蕎麦 〜「蕎麦ごときが」と侮るなかれ〜
拙著『川柳垂れ流し紀行』で、旅先で蕎麦を食べた話を書いたが、私の蕎麦の基準となっている蕎麦屋について詳しく書かなければ、と思い至り、筆を執った。
私の旨い蕎麦の基準は、「そばつゆ」である。「蕎麦湯を入れて飲み干せるか」である。大概の蕎麦屋のそばつゆは、飲み干せない。甘過ぎたり、化学調味料の味がしたり、ベタベタしたりして、飲み干せないのである。蕎麦を食して最後に口にいれるのが、そばつゆなのだから、蕎麦を食べる「フィナーレ」を飾れないのでは、残念至極である。
そのそばつゆの基準となっている店が、県内にある。その店は東名高速道路の吉田ICで降りて5分ほどのところにある。私は毎年1月3日に訪れることにしている。
ここの御主人は、東京の藪蕎麦の名店で修行し、ここ吉田に開店したそうだ。取材をほとんど受けず、撮影もNGである。お品書きにある日本酒には銘柄が書かれておらず、一度家人が尋ねると、
「日本酒です。」
と返答してきた。
ここではざる蕎麦と鴨南蛮を注文するのが常である。家人には、それに冷酒と蕎麦味噌がつく。
ざる蕎麦が運ばれて来た。麺の色は、少し緑色や灰色がかっている。まずは、つゆに浸けず、おろしたわさびを蕎麦につけて、ずるずるとすすった。旨い!この食べ方が、藪蕎麦本来の強い香りと風味が楽しめる。その後、そばつゆにちょっとつけてすする。それが江戸前流で、麺を全部漬けるのは粋ではないのだ。そして、3口目、これでざるは空になる。ほんのちょっとの蕎麦しかざるに盛られてないからだ。この店に予備知識もなく初めて来店した客は、少々憤慨するかもしれない。価格も高いからだ。しかし、その価値は十分にある。
高いと言えばもう一つ注文した鴨南蛮である。今年も1月3日に行ったが、値上げしてあり、一杯3000円になっていた。(昨年までは確か2800円くらいだったと記憶している)蕎麦が一杯3000円!それでもこれが食べたくて年に1回はここに来るのだ。
まずは、温かいつゆをすする。旨い!鴨から出た脂がくどくない。別皿に盛られている柚子胡椒を入れて、もう1回すする。さらに旨い!柚子の風味と辛味が加わり、旨味が複雑に重なり堪らない。
次に麺をすする。温かい麺は、ざる蕎麦とはまた違った味わいがある。鴨の脂がくどくないので、ずるずる食べてしまいそうだ。だが、この幸せの時間をあっさり終わらせたくないので少しずつ、ゆっくり食べる。
葱を口に運ぶ。私は猫舌なので、葱のトロトロした中身で口の中を火傷しないように注意して口に入れる。熱さに耐えながら葱を味わう。甘い!この葱の甘いトロトロは鍋料理でも大好きな食材なのだが、ここの葱はまた格別に旨い。どこ産の葱なのか気になった。だが、店員にどこの葱か聞いても、どうせ
「葱です」
としか答えてくれないだろうが。
主役の鴨を口に運んで噛む。鴨の肉汁とつゆが相まって美味!フランス料理のメインディッシュもかくやと思わせる。脂身もあるが、脂身が苦手な家人もそのまま食べてしまうほどの旨さである。つゆはすべて飲み干す。
そして、横に置いておいた蕎麦猪口に蕎麦湯を入れる。蕎麦湯を持ってくるタイミングも絶妙で、十分に熱い蕎麦湯である。私にとっての裏メインディッシュのそばつゆをいただく。辛口の醤油が濃いつゆなので、はじめから猪口には三分の一くらいしか入っていない。そこに蕎麦湯を入れると、ちょうどよい濃さになるのだ。
ゆっくり拝むように猪口を口に運び、つゆをすする。つゆは辛口だが、まったく嫌味がなく、くどくもベタベタもない。天然出汁の味と風味が身体全体を優しく包んでくれる。至福の時である。ざる蕎麦と鴨南蛮の余韻も楽しみながら、じっくりと時間をかけて飲み干す。思わず、手を合わせてこの幸せをいただけることに感謝してしまう。
幸せの 時間は伝票 見て醒める
お会計、2人で一万円弱!蕎麦ごときに…と思われる御仁もいらっしゃるだろうが、それだけの価値があるのだから納得して会計を済ませた。年一回の贅沢なのだから。
この店に初めて食べに行った時、隣の席で2人の若い男性が、驚くことに品書きの料理をすべて食べていた。食べ終わったその客は、ご主人に、
「京都で蕎麦屋を営んでます。今日は勉強に来ました。とても美味しく、大変勉強になりました。ありがとうございました。」
と挨拶したのだ。蕎麦屋が勉強に来る蕎麦屋なのである。
以前は、1月2日から開店していたが、御主人が高齢のため、十年ほど前から3日から営業するようになった。数年前には給仕が、奥さんから娘さんに代わった。御主人が、これからも健康で元気に蕎麦を打ち続けられることを祈るしかない。




