5. 禁断のブラシとおやつ革命
ダンスの喧騒を抜け出し、私が向かったのは王宮の片隅にある馬小屋だった。着飾ったドレスの裾を捲り上げ、愛馬のポニとロワの元へ駆け寄る。
(はぁ……やっと息ができる)
「ポニ、ロワ! お待たせ。窮屈な思いをさせてごめんね」
鼻を鳴らして甘えてくる二頭に、私は今日のために開発した特製の魔道具をトランクケースから取り出した。
それは、一見するとただのブラシだが、持ち手には魔晶石が埋め込まれている。
「ふふふ……見ててね。新作の『超音波式・鬣トリートメント・スムーサー』よ!」
スイッチを入れると、微かな振動と共に温かな光が漏れる。これを鬣に滑らせると、魔法で生成された微細な「精霊の雫」が毛の芯まで浸透し、一瞬でシルクのような艶と手触りを与える優れものだ。
「んん~、いい子ね。気持ちいいでしょ?」
ポニがうっとりと目を細め、喉を鳴らす。
私は夢中でブラシを動かした。馬と戯れている時が一番落ち着く。
――しかし。
背後の物陰から、一組の鋭い視線が注がれていることには気づいていなかった。
(……なんだ、あの奇妙な道具は)
ダンス会場から彼女の気配を追ってきたセドリック様は、柱の陰で息を呑んでいた。
馬の鬣が、ありえないほどの輝きを放っている。
それ以上に、あのブラシが触れるたびに馬たちが漏らす、魂がとろけるような至福の表情。
一度味わえば、もう元の鬣には戻れない――そんな背徳的な艶。
(き、気持ち良さそうだ……。俺も、あのブラシで、鬣を……いや、何を考えているんだ俺は!)
セドリック様は無意識に自分の髪に手をやり、激しい葛藤に襲われていた。
(……ユニコーンでも、効果があるのでは?)
(――いや、馬鹿か俺は!)
ユニコーンとしての本能が、あの「スムーサー」を猛烈に求めている。
(……それにしても、あの馬達の恍惚な表情…そんなに気持ちいいのか?うらやまし…いや、違う!これはただの興味だ!あんな得体の知れないもの!!!)
(……だが、なぜこんなにも、抗いがたい?)
「殿下? 護衛もつけずにこんなところで何を……」
不意に背後から声をかけられ、セドリック様は肩を跳ねさせた。
「カスティエル……とヴィンセントか」
「どうかされたのですか? 顔が赤いようですが」
彼は眼鏡の奥の瞳を細め、主君のただならぬ様子を観察している。
「いや、な、なんでもない! 行くぞ!」
セドリックは、未練がましく馬小屋を振り返りながらも、逃げるようにその場を去った。
残されたヴィンセントは、主君が凝視していた方向――楽しそうに馬をブラッシングするピンク髪の少女へ視線を向ける。
(あれは……ルミエール男爵の助手を務めているという、ベル嬢か。殿下のあのような取り乱し方、放っておくわけにはいきませんね……調べておく必要がありそうだ)
宰相の怜悧な瞳に、ベルの姿が刻み込まれた。
(まただ……あの時の“何か”と同じ気配がする。見えないのに、確かに“干渉された”あの感覚……)
セドリックを追いかけるカスティエルも、確実に何かを感じ取っていた。
そんな男たちの視線など露知らず、私は馬たちを存分にモフった後、家族の元へ戻った。
「お父様、お母様、お兄様! せっかくお城に来たんだし、王宮の書庫や庭園を見てみたいので、夜の鐘が三度鳴る頃までここに残ってもいいですよね!?」
「まあ、私も陛下から少し込み入ったお話があると言われているし、構わないわよ」
お母様が優しく微笑む。カインお兄様はといえば、遠い目で私を見ている。
「やった!ありがとうお母様!」
「ベル、お前、さっき王太子のエスコートを振り切って逃げただろ。……殿下があんなに呆然とした顔をされるのを初めて見たぞ。いいか、後でちゃんと謝罪を――」
聞こえない。右から左へ、心地よい夜風と共に受け流す。とりあえず深夜の「本番(王宮ユニコーン観察)」まで時間があるし、まずは腹ごしらえをしましょう。
王宮の立食バイキング会場。
私は宝石のようなオードブルを皿に山盛りにして、人目も気にせず口に運ぶ。
「いっただきまー――もぐもぐ。おいひい!特にこの人参!甘みが普通の人参の3倍はありそう。色もツヤも完璧。この人参の産地はどこだろう…うちでも取り寄せできるかしら?」
私は居ても立ってもいられず、近くにいたウェイターに声をかけ、愛用のトランクケースを片手に厨房の料理長のところまで案内してもらった。
「は、人参……ですか? パーティーの料理ではなく?」
「はい! この、甘みと歯ごたえのバランスが素晴らしい人参です! こちら、うちでもぜひ取り扱いしたくて。……もしよろしければ、何本か買い取らせていただくことは可能でしょうか?」
「はぁ……。まあ、それほどまでに気に入っていただけたのなら、お分けしましょう」
困惑する料理長から産地を聞き出した後、ずっしりと重い人参の袋を譲り受け、私はほくほく顔で厨房を後にした。
「ふふふ、いい買い物ができたわ。……さて、どこかに空き部屋はないかしら。この新鮮な人参を使って、おやつ生成魔道具『ウマクナール・アルファ』で特製おやつを作りたいなー。新鮮なうちに加工するのが一番だもの!」
特級魔導具師のブローチを盾に、私は王宮の裏通路を探索する。すると、ちょうど良さそうな、少しだけ扉が開いている静かな部屋を見つけた。
「ごめんくださーい……。……誰もいないみたい? よし、ちゃちゃっと作っちゃいますか!」
私は部屋に忍び込み、トランクケースから愛用の調理用魔道具を取り出した。
その頃、部屋の奥の暗がり――休憩をしていた双子の王子たちは、突如現れた侵入者に目を丸くしていた。
「(ねぇフェリックス……あの子、何してんだろ……)」
銀髪を揺らし、フィリップが、隣にいる兄の袖を引いて囁く。
「(さぁ……。袋から大量の人参を出して、何か怪しい機械に突っ込んでるな……。毒薬でも作ってるのか? 怪しいな……警備隊に突き出すか?)」
兄のフェリックスは、瞳を細めて冷ややかにベルを観察していた。
しかし、そんな王子たちの視線に気づく様子もなく、ベルは鼻歌交じりに魔道具『ウマクナール』をセットし、禍々しいほどの集中力でスイッチに指をかける。
「(……待て、フィリップ。様子を見よう。あんなに楽しそうに人参を刻む暗殺者がいてたまるか)」
「(……確かに。ねぇ、なんかあの機械、光りだしたよ?)」
暗闇の中で、二人の王子の視線はベルの手元へ釘付けになる。
何も知らないベルは、満面の笑みで「美味しくなーれ!」と呪文を唱え、禁断のスイッチを押し込んだ。
「スイッチオン! さあ、ポニとロワも喜ぶ『最高級・人参クラッカー』になーれ!」
――これが、後に王宮を揺るがす「おやつ革命」の幕開けになるのであった。
夜の鐘が三度鳴るは現代で言う21時頃のことです。
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