良治は、その能力を高く評価される。
鍋島は、イタオウ地区と首都方面、そして北方領域を統括する新たな組織を作り、その責任者に的場を任命することを決める。
的場は自分の階級や経験では責任が重すぎると考えたが、鍋島、山本、新見は、予想外の事態に臨機応変に対応できる彼こそ適任だと判断していた。
さらに、イタオウ地区の復興と映画産業の設立を担当する杵島マリも、同地区へ赴任する。
最上も、新設される第二艦隊の旗艦として的場と行動をともにする。
的場は、信頼する最上と、人生を支えてくれるマリの双方とともに、新しい任務へ進むことになった。
● 年末の一日
戦後処理に追われ続けたフソウ海軍も、十二月三十日をもって年内の業務に一区切りをつける。
鍋島は東郷夏美とともに現実世界へ戻り、東郷の両親へ贈る品を選ぶため、買い物へ出かける。
二人は自然に手をつなぎ、買い物をし、食事をともにする。
鍋島は東郷へ贈り物を用意し、彼女もその気持ちを素直に喜ぶ。
それまで鍋島にとって東郷は、有能な秘書官であり、自分の生活を支えてくれる大切な人物だった。
しかし、二人きりで年末を過ごす中で、鍋島は東郷を一人の女性として意識し始める。
一方の東郷も、鍋島から受け取った贈り物を大切にし、元日の朝には警備員たちの分までお節料理を用意する。
戦争の後に訪れた短い日常の中で、二人の関係は少しずつ変化していた。
●新しい年と海軍再編
新年を迎えたフソウ海軍では、ヒュドラ作戦で判明した弱点と、イタオウ地区の管理を踏まえ、大規模な組織再編が行われる。
海軍本部の下に、南部方面部、北部方面部、東部方面部が設置された。
南部方面部司令には南雲石雄中佐。
北部方面部司令には野辺時雄少佐。
イタオウ地区と首都方面の防衛を担当する東部方面部司令には、二階級昇進した的場良治大佐が任命される。
東部方面部の下には、イタオウ地区の政治と産業を管理する専用部門も設けられた。
杵島マリ中佐と鏡敏則中佐が産業復興を担当し、杵島乃一少佐は新設される陸戦部隊と空挺部隊の編成を進める。
山本平八は大将、新見正人は中将、川見悟は大佐へ昇進する。
これまで海上戦力を中心に成長してきたフソウ海軍は、方面防衛、陸上戦力、航空戦力、産業復興までを含む国家規模の組織へ再編された。
さらに航空母艦翔鶴を中心とした訓練も始まり、フソウ海軍は本格的な空母機動部隊の運用へ踏み出していく。
戦争で失った戦力を元へ戻すだけでなく、次の戦いで同じ弱点を突かれないため、新しい戦い方と組織を作ろうとしていたのである。
●敗戦後のシルーア帝国
フソウ連合への侵攻に失敗した帝国艦隊は、ティルピッツを失い、多数の艦艇が損傷した状態で本国へ帰還する。
敗戦によって軍規と士気は崩壊寸前となり、帰路の途中で艦隊から離脱する艦も相次いだ。
アデリナは、ティルピッツ喪失と敗戦の責任を問われる立場となり、兵士たちの怒りから守る意味も含めて、艦内で事実上の軟禁状態に置かれる。
その中で規律を保っていたのは、ビルスキーア少将の第二艦隊と、ノンナが指揮を支える旗艦周辺の部隊だけだった。
帝国海軍は依然として強大な艦を持っていたが、戦い続ける組織としての力を大きく失っていた。
艦隊から逃亡した帝国艦の一部は、そのまま海賊となり、民間船や交易船を襲い始める。
帝国の敗北は、単に一国の海軍力を低下させただけではない。
海上交通の治安を悪化させ、世界各国の貿易にも影響を与え始めていた。
●生き延びたアンネローゼ
イタオウ地区で川見に撃たれ、転移魔術によって逃走したアンネローゼは、生死の境をさまよいながら、見知らぬ場所へ転移していた。
彼女は偶然近くを通った船に救助され、治療を受ける。
これまでのアンネローゼは、人の欲望や感情を弄び、他者を破滅させることを楽しんでいた。
しかし、自分が弱者となり、見返りを求めず助けられる立場を経験したことで、彼女の中にもわずかな変化が生まれ始める。
川見への執着を残しながらも、アンネローゼはこれまでとは異なる人々と関わり、新しい道を歩み始めていた。
●王国で拡大するアッシュ派
ウェセックス王国では、フソウ連合から譲渡された艦艇と、帝国軍港攻撃の成功によって、海軍再建が進んでいた。
アッシュを支持する若手軍人たちは、ミッキー・ハイハーン中佐を中心として結束を強める。
かつては、王家の中で疎まれていた王子を個人的に支持するだけの小さな集まりだった。
しかし、フソウ連合との同盟、ネルソンとロドニーの譲渡、帝国への反撃という実績によって、アッシュ派は王国内でも無視できない勢力となっていく。
新たに譲渡される艦艇の乗組員や指揮官にも、アッシュ派の人材が配置され、王国海軍の再建とアッシュの政治的な成長が結びつき始めていた。
●世界経済の変化
フソウ連合と王国の交流が活発になるにつれ、それまで王国との貿易で利益を得ていたポルメシアン商業連盟も変化を無視できなくなる。
王国の交易路と購入先がフソウ連合へ移れば、ポルメシアン側の利益は失われる。
フソウ連合は、軍事力だけでなく、新しい市場、工業力、交易相手としても世界へ影響を与え始めていた。
世界の商人たちは、戦場での勝敗だけでなく、戦後に生まれる新たな物流と経済圏へ目を向けるようになる。
●共和国で現れた講和の使者
ヒュドラ作戦で大敗したフラレシア共和国では、責任の押しつけ合いが始まっていた。
共和国議員リッキード・エマーソンは、失敗の責任を作戦立案者へ集中させ、自らは国家を救う講和の使者として名乗りを上げる。
人前では共和国国民のために身を捧げる政治家を演じながら、その内心では、講和の成功を利用して自らの政治的立場を高めようとしていた。
しかし、彼を実際に支えていたのは、秘書を務める娘アリシア・エマーソンだった。
アリシアは父親の相談役であり、政敵や国内情勢を分析し、リッキードの行動を裏から組み立てている。
穏やかな外見に反して、必要であれば政敵の排除すら提案する、冷静で恐ろしい政治的判断力を持つ女性だった。
●合衆国の仲介
アカンスト合衆国は、フソウ連合と共和国との講和を仲介することを決める。
共和国に講和を受け入れさせ、フソウ連合にも仲介の恩を売ることで、東方地域における合衆国の影響力を強めようと考えていた。
合衆国本国からは、講和交渉を担当するサキ・E・ヴェリュームが派遣される。
フソウ連合駐在のアーサー・E・アンブレラも、自国の狙いを理解しながら、共和国側の動きと戦後情勢を分析していく。
講和は、戦争を終わらせるための話し合いであると同時に、合衆国にとっては新たな外交的利益を得る場でもあった。
●共和国が提示した講和条件
合衆国を通して届けられた共和国側の講和条件は、鍋島たちを呆れさせるものだった。
共和国はフソウ連合へアルンカス王国に関する権利を譲渡するとしながら、統治が気に入らなければ返還させるという条件を付ける。
さらに、共和国艦隊が使用する軍港と土地を九十九年間提供すること。
共和国からの輸入品に関税をかけないこと。
共和国人をフソウ連合の法律の対象外とすること。
フソウ連合の政治機関へ共和国代表を参加させること。
内容は講和というより、勝者であるフソウ連合を共和国の属国へ近づけるものだった。
鍋島、新見、山本は、話し合いの土台にすらならない条件だと判断する。
●武力を伴った使節団
共和国の講和使節団は、三十四隻もの艦隊を伴ってフソウ連合へ向かう。
共和国側は、ヒュドラ作戦で疲弊したフソウ連合へ、まだ自国にはこれだけの戦力が残っていると見せつけるつもりだった。
しかし、フソウ連合は使節団の旗を掲げた大艦隊を、そのまま領海へ入れることを認めなかった。
共和国艦隊が警告を無視して進めば、正確な砲撃によって進路を塞ぎ、明確な意思を示す。
共和国側は、自分たちが講和の使者ではなく、再び侵攻艦隊として扱われかねないことを理解する。
最終的に領海への進入を許されたのは、旗艦を含む五隻だけだった。
共和国が用意した武力による威圧は、フソウ連合へ圧力をかけるどころか、使節団自身を怯えさせる結果となった。
●フソウ連合のおもてなし
共和国使節団がナワオキ島のテンマフ港へ到着すると、そこでは軍楽隊による共和国国歌の演奏と、整然とした歓迎式典が用意されていた。
先ほどまで艦隊を砲撃で追い返していた国が、正式な使節として入国した相手には、最高水準の礼を尽くす。
鍋島自身も港へ出迎え、リッキードやアリシアと握手を交わす。
フソウ連合の対応は、一見すると矛盾しているようで、実際には一貫していた。
武力で威圧しようとする相手には、武力で対抗する。
正式な使者として礼を守る相手には、正式な礼を返す。
共和国使節団は、フソウ連合が単に好戦的な国でも、弱腰な国でもないことを知る。
歓迎の晩餐会には、共和国側が想像していなかったほど豪華な料理と酒が用意された。
リッキードは料理と酒を気に入り、翌日の会議へ出席できないほど飲み食いしてしまう。
一方、鍋島は使節団長であるリッキードより、その娘アリシアの方が交渉相手として遥かに手強いことに気づく。
青島少尉も、使節団を観察した段階で、実質的な判断者はアリシアであると見抜いていた。
鍋島とアリシアは、晩餐会の片隅で、両国の今後について互いの考えを探り合う。
もっとも、鍋島がアリシアをエスコートしたことで、東郷の胸には盛大な嫉妬の炎が燃え上がっていた。
●アリシアによる講和会議
翌朝、講和会議の会場に現れた共和国側代表は、アリシア一人だった。
父リッキードは、前夜の料理と酒による食べ過ぎ、飲み過ぎで寝込んでいた。
アリシアは父親から全権を委任された書類を持参し、共和国代表代理として席に着く。
彼女は、事前に共和国が提示していた非常識な条件をすべて撤回する。
代わりに提出されたのは、戦闘停止、国交正常化、捕虜や外交関係の整理など、現実的な講和条件だった。
その結果、難航が予想されていた講和会議は、わずか一時間十分で決着する。
唯一、両国の意見がぶつかったのは、共和国が所有するアルンカス王国に関するあらゆる権利の譲渡だった。
植民地支配を嫌う鍋島は、アルンカス王国を受け取ることに消極的だった。
イタオウ地区の復興を抱えているフソウ連合にとっても、新たな地域を管理する余裕は少ない。
ところが共和国側も、反乱や政治的問題を抱えたアルンカス王国を、講和を機に手放したいと考えていた。
両国が領土を奪い合うのではなく、互いに押しつけ合うという、講和会議としては珍しい状況となる。
最終的にはフソウ連合が譲渡を受け入れるが、鍋島は共和国側へ、後になって異議を唱えないよう何度も念を押す。
こうしてアルンカス王国の運命は、フソウ連合へ委ねられることになった。
●父と娘
講和成立後、リッキードは娘がまとめた条約に目を通し、その内容が共和国にとって妥当なものであることを認める。
アリシアは、フソウ連合の軍事力、国力、鍋島の考え方を短期間で見極めていた。
守るべき利益は確保しながら、維持できない要求は捨てる。
父親が共和国の誇りにこだわっていたのに対し、アリシアは国家を生き残らせるため、現実を優先した。
リッキードは、これまで自分を支える優秀な娘だと考えていたアリシアが、自分以上の判断力と決断力を持つ政治家であることを知る。
共和国の講和は、リッキードの政治的な成功として宣伝されるだろう。
しかし、実際に両国の戦争を終わらせたのは、アリシアの判断だった。
●講和編
第十章から第十二章で描かれたのは、戦争の終結ではなく、**勝利を平和へ変えるための過程**だった。
フソウ連合は、戦争で傷ついた艦と人々を治療し、イタオウ地区を復興し、海軍組織を再編する。
一方、世界では帝国海軍が崩れ、海賊が増え、王国の新勢力が成長し、商業国家が新しい交易圏へ注目していた。
そして、ヒュドラ作戦で敵だった共和国との間にも、講和が成立する。
フソウ連合は共和国を完全に屈服させることも、過大な賠償を求めることもしなかった。
必要なのは復讐ではなく、再び戦争を起こさないための現実的な関係だった。
ただし、講和と引き換えに受け取ったアルンカス王国は、新たな責任と問題をフソウ連合へもたらす。
戦争は終わった。
しかし、その戦争によって動き始めた国々と人々の物語は、次の舞台へ続いていくのである。




