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【悲報】推し(ユニコーン)がイケメンに戻りそうなので、全力で呪いを継続させます  作者: 栗原りんご


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4. 香りのしない令嬢

ベルと「推し(馬)守護同盟」を結成した翌日。

半信半疑ながらも、イザベラはベルの言葉を信じ、想い人である騎士団長閣下の頭上に魔道具『身代わり守護鳥』を飛ばした。


そして迎えた、騎士団の合同演習の日。

ベルの予言通り、騎士団長は左手の違和感を抱えたまま、部下たちの訓練を検分していた。


(……本当に、あの子の言う通りですわ)


客席から見守るイザベラの視線の先には、若き精鋭、護衛騎士のカスティエルもいた。彼は赤髪をなびかせ、騎士団長を相手に激しい打ち合いを演じている。


(……団長、今日動きが鈍い気がするな…)


 その時――。


カスティエルが放った鋭い一撃が、騎士団長の死角を突いた。本来なら騎士団長が容易く受け流すはずの角度。しかし、彼の左手がわずかに遅れる。


「――っ!?」


カスティエルの目が見開かれる。

直撃する――。


(間に合わない!)


そう、誰もが確信したその瞬間――。


それまで誰の目にも見えなかった銀の小鳥が、突如として光を帯びて姿を現した。

鳥が放った不可視の防壁が模擬剣の衝撃を弾き飛ばし、カスティエルの剣先をわずかに逸らす。


(今のは……弾かれた? 風? いや――違う)


「……っ、今ですわ!」


同時に届いた警告を受け、イザベラは即座に動き出した。


彼女は機転を利かせ、「訓練の熱気に当てられて目眩がした」とあえて騒ぎを起こすことで、演習を一時中断させることに成功した。


結果、騎士団長は軽い打撲で済み、周囲は「カスティエルの勢いに、閣下が珍しく体勢を崩しただけ」として処理された。


演習後。カスティエルが「申し訳ありません、閣下! 私の剣が……」と頭を下げている横で、イザベラは自分の手の中にある銀の小鳥を見つめ、静かに震えていた。


(未来が、変わった……?)


 ベルの予言は当たった。


カスティエルの一撃が、左手を痛めていた騎士団長を襲うという最悪の未来は、確かに書き換えられたのだ。


(あの子は――“未来を知っている”…。わたくしの運命も、彼の未来も……あの子なら、変えられる!)


イザベラは、かつてない高揚感と確信を胸に、またベルに会える日を心待ちにするのだった。




一方、その頃ベルは――。


「え? 私がパーティーに出席!?」


実家の男爵邸に、私の悲鳴が響き渡った。


「そうなんだよ、ベル。お前が今まで発明して、お父さんの名前で出してきた魔道具が国に大きく貢献したということで、家族全員に招待状が届いてしまったんだ」


「お父様とお母様だけでいいじゃない! 私はモブだよ? 背景の石ころだよ!?」


「ダメだぞ、ベル! お前、そうやって理由をつけては婚約者探しからも逃げているじゃないか。いい加減、現実を見ろ! そもそもなんだその『モブ』って」


溜息をつきながら私を諭すのは、兄のカインだ。前世の知識で好き放題やる私を、いつもハラハラしながら見守ってくれている苦労人である。


しかし、彼は手に持った王家からの手紙を読み上げながら、意地悪くニヤリと笑った。


「ちなみに今回の褒賞は、『特級魔導具師の証』だそうだぞ」


「えっ!?」


「お父様に授与されるものだけど、助手としてお前も連名でもらえるみたいだ。……まあ、パーティーに行かないなら、お前の分は辞退しておくけど……」


「行く。行きます。行かせてください」


私は食い気味に答えた。


『特級魔導具師の証』。これを持っていれば、王宮内の多くのエリア……例えば資料の眠る禁書庫や、許可の必要な私有庭園への立ち入りさえも、「研究のため」という名目で許される。


(これで……深夜に透明マントでコソコソしなくても、公式にユニコーンたちの生息地を『調査』しに行ける! このチャンス、逃すわけにはいかない!)




―――数日後。


「お嬢様、気飾ればこんなにお可愛らしいのに、普段は瓶底メガネで隠されているなんて、本当にもったいないですわ!」


侍女たちの手によって、きつく編んでいた三つ編みは解かれ、ふわふわのピンク髪が肩に流れる。ドレスは瞳と同じ緑色。自分でも驚くほど「女の子」っぽくなってしまった。


「だってコミュ障なんだもん……」


鏡の中の自分から目を逸らし、私は逃げるように屋敷を出た。

馬車に乗り込む前、今日引いてくれる愛馬のポニとロワに話しかける。


「今日はよろしくね! んー! 二人とも可愛い! その飾りも似合ってるぅ!」


「お前……。着飾った自分の姿より、馬の飾りを褒めるのか。本当に馬好きだな」


 カインお兄様が呆れたように笑い、馬車は王宮へと走り出した。


王宮の広間に足を踏み入れると、一斉に好奇の視線が突き刺さった。


「おい、見たこともない令嬢だぞ。あんな美少女、どこの貴族だ?」

「あれが例の男爵家の引きこもり令嬢……ベル・ルミエールだと!? 嘘だろう」

「……なるほど、あれほど可愛いなら、父親が隠したがるのも頷けるな」


周囲のざわめきを、私は「あー聞こえない聞こえない。私は石ころ。私は背景」と心の中で念じ、全力でスルーする。そんな私の元へ、香わしい薔薇の香りと共に、見覚えのある漆黒の縦ロールが揺れながら近づいてきた。


「あなた……まさかベルなの?」

「あ、イザベラ様!」


駆け寄ろうとして、私は思わず息を呑んだ。今夜の彼女は、夜空を切り取ったような深い紺色のドレスを纏い、まさに「悪役令嬢」の完成形といった神々しさだ。


(はぁはぁ……今日も素敵……イザベラ様がユニコーンになったら、きっと凛々しくも美しい、光沢のある黒鬣になるはず……。想像しただけで鼻血が出そう……)


「また何か変なこと考えてますわね。鼻息が荒いですわよ、ベル」


イザベラ様は呆れたように扇で口元を隠したが、その瞳には私を拒絶する色はなかった。むしろ、私のドレス姿を上から下まで眺めて、満足そうに頷く。


「あ、バレました?」


「驚きましたわ。磨けばそれなりに光る石だとは思っていましたが……。そんな姿で私の隣に立たれると、殿下との婚約を狙っていると勘違いされてしまいますわよ」


「ははは……滅相もありません! 私は生涯、馬……いえ、独身を貫く覚悟ですから!」


「……ふふ。そうだったわね。あなたはそういう変態だったわ」


 イザベラ様は一瞬、周囲を気にするように視線を泳がせると、私にだけ聞こえる小さな声で囁いた。


「この前のあの小鳥、本当に助かりましたわ。……騎士団長様、左手の痛みに気づいてくれたことを、とても喜んでくださいました。……でも、素直に喜べないのが辛いわね。わたくしは、殿下の婚約者候補筆頭ですもの……。閣下(騎士団長)を想うなど、許されないことですのに」

 

「……イザベラ様」


イザベラ様は、ドレスの胸元に隠した銀の小鳥を、慈しむように上からそっと押さえた。その瞬間、彼女の瞳に、王宮の華やかな灯りとは対極にあるような、深い陰影が落ちた。


(……大丈夫ですよ、イザベラ様。その運命ごと、私がひっくり返して見せますから)



イザベラ様と別れ、私は家族と共に壇上の前へと進み出た。


国王陛下に代わり、壇上からゆっくりと降りてきたのは、王太子セドリック様だった。相変わらず、この世の全てが煩わしいと言わんばかりの不機嫌顔だ。彼は王家の象徴である獅子と一角獣が刻まれた、鈍く光る銀のブローチを手にしている。


「ルミエール卿、そして助手のベル・ルミエール嬢。……貴殿らの魔道具の発明は、我が国の発展に大きく寄与した。その功績を称え、これを授与する」


(ひゃああ……! 目の前に、生きた、動く黄金の鬣……! しかも声が低くていい響き……!)


 セドリック様が歩み寄り、まずはお父様の肩先へ、そして次に私の肩先へと手を伸ばす。


(これで……深夜の潜入活動が捗るわ……! 公式にユニコーンを観察しに行けるなんて!)


指先がわずかに私のドレスの生地に触れ、ブローチを留めるカチリという小さな音が、私の心臓の音より大きく聞こえた。


「……これがあれば、王宮の書庫や特定の庭園への出入りも許可される。励むがいい。……それと」


セドリック様が、ふと声を潜めた。


「……あ、ありがとうございます、殿下」


(なんだ、この女は)


至近距離で向き合ったセドリックは、目の前の男爵令嬢に微かな違和感を覚えた。

王宮に満ちる、あのどろりとした下卑た「臭い」が、彼女からは一切しない。


 むしろ――。


(……花の蜜のような、澄みきった甘い香りがする)


「殿下……?」

「あ、あぁ、すまない」


思わず見入ってしまったセドリックが、咳払いをして視線を逸らす。


私はといえば、お兄様に「最低一人はダンスをしてこい」と言われていたノルマを思い出して、胃を痛めていた。


……適当な人を捕まえてさっさと終わらせよう。


そんな中、勇気を出した一人がベルに声をかけようとしたその時――


「おい」


 不意に、目の前に手が出された。


「セ、セドリック様……?」

「一曲、願いたい」

「え、え!?」


戸惑っている間にもぐいっと手を取られ、ダンスの渦の中へと連れ出される。

王太子と男爵令嬢のダンスに、会場がざわめく。けれど私の思考は、別のベクトルでフル回転していた。


(ひゃああ……! セドリック様の至近距離! 髪が! この金の鬣(人間ver)が綺麗だわぁ……!)


ダンスのステップを踏むたびに、金の髪がさらりと揺れる。セドリック様は私をじっと見下ろしているが、私の目線は彼の額に固定されていた。


(……この女、俺を見ていない?随分目線が上だな……)


(ああ……このおでこの部分に、あの気高き一本角が……今は見えないけど、確かにここに生えるのよね……!)


やはり、臭わない。

それどころか、心が洗われるような甘い匂いがする。


「で、殿下……ちょーっと距離が近いような気がしますが……?」

「…………」


セドリック様は何も答えず、ただじーっと私を見つめてくる。


??? なに、私の顔に何か付いてる?


ひとまず、心臓が爆発する前にダンスは終わった。

私は王太子の腕をすり抜けるようにして、王宮の外へ飛び出した。


( 殿下も「一人」としてカウントしていいよね! ノルマ達成! さて、お馬さんたちに会いに行こうっと!)

 

―――この時はまだ知らなかった。

この夜が、私の平穏をぶち壊す始まりになるなんて。


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