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第五十話 足りないもの


翌朝。


セイルが目を覚ますよりも早く、アッシュは訓練場へ向かっていた。


まだ王都は静かだった。


空は薄く白み始めている。


アッシュは木剣を握る。


攻める強さ。


守る強さ。


もっと考えろ。


昨日の言葉が、頭から離れない。


一晩考えた。


だが、答えは出なかった。


だから剣を振ることにした。


アッシュは目を閉じる。


オオカム戦。


多数のゴブリン。


地形。


配置。


セイルの位置。


レナの位置。


自分の立ち位置。


全部、鮮明に思い出せた。


最初に飛び出してきた三体。


あの時はすぐに斬った。


一体。


二体。


三体。


アッシュは素早く剣を振る。


そこまでは良かった。


次の二体。


あの時は牽制した。


違う。


あれもすぐに斬れば良かった。


四体目を斬る。


五体目も斬る。


そうすれば左右から挟まれなかった。


その後は、左右のどちらかを斬ればいい。


そうすれば。


そうすれば。


『アッシュ!』


頭の中で、レナの声が響いた。


振り返る。


ゴブリンが後ろへ抜けている。


投石。


レナの肩に石が当たる。


顔が歪む。


「クソッ」


アッシュは目を開けた。


木剣を握り直す。


もう一度。


最初の三体。


斬る。


斬る。


斬る。


四体目。


今度はもっと早く斬る。


その流れで五体目も斬る。


いける。


そう思った瞬間。


レナとの距離が開きすぎていた。


ゴブリンが二体、レナの方へ抜ける。


「クソッ!」


アッシュは再び悪態を吐く。


もう一度。


また駄目だった。


もう一度。


今度はセイル側が崩れた。


もう一度。


後ろに下がれば、前が足りない。


前へ出れば、後ろが空く。


何度やり直しても、誰かが怪我を負った。


セイルとレナ。


どちらかが死ぬところまでは想像できなかった。


想像したくなかった。


アッシュは木剣を振る。


答えは出ない。


それでも。


もう一度やるしかなかった。


---


同じ朝。


レナは魔法屋の裏庭にいた。


小さな革袋から砂鉄を出す。


指先に魔力を流す。


砂鉄が少し浮いた。


圧縮。


黒い粒が集まり、細い塊になる。


だが形が崩れる。


散る。


「駄目か」


レナは小さく息を吐いた。


もう一度。


砂鉄を集める。


圧縮。


今度は少し長く保つ。


けれど、すぐに崩れた。


昨日のオオカム戦を思い出す。


依頼は上手く行った。


怪我人も無かった。


オオカムも無事だった。


Eランクにも上がった。


結果だけ見れば、成功だった。


でも。


もっと出来たはずだった。


マントの生成が遅かった。


そのせいで後手に回った。


圧縮を使う余裕が無かった。


無駄な出力が増えた。


もっと魔力を節約できていれば、ナイフを飛ばせた。


穴掘りの補助も出来た。


セイルをもっと楽にできた。


アッシュの負担も減らせた。


もっと。


もっと出来たはずだった。


レナは散った砂鉄を見る。


セイルも。


アッシュも。


多分止まらない。


あの二人は、止まらずに前へ進む。


今ここで立ち止まったら、すぐに追い越される。


次は役に立たない。


そんな自分は許せなかった。


足りないものは分かっている。


魔法の扱い。


圧縮。


維持。


反応の速さ。


全部足りない。


レナはもう一度、砂鉄へ魔力を流す。


黒い粒が浮かぶ。


集まる。


細く伸びる。


今度は崩れない。


少しだけ。


ほんの少しだけ形を保った。


レナは小さく笑う。


「もう一回」


---


朝日が王都を照らし出す。


太陽が世界を広げる。


だが、朝焼けの景色は二人の目には入らない。


見ていたのは、


近くて遠い、


少し先の自分だった。



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