第五十二話 目的
三人は早朝訓練を終えた後。
バドウィン魔法屋。
セイル、アッシュ、レナは、いつものようにエルザから圧縮訓練を受けていた。
疲労感はある。
だが、その瞳は燃えていた。
集中力も高い。
先日とは別人のような三人を見て、エルザは小さく頷く。
「午後からは模擬戦をしましょう」
三人が顔を上げた。
「模擬戦?」
レナが聞き返す。
「はい」
エルザは淡々と答える。
「今の皆さんに必要なのは実戦です」
アッシュは少し口元を緩めた。
セイルも頷く。
レナは少し不安そうだった。
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午後。
魔法屋の裏にある訓練場。
エルザはレナを見る。
「レナは砂鉄を主体に戦ってください」
「はーい」
レナは軽く手を振る。
アッシュは木剣を構えた。
開始の合図。
アッシュが前へ出る。
速い。
レナは即座に砂鉄マントを展開する。
木剣がぶつかる。
砂鉄が散る。
レナは防御に追われた。
マント。
シールド。
牽制。
防ぐだけで精一杯だった。
ランスを作る余裕が無い。
前衛のいないレナは、一人で時間を稼がなければならない。
だがアッシュは止まらない。
攻撃。
攻撃。
攻撃。
やがてレナの防御が崩れた。
「そこまで」
エルザが言う。
勝者アッシュ。
予想通りの結果だった。
「さすがに無理かぁ」
レナが苦笑する。
「まあな」
アッシュは少し得意気だった。
だがエルザは続ける。
「アッシュ」
「はい」
「あなたは強いです」
アッシュの表情が少し緩む。
「今度はセイル」
「え?」
「そこに立っていてください」
訓練場の端を指差される。
セイルは困惑しながら移動した。
エルザは続ける。
「レナがセイルに攻撃を当てても勝ちです」
アッシュの表情が変わった。
レナも少し驚く。
開始。
アッシュは前へ出る。
だが一歩目で止まった。
セイルから離れられない。
攻めたい。
だが攻めれば隙が生まれる。
その迷いをレナは見逃さない。
砂鉄が集まる。
ランス。
アッシュが踏み込む。
発射。
木剣で弾く。
成功。
その瞬間。
別方向から飛来したナイフがセイルの肩へ当たった。
刃は潰してある。
だが命中だった。
「そこまで」
レナが目を瞬かせる。
アッシュは言葉を失った。
ランスは防いだ。
なのに負けた。
「もう一回だ」
アッシュが言った。
今度は違う。
守るから駄目なんだ。
先にレナを倒せばいい。
開始。
アッシュが一気に距離を詰める。
レナは後退。
防御。
防御。
防御。
ランスを作る余裕すら無い。
押される。
押し込まれる。
アッシュ優勢。
だが。
一瞬だった。
レナが後方へ飛ばしたナイフ。
放物線を描く。
セイルの胸へ命中した。
「そこまで」
沈黙。
アッシュは理解できなかった。
守っても負けた。
攻めても負けた。
エルザが静かに口を開く。
「アッシュ」
「何だよ」
「今の戦いはセイルを守るのが目的でしたか」
「そりゃあ…」
「それともレナを倒すのが目的でしたか」
アッシュは黙る。
訓練場に沈黙が落ちる。
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セイルはガレスを思い出していた。
短く刈り込んだ黒髪。
日に焼けた肌。
頬に走る古い傷。
鎧の上からでも分かる厚い肩。
アッシュと相対したガレスは構えているのに構えていなかった。
それがどこからでも動けるように見えた。
「アッシュ」
セイルが口を開く。
「何だよ」
セイルは少し考える。
「多分だけど」
「ガレスなら、そこに立ってない」
アッシュが眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「上手く言えないんだけど」
セイルは訓練場を見る。
「戦う時って境界線みたいなのがある気がするんだ」
「境界線?」
「範囲かな」
「構えとか武器とか態勢で変わるんだけど」
セイルは少し悩みながら続ける。
「あの時のガレスは」
「どっちにも動けるギリギリに立ってるというか」
「どっちにも動ける立ち方をしてるというか」
「そんな感じ」
沈黙。
アッシュは訓練場を見る。
何となく分かる気がした。
押されたらまずい位置。
攻められる位置。
戦いとは、そういう境界線の押し引きだった。
そして。
その話は、エルザの問いにも繋がっている気がした。
守ること。
倒すこと。
そして目的。
アッシュは木剣を握り直した。




