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第四話 信じる理由


翌朝。


セイルは日の出と同時に橋へ向かっていた。


誰もいない石橋。


朝露で石畳が濡れている。


橋の中央でしゃがみ込む。


黒い瞳が継ぎ目を追った。


「……」


やはり増えている。


石の隙間。


落ちた砂。


わずかなズレ。


昨日より。


確実に。


だが。


村人が見れば気のせいだと言うだろう。


村長もそうだった。


セイル自身も説明はできない。


それでも。


嫌な感覚だけは強くなっていた。


「いた!」


元気な声が響く。


振り返るとアッシュだった。


赤髪を寝癖のままにした少年が大きく手を振る。


その後ろをティアが歩いていた。


栗色の髪を後ろでまとめている。


少し眠そうだった。


「また橋か?」


アッシュが聞く。


セイルは頷いた。


「悪くなってる」


アッシュは橋を見る。


数秒見る。


さらに見る。


そして。


「分からん」


即答だった。


「だろうな」


「でも危ないんだろ?」


「たぶん」


「じゃあ危ない」


話が早い。


セイルは少しだけ首を傾げた。


本当に分かっていないらしい。


なのに信じている。


その理由がよく分からなかった。


---


昼。


使節団は出発準備を始めていた。


荷馬車。


馬。


従者。


神官。


思った以上に慌ただしい。


ティアはその様子を少し離れた場所から眺めていた。


セイルが近付く。


「出発の準備してるな」


「…うん」


元気がない。


肩も下がっている。


指先も落ち着かない。


「行きたくないのか」


ティアが固まる。


「え?」


「顔」


ティアは両手で顔を隠した。


「また顔見てる!」


「見えるから」


「嫌だよもう」


ティアは頬を膨らませた。


そして少し黙る。


やがて小さな声で言った。


「行きたくないわけじゃないの」


セイルは黙って聞く。


「でも怖い」


栗色の瞳が俯く。


「村を出たことほとんど無いし」


「うん」


「二人ともいなくなるし」


そこで言葉が止まった。


セイルは何も言わなかった。


何と言えばいいのか分からなかった。


その時。


「聖女様」


銀色の髪を整えた神官オズワルドが柔らかく微笑む。


「お時間よろしいでしょうか」


ティアが少し表情を固くして頷いた。


オズワルドは丁寧だった。


終始穏やかだった。


だが。


話す内容は変わらない。


「明日の朝に出発を予定しております」


ティアの肩が少し下がる。


セイルには見えた。


「そんなに急ぐんですか?」


ティアが聞く。


オズワルドは少しだけ表情を曇らせた。


「本来なら、もう少し時間を取るべきなのでしょう」


静かな声だった。


「ですがアステリア王国の状況がそれを許しません」


セイルは顔を上げた。


「西方ではアイゼン帝国との小競り合いが続いております」


「戦争ですか?」


ティアが聞く。


「まだそこまでではありません」


オズワルドは首を振った。


「ですが負傷者は増えています」


「治癒術師も不足しています」


そして。


少しだけ疲れた顔で笑った。


「回復魔法はいくらあっても足りないのです」


嘘ではない。


セイルにはそう見えた。


本当に困っているのだろう。


本当に助けたいのだろう。


だから余計に困った。


ティアもそれが分かっている顔だった。


---


夕方。


セイルは最後の確認をするため橋へ向かった。


鎧姿のまま橋脚を見上げている副団長のガレスがいた。


日に焼けた顔。


頬の傷。


近くで見るとさらに大きかった。


「副団長」


ガレスが振り返る。


「橋の話か」


話は既に伝わっていたらしい。


セイルは頷いた。


ガレスはひびを見る。


石を見る。


橋を見る。


しばらく黙る。


そして。


「確かにひびはある」


セイルは少し期待した。


だが。


「昨日通った橋だ」


終わりだった。


「でも」


「危険なら俺が通らせない」


ガレスは真っ直ぐ言った。


「だが今の俺には危険には見えん」


それ以上でも以下でもない。


軍人らしい答えだった。


---


夜。


セイルは一人で橋を見ていた。


どうすればいい。


村長。


駄目。


オズワルド。


駄目。


ガレス。


駄目。


誰も動かない。


いや。


動けない。


証拠が無いからだ。


その時、後ろから足音が聞こえた。


アッシュだった。


木剣を肩に乗せている。


「決めた」


赤髪の少年が言う。


「何を」


「止める」


セイルは振り返った。


アッシュは笑っていた。


いつもの笑顔だった。


「橋が危ないんだろ?」


「たぶん」


「なら止める」


簡単そうに言う。


「無理だ」


「やってみないと分からん」


アッシュは木剣を握った。


「だってよ」


そして笑う。


「俺、《上級剣士》だぞ」


---


翌朝。


出発の時間。


使節団が橋の前へ集まる。


馬。


荷馬車。


騎士。


神官。


全員が揃っていた。


ガレスが先頭へ出る。


その前へ。


一人の少年が歩み出た。


燃えるような赤髪。


木剣。


真っ直ぐな瞳。


アッシュだった。


村人達がざわつく。


村長が青ざめる。


ティアが息を呑む。


セイルは固まった。


ガレスが眉をひそめる。


「何のつもりだ」


アッシュは木剣を肩へ担いだ。


そして。


「この橋は通せない」


周囲が静まり返る。


「理由は」


ガレスが聞く。


アッシュは少し考えた。


本当に少しだけ。


そして。


「セイルが危ないって言ってる」


村人達が固まる。


ガレスも固まる。


アッシュは続けた。


「だから通せない」


ガレスは深いため息を吐いた。


「それだけか」


「それだけだ」


アッシュは笑った。


そして木剣を構える。


「俺を倒してから通ってくれ」


橋の前に。


赤髪の少年が立っていた。



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