2. 臭い
きらびやかなシャンデリアの光が、王宮の大広間を埋め尽くしている。
華やかな音楽、高価な香水の混ざり合った香り。
そして――耳を塞ぎたくなるような、下品な囁き声。
「ねえ、あの方が噂の『鬣の王子様』よ」
「あら、隣には『鬣の宰相様』もいらっしゃるわ。素敵」
扇に隠された口元から漏れるのは、敬意など微塵もない、好奇という名の毒だ。
この「愛欲の国」と呼ばれるシュヴァリエにおいて、男女の交わりは最大の娯楽であり、美徳とされている。
「たかだか夜に馬になるくらいでしょ? むしろたくましくていいじゃない」
「馬になるなら、さぞかし夜の性欲も……うふふ」
「後継者の心配なんていらないわ。昼間のうちにしっかりお務めを果たしてもらえばいいんですもの」
セドリックは、仮面のような微笑を崩さずにいたが、胃の奥には吐き気が渦巻いていた。呪いが始まってからというもの、鼻が異常に利くようになった。
彼女たちのまとう香水の裏側。男を品定めし、権力に縋りつこうとする浅ましさ。
それが、どうしようもなく「臭う」のだ。
「殿下、少々顔色が優れないようですね」
傍らに音もなく現れたのは、目の下に濃い隈を作り、眼鏡の奥に冷徹な瞳を光らせる宰相、ヴィンセントだった。彼もまた、王宮に蔓延するこの「臭い」に辟易している一人だ。
「……ヴィンセントか。ああ、この空気には、いささか酔いそうだ。」
「……日が沈めば、我らは獣に戻る。その時だけが、醜悪な人間たちの下世話な視線から解放される唯一の時間だというのに。陛下はいつまで貴女方との縁談を強いるおつもりか」
小声で交わされる言葉は、呪われた者同士の連帯だった。
セドリックは背を向け、夜の帳が下りるのを、どこか待ち遠しく思っていた。
* * *
(……はぁ。早くユニコーンに会いたい)
私は、学園の片隅にある図書室のテラスで、小さく息を吐いた。
前世でも、人の視線が怖くて仕方なかった。瓶底メガネに三つ編み。それが私の防壁であり、アイデンティティだ。
まさか、死んで目覚めたら大好きだった乙女ゲー『聖なる乙女と五つの角』の世界に、名前も知らない「モブ」として転生しているなんて。
けれど、神様は私をよく分かっていらっしゃる。
私は馬…中でもユニコーンが好きだ。いや、好きなんて言葉じゃもう言い表せないほど。前世の私の部屋は、ユニコーングッズで埋め尽くされていた。
毎晩抱いて眠るユニコーンの抱き枕。勉強をするためのユニコーン型のテーブルとイス。足元にはあの虹色の鬣をイメージした、ふかふかの特注ラグ……。
視界のすべてに角と蹄がなければ、呼吸もままならない。そんな人生だった。
それがどうだろう! この世界には、本物の、生きたユニコーンがいるのだ!しかも五頭も! しかも超絶ハイスペックな個体(攻略対象)が!
「それを奇跡と呼ばずになんと言うの……!」
興奮でメガネが曇る。
しかし、このゲームのシナリオはあまりに残酷だ。
外野の人間たちは「鬣の王子様」などと揶揄し、ヒロインは“真実の愛”などという暴力で彼らの角を奪い去り、ただの人間に戻そうとする。
(なんなの。馬であることが欠点だなんて、誰が決めたの?)
守られるべき、尊き獣として。
私が彼らを、この世で最も幸せなユニコーンにしてみせるのに。
そのためには、まずシナリオの「強制力」があるのか確かめたい。幸いにもヒロインが学園に編入してくるまで半年ある。
「……よし」
私は完成したばかりの魔道具を愛しそうに撫でたあと、カバンから一通の手紙を取り出した。宛名は、この学園で最も高慢で、そして最も悲惨な最期を遂げる予定の令嬢。
「まずは夜の王宮の庭園へ侵入できるようにしなきゃ。そして悪役令嬢であるイザベラにも接触しなくちゃね!」
瓶底メガネの奥で、私の瞳が怪しく光った。
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