おでん 〜県人のソウルフードは、出汁でネタも沁みるが心身にも沁みる〜
知人が入院した。同い年の彼は退職後、再就職先の勤務が思ったよりも大変で、無理が祟ったそうだ。
仕事帰りに知人の見舞いに行った。自宅からクルマで15分ほどなので、大した労力ではない。
彼のリクエストで夕飯として、しらす弁当と静岡おでんを持っていった。彼が言うには、病院の食事が、
病院食 箸もつけずに 蓋閉める
「蓋を開けたら思わず閉めたくなるような不味さ」だそうだ。そのため、今晩の夕飯はキャンセルして、私にリクエストしてきたのだ。弁当とおでんを持って病室に入った。
黒き出汁 白馬の騎士が 持参する
彼にとって私が、囚われの身の哀れな王子を、不味い食事から解放してくれるホワイトナイトに見えたのかもしれない。普段見せたことのない笑顔で、ベッドに横たわりながら私を迎えた。
おでんは、我が県のソウルフードである。黒い出汁に、出汁粉と青海苔をかけて食べるのだ。
「これこれ、おでん食べたかったんだよね〜」
「冷めないうちに食べろよ。」
「どのおでん種から食べようかな?」
カーテン越し 小声で話す おでんだね
薄いカーテンを通して、おでんの匂いが病室に漂っているようで、少々申し訳なく思ったが、他のベッドでも病院食以外を食べているようなので、「お互い様だから、まぁいっかぁ〜」と勝手に自己肯定した。
点滴の時間になったので、病室を出て、エレベーターに乗った。何だかエレベーターの中もおでんの匂いがしているようだった。
病院から外に出ると「秋の日はつるべ落とし」とはよく言ったもので、辺りはもうすっかり暗くなっていた。先日購入したHIMARIのヴァイオリンが奏でる『夜想曲』を聴きながら、ゆるゆると自宅に向かった。




