第五十七話 境界線
翌朝。
今日もアッシュは誰より早く訓練場へ向かっていた。
攻め。
守り。
目的。
立ち位置。
境界線。
そして、昨日の魔法への無力感。
考えることは増えた。
答えはまだ掴めない。
それでも。
指先が少しだけ触れている気がした。
だから。
剣を振りたくなった。
---
アッシュは木剣を構える。
ゆっくりと目を閉じた。
頭に浮かぶ。
悩みの原点。
オオカム採取。
穴を掘るセイル。
それを守るレナ。
二人を囲むゴブリン。
あの日の景色は、まだ鮮明に残っていた。
セイルの言った境界線。
それは少しだけ分かる気がする。
空想のゴブリンが現れる。
素手ゴブリン。
攻撃範囲は手の届く範囲。
素手ゴブリンの周りに円が生まれる。
円は狭い。
棍棒ゴブリン。
棍棒の長さ分攻撃範囲は伸びる。
円は広い。
投石ゴブリン。
円はもっと広い。
だが、威力はそれほどでもない。
円の色は薄い。
最初の三体。
あの時は驚いていた。
まだ境界線は出来ていない。
アッシュはゆっくりと木剣を三度振った。
---
次の二体。
あの時は牽制した。
攻めれば倒せる。
だが。
レナがゴブリンの円に入ってしまう。
そこから崩れる。
アッシュは木剣を下ろした。
もう一度。
牽制した場所へ立つ。
おそらく立ち位置は間違っていなかった。
問題は。
自分だった。
木剣を構える。
自分の円を見る。
濃い。
だが。
前へ細長く伸びている。
攻めたい。
その意識が円を歪ませていた。
おそらく敵にも読まれている。
横のゴブリンが動く。
その攻撃を、アッシュは受け入れた。
痛みではない。
自分の愚かさだった。
一呼吸。
足の向きを変える。
剣先を少し動かす。
重心を落とす。
呼吸を整える。
もう一度。
少しずつ。
円を丸くする。
もっと丸く。
もっと広く。
もっと濃く。
---
「……そういうことか。」
アッシュはもう一度、木剣を構えた。
横のゴブリンが動く。
今度は慌てない。
剣を振る。
一歩。
戻る。
また構える。
もう一度。
剣を振る。
一歩。
戻る。
その動きは自然だった。
アッシュはいつの間にか笑っていた。
もう一度。
木剣を振る。




