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第六話 優しい光


優しい光が広がった。


橋の下。


崩れた石。


血。


悲鳴。


その全てを包み込むように。


柔らかな光が広がっていく。


セイルは思わず目を見開いた。


黒い瞳が光の中心を見る。


ティアだった。


栗色の髪を乱しながら、瓦礫の前に膝をついている。


涙が頬を伝っていた。


光はそこから溢れていた。


「な……」


誰かが息を呑む。


神官だった。


次の瞬間。


「奇跡だ……」


震える声が漏れる。


オズワルドの体を覆っていた光が強くなる。


潰れていたはずの足。


裂けた皮膚。


血。


それらが目に見える速さで消えていく。


ガレスですら言葉を失っていた。


セイルは見ていた。


骨が戻る。


傷が閉じる。


血が止まる。


信じられない光景だった。


そして。


オズワルドの指が動いた。


「生きてる……!」


神官の一人が叫ぶ。


さらに別の場所。


足を押さえていた従者が立ち上がった。


「痛くない……?」


頭から血を流していた男が目を開く。


「助かった……」


歓声が上がる。


泣き声が上がる。


祈りの声が上がる。


だが。


セイルは別の場所を見た。


川岸。


崩れた岩の近く。


そこに横たわる神官。


動かない。


光も届かない。


さらにもう一人。


従者。


こちらも動かない。


セイルは視線を下ろした。


全員ではなかった。


助かった人もいる。


助からなかった人もいる。


それが現実だった。


---


光が消えた。


ティアの肩が揺れる。


「よかった……」


小さく呟く。


その瞬間だった。


ぐらり。


体が傾く。


セイルは気付いた。


顔色が真っ白だった。


呼吸も浅い。


指先も震えている。


光が消える前から。


限界だった。


「ティア!」


アッシュが飛び出した。


倒れる寸前の体を支える。


ティアは少しだけ目を開く。


「アッシュ……」


「喋るな」


「みんな……」


「お前が先だ」


ティアは少しだけ笑った。


そして。


意識を失った。


---


救助は夕方まで続いた。


ガレスの指示は正確だった。


騎士達もよく動いた。


村人達も手伝った。


崩落した橋の周囲にはロープが張られた。


負傷者は村へ運ばれていく。


橋は崩れたままだった。


中央部分がごっそり無くなっている。


夕日に照らされた石橋の残骸を見ながら、セイルは立ち尽くしていた。


本当に落ちた。


予感は正しかった。


だが。


もっと早く伝えられていたら。


もっと上手く説明できていたら。


助かった人がいたのだろうか。


答えは出なかった。


「おい」


低い声がして振り返る。


ガレスだった。


頬の傷が夕日に照らされている。


「お前の報告には助けられた、感謝する」


ガレスは軽く頭を下げた。


「よく見えていたな」


セイルは首を傾げる。


「見えただけです」


ガレスは少しだけ笑った。


「それが難しい」


短い沈黙。


風が吹く。


川の音が聞こえる。


「騎士団には欲しい人材だ」


セイルは即答した。


「俺は戦えません」


「そういう意味じゃない」


ガレスは橋を見る。


そして。


「王都へ来るなら訪ねて来い」


それだけ言って去っていく。


セイルには意味がよく分からなかった。


だが。


少し離れた場所で聞いていたアッシュは違った。


「すげぇな!」


大声だった。


「副団長に勧誘されたぞ!」


「されてない」


「された」


「違う」


「された」


話にならなかった。


---


夜。


村長宅。


負傷者のために部屋が解放されていた。


その一室でオズワルドは目を開いた。


天井。


見慣れない部屋。


そして。


痛みが無い。


ゆっくりと体を起こす。


傷が無かった。


神官達が駆け寄る。


「オズワルド様!」


「奇跡です!」


「聖女様の奇跡です!」


騒ぐ声。


だが。


オズワルドは別のことを考えていた。


人を助けたかった。


昔は。


ただそれだけだった。


教会へ入った頃。


傷付いた人を救いたかった。


神に仕えたかった。


それだけだった。


いつからだろう。


誰を助けるかではなく。


誰を味方に付けるかを考えるようになったのは。


いつからだろう。


信仰ではなく。


政治を考えるようになったのは。


今回もそうだった。


聖女を守ろうとしていた。


だが。


橋の上で。


自分が助けたかったのは。


聖女だっただろうか。


違う。


栗色の髪の少女だった。


そして。


意識を失う直前に聞いた。


『オズワルドさんは私を助けてくれたの!』


あの声。


さらに。


回復の光の中で感じた。


『助かって』


ただそれだけの願い。


打算もない。


見返りもない。


純粋な願い。


オズワルドは静かに目を閉じた。


「私は……」


言葉は続かなかった。


---


その頃。


別室。


ティアがゆっくり目を開いた。


「……」


見慣れない天井。


横を見る。


アッシュが椅子に座ったまま寝ていた。


木剣を抱えたまま。


反対側。


セイルは起きていた。


黒い瞳がこちらを見る。


ティアは少し安心した。


そして最初に聞いた。


「みんな大丈夫?」


その声にアッシュが目を覚ます。


「お前が先だ」


「え?」


「本当に聖女様だな」


「やめてよ!」


ティアが枕を投げた。


アッシュが笑う。


久しぶりだった。


聖女様ではなく。


いつもの三人だった。


その時。


コンコン。


「オズワルドです、少しよろしいでしょうか」


二人はティアを見る。


「どうぞ」


オズワルドは丁寧にドアを開けて入ってくる。


傷は完全に回復している。


ティアは目を丸くした。


「オズワルドさん、怪我は大丈夫ですか」


オズワルドは微笑んだ。


そして。


深く頭を下げる。


「助けていただき、ありがとうございました」


ティアは固まった。


何といえばいいのかわからない。


「そんな、私は…」


オズワルドはゆっくりと頭を上げる。


そしてゆっくりと言った。


「本当に感謝しております、ティア様」


部屋が静かになる。


昨日までは、聖女様と呼んでいた。


今は違う。


ティアは困ったように笑った。


セイルはオズワルドを見ていた。


昨日とは何かが違う。


上手く説明できない。


だが。


悪くない。


そんな気がした。



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