第七十話 綺麗な剣
第五区画、第三試合
「八番、四十番。」
試験官の声が響く。
セイルは剣を手に取り、第五区画へ向かった。
相手は、やや長身の男だった。
細身だが、体はよく鍛えられている。
灰色の髪を後ろで束ねていた。
セイル達より年上だろう。
落ち着いた雰囲気がある。
区画へ入る直前。
男が少し笑った。
「初戦、見てたよ。」
「面白い戦い方だね。」
「俺はエドガー。」
「お互い、思いっきりやろう。」
セイルも頷いた。
「セイルです。」
「よろしくお願いします。」
試験官が手を上げる。
「始め。」
エドガーが踏み込む。
速い。
セイルは横へ避ける。
もう一歩。
さらに一撃。
それも避ける。
踏み込み。
剣筋。
重心。
呼吸。
どれも無駄がない。
全ての動きが綺麗だった。
数合。
一度距離が開く。
一瞬の静寂。
その次の攻防で、セイルは違和感を覚えた。
急に攻め方が変わった。
一撃の重さではない。
手数で攻めてくる。
回避を重視する自分に合わせられた。
セイルは受けない。
エドガーは休ませない。
金属音はほとんど鳴らない。
周囲が少しざわついた。
「四十番、ほとんど受けてないぞ。」
「八番も相当上手い。」
それでも二人は動き続ける。
右へ避ける。
左へ避ける。
下がる。
踏み込まれる。
また避ける。
だが、試合が長くなるほど、セイルは少しずつ息が上がっていった。
体力試験の疲労も残っている。
それでも目は追えている。
見えている。
見えているはずだった。
だが。
次第に避ける方向が窮屈になる。
一歩避けるたびに、次の選択肢が狭まっていく。
エドガーの一振り。
セイルは初動を見る。
そこへ合わせて体を動かす。
しかし。
振り下ろされない。
一拍遅れて、剣が来た。
想定より大きく避けるしかない。
体勢が崩れる。
呼吸のタイミングがずれる。
その瞬間。
エドガーが剣を握った拳で、セイルの胸を軽く押した。
強くはない。
ほんのわずかな力。
それだけで、重心が後ろへ流れる。
セイルは前へ戻そうとする。
そこには、すでに切っ先が置かれていた。
「そこまで。」
「勝者、八番。」
セイルは動きを止める。
首元の剣を見て、
それからエドガーを見た。
エドガーは剣を下ろす。
「セイル。」
「こんなに当たらない相手は初めてだよ。」
セイルは肩で息をしながら、なんとか答えた。
「はぁ…はぁ…どうも。」
「でも、完敗でした。」
エドガーは小さく頷く。
「またやろう。」
そう言って、区画を後にした。
セイルはその背中を見送り考える。
後半は、避ける方向を誘導されていた。
最後の一撃も。
避け方を誘導されていた。
呼吸のタイミングまで誘導された。
最後に胸を押したのも偶然じゃない。
完璧な位置。
完璧なタイミング。
エドガーの中では、
最後の一振りから、
胸を押すところまで決まっていた。
強さも。
速さも。
対応できていた。
だけど。
動きと戦い方に無駄がなかった。
なんと言うか。
綺麗だった。




