3. 馬活(うまかつ)同盟
私は王宮の門を堂々と通り抜けた。
自作の魔道具『不可視の外套』を頭からすっぽりと被って。
(ふふ、門番の人たち、全然気づいていないみたい)
しがない男爵家の生まれである私、ベル。
前世の知識を利用して、幼い頃から次々と発明し作り上げられていく魔道具たちに、両親は期待よりも先に危機感を覚えたらしい。
「この子の才能が知れたら、国に身柄を拘束されて一生こき使われる!」と。
それ以来、私は存在を隠すように育てられた。世に出しても問題のなさそうな便利グッズは、すべて父が発明したものとして発表され……今や父は「世紀の天才発明家」として、国中から崇められている。
もちろん、私はただ隠れているだけではない。表向きは「天才発明家を支える唯一の助手」という肩書きを得ることで、父の工房に引きこもる正当な理由を手に入れていた。
(お父様、ありがとう……! 私が自由に馬活できるのは、影武者になってくれているお父様のおかげよ!)
ちなみに、今被っているこのマントは、世に出したら国際問題になりかねない方の「ヤバイ魔道具」だ。
「結界の構造は既に解析済み。干渉しない周波で位相をずらす――さてさて、愛しのユニコーンは……」
結界の隙間をすり抜け、王宮の奥まった私有庭園へと忍び込む。
そこには――まさに、夢にまで見た光景が広がっていた。
(うそ、王太子様に宰相様……それに双子の王子様まで……!?)
眼球が3倍になったかと思うほど、私は目を見開いた。
月光を浴びて輝く、四頭の聖獣。
金、銀、紫……それぞれの鬣が夜風に揺れ、宝石のような瞳が暗闇に浮かび上がっている。
「……ねぇフェリックス、なんか視線感じない?」
ふいに、銀の鬣を揺らしたフィリップ様が、赤紫の瞳を鋭く光らせてこちらを向いた。
「は? ここは王宮の最深部だぞ? 誰も来られるはずないだろ、フィリップ」
同じ銀鬣のフェリックス様が、青紫の瞳を細めて面倒そうに首を振る。
「……王国一の警備を誇る結界内ですからね。動物か何かの気配でしょう」
闇夜に黄色の瞳を怪しく光らせたのは、紫の鬣を持つ宰相ヴィンセント様だ。
「セドリック様は、本当にこの姿になっている時が一番落ち着いておられますね……」
彼らの視線の先。中心に佇むのは、見事な金鬣を持つセドリック様だ。
「そういうお前は昨日も眠れなかったのか」
「もう慣れました…」
(あああ……! 本物だ! ゲームの設定そのままだ!!)
私は透明マントの下で、激しく震える手でスケッチブックを抱きしめた。
セドリック様は黄金の鬣。フィリップ様は銀鬣に赤紫の瞳、フェリックス様は同じ銀鬣なのに青紫の瞳……。そしてヴィンセント様は高貴な紫の鬣に、魔力を秘めた黄色の瞳……!
(すごい、綺麗……可愛い……カッコいい! 角の形も、セドリック様は真っ直ぐで気高く、ヴィンセント様は少し捻りが入ってて知的……! はぁはぁ……全角度からスケッチしなきゃ! 筋肉の躍動感も、蹄のツヤも全部!!)
透明マントの下で鼻息を荒くする私。その「熱気」がわずかに漏れたのか、セドリック様がゆっくりと瞼を上げた。
「……いや。やはり、何者かの執念……いや、異常な『視圧』を感じる」
セドリック様の青紫の瞳が、真っ直ぐに私のいる方向を射抜く。
ひっ、と心臓が跳ねた。
(ヤバい、これ以上は魔道具の遮断機能を超えちゃう……!)
私は後ろ髪を引かれる思いで、一歩、また一歩と後退りする。
名残惜しすぎる。本当は今すぐマントを脱ぎ捨てて、あの金の鬣に顔を埋めて、一日中ブラッシングをさせてほしいと言いながら五体投地したい。
(でも、今は我慢よベル! 焦って変態として捕まったら、今後の馬活に支障が出る!)
私は込み上げるパッションをなんとか抑え込み、静かにその場を離れた。
―――次の日
イザベラ様のお屋敷にある、薔薇に囲まれた豪華なガゼボ。私は今、その特等席で最高級の紅茶を前に、背筋を凍らせていた。
「まさか、学園でも影の薄い男爵令嬢であるあなたから、こんな手紙を渡されるなんて。……何の冗談かしら?」
(イザベラ様、びじーん! さすが悪役令嬢……漆黒の縦ロールもバッチリ決まってるわ。本物は迫力が違う!)
「聞いていますの!?」
「は、はい、ごめんなさい!」
扇をピシャリと閉じ、鋭い視線を向けてくるイザベラ様。しかし、その手元はわずかに震えている。
「で……あなたはなぜ、手紙にこの……こ、この騎士団長様のお写真を入れたのかしら……!」
(縦揺れすごい。動揺がわかりやすすぎて可愛い)
「侯爵家のご令嬢に、男爵家の私がまともに取り合ってもらうには……これくらいしか方法がないと思いまして」
私は一度、息を整えてから言った。
「――私、転生者なんです」
「…は?」
「この先の事とか全部知ってて。……例えば、新しく現れる『聖女』を名乗る女性によって、殿下の婚約者候補筆頭であるイザベラ様が根も葉もない罪を着せられ、国外追放されることも」
「な、そんな話……。馬鹿げているわ」
「ですよね? だから、イザベラ様が八歳の頃、暴走した馬から助けてくれた騎士団長様に密かに惹かれたきっかけとか……誰にも言っていないはずの初恋の記憶も、私は知っているんです」
「っ! なぜ……それをあなたが知っていますの……!?」
「少しは信じてもらえました?」
(よし、あと一息!)
「あと、これも持ってきました。イザベラ様へのご挨拶代わりの魔道具です」
私はカバンから、手のひらサイズの繊細な銀細工の小鳥を取り出した。
「これは……」
私は一歩だけ距離を詰め、声を潜めた。
「……今、騎士団長様は左手を庇っています」
「――っ!?」
「訓練で少し痛めています。……隠しているつもりでしょうけど…無意識に、負荷を避けているはずです」
「なぜ……そんなことを……」
イザベラ様の声が、かすかに震える。
「その違和感が、数日後の事故に繋がります」
「……っ! なんですって!?」
「はい。本来なら防げたはずの一撃を、その左手のせいで受けきれない」
「そこでこの魔道具『身代わり守護鳥』です。この小鳥に騎士団長様の魔力を少しだけ覚えさせて飛ばせば、彼の周囲を不可視の状態で旋回し、万が一の事態から守ってくれます」
イザベラ様が身を乗り出す。その顔は、先ほどまでの疑念が吹き飛ぶほどに真っ青だ。
(……確かに最近、剣を握る時だけ、わずかに癖が出ていたような……)
「この小鳥は、主であるイザベラ様の魔力とリンクしています。回数に制限はありますが、彼に危険が迫れば身代わりとなって盾になり、同時にイザベラ様の元へ報せを届けます。……大切な方を、あなたの手で守りたくはありませんか?」
イザベラ様は震える手で、その銀の小鳥を受け取った。
この小鳥には、父が開発した「防壁魔法」に加え、私が勝手に「生命への危機反応があった場合の防御機能」も付け足してある。
「……まだ実感はわきませんが、まさか話題の男爵家の発明は全てあなたが……?」
「他言無用でお願いしますね!」
「未来のことも、あなたの底知れない才能も……認めざるを得ないようね。それで、あなたはわたくしに何を望んでいるの?」
イザベラ様の碧眼が、探るように私を見る。私はメガネを押し上げ、意を決して言った。
「協力者というか……お、お友だちになってほしいんです!」
「はい? おともだち……?」
「私の馬活には、イザベラ様が必要なんです! 半年後に現れるヒロインは、きっと王太子様たちを愛の力で人間に戻そうとするはず!」
勢いよく身を乗り出した私に、イザベラ様は守護鳥を握りしめたまま、本日一番の「ドン引き」という顔を浮かべた。
「人間に……なってはいけないのかしら。呪いを解くのは喜ばしいことでしょう?」
「本人たちが本気で戻りたいと思っているならいたしかたないでしょう! 特に、護衛騎士のカスティエル様は一刻も早く呪いを解きたがっていますしね」
「まあ、あの方……騎士団長閣下の秘蔵っ子ですものね。閣下も彼のことを不憫がっていましたわ」
「だがしかし! 王太子殿下をはじめとする他の面々は、実はこの姿を結構気に入って馴染んでらっしゃるんです!」
「馴染んでらっしゃるの!?(あの完璧なセドリック殿下が!?)」
「はい。ですから、勝手に呪いを解こうとするヒロインから、彼らの気高い鬣を守り抜かなければならないんです! ……あ、もちろん、イザベラ様と騎士団長閣下の恋路は、私の魔道具で全力バックアップしますから!」
「……っ。……ぷ、あはははは! ……友達、ね。いいでしょう。あなたの予言が本当なら、わたくしも黙って追放されるつもりはありませんもの。それに、閣下の危機を救えるのなら……。で、その『うまかつ』とやらは、一体何をさせられるのかしら?」
「まずは、ヒロインを物理的に遠ざける計画から始めましょう!」
「……やっぱり、あなた相当な変態ですわね、ベル」
こうして、学園の影の薄い男爵令嬢と、誇り高き悪役令嬢による、前代未聞の「馬活同盟」が結成されたのだった。
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