第七十二話 誘導
「第三区画、第九試合。」
「四十番、五十二番。」
試験官が木札を読み上げる。
セイルは考える。
二敗すれば後がない。
だが。
相手も一敗している。
ここは負けられない。
試験官が手を上げた。
「始め。」
互いに剣を構える。
相手が踏み込む。
セイルは静かに避けた。
それでも。
頭から離れないのは、エドガーとの一戦だった。
技量。
速度。
力。
どれも想定の範囲だった。
違ったのは。
戦い方。
セイルは蜘蛛の巣を思い浮かべる。
羽虫は必死にもがく。
動けば動くほど。
糸が絡む。
選択肢が減る。
あの試合も同じだった。
思い返す。
突き。
エドガーは力が入っていた。
だから反撃を意識した。
振り下ろし。
速い。
だから早く避け始めた。
一手一手は普通の剣だった。
だが。
全てに意味があった。
積み重なるほど。
少しずつ蜘蛛の巣が絡んでいく。
多分あれが。
戦術。
そこまで出来る気はしない。
でも。
一手だけなら。
相手を誘導できるかもしれない。
ピンチか。
チャンスか。
そう思わせることができれば。
試したい。
考えながらも。
体は自然と動いていた。
攻撃を避けながら相手を見る。
相手の剣術は上手い。
だが。
まだ増幅は使っていない。
攻撃が当たらないことに焦り始めている。
狙うのは。
突き。
そこを崩す。
セイルは避け続けた。
突き。
少し大きく避ける。
戻りが少し遅れる。
その後の数手は、ぎりぎりで避けた。
また突き。
また少し大きく避ける。
戻りが少し遅れる。
その後。
今度は剣で弾いた。
突きなら届く。
そう思わせる。
数合。
打ち合う。
セイルは距離を取る。
嫌がるように。
相手は追う。
セイルは少し前傾になる。
いかにも。
突きやすい体勢だった。
案の定。
突きが来る。
その一撃はよく見えた。
口の端が少し上がっている。
腕に力が入っている。
フェイントは無い。
今まで大きく避けていた突き。
今度は逆に。
相手へ飛び込む。
剣は振らない。
下から。
刃を体へ添わせるように滑らせる。
鍔が耳元で止まった。
「そこまで!」
試験官の声が響く。
「勝者、四十番。」
セイルは静かに剣を下ろした。
誘導。
本当に一手だけだった。
エドガーのように。
戦い全体を支配したわけじゃない。
それでも。
相手は動いた。
戦術。
少しだけ。
その意味が分かった気がした。
二勝一敗。
あと一勝だった。




