第三話 使節団
「来たぞー!」
見張り台から声が響いた。
村中がざわつく。
栗色の髪を耳へ掛けていたティアが、びくりと肩を震わせた。
「来ちゃった……」
「来たぁぁぁ!」
その横でアッシュが飛び上がる。
朝日に照らされた赤髪が目立つ。
「騎士団だぞ!騎士団!」
「落ち着け」
黒髪の頭をボリボリかきながらセイルが言ったが。
「無理!」
無理らしい。
三人は村の入口へ向かった。
すでに大勢の村人が集まっている。
その先には石橋。
そして街道。
セイルの視線は自然と橋へ向いた。
昨日と変わらない。
そう見える。
だが胸の奥の嫌な感覚は消えていなかった。
---
やがて街道の先に旗が見えた。
白地に金の紋章。
教会の旗だ。
その後ろに騎士。
さらに荷馬車。
さらに神官。
さらに従者。
想像していたより遥かに多い。
ティアの顔色が少し悪くなる。
アッシュの顔は逆だった。
期待と興奮で輝いている。
「すげぇ……」
思わず声が漏れた。
セイルは橋を見る。
使節団を見る。
橋を見る。
---
先頭の騎士が橋へ入った。
石橋は静かにそれを受け止める。
騎士。
馬。
荷馬車。
次々と渡っていく。
セイルの黒い瞳が中央部分を追った。
何か起きる気がした。
だが。
何も起きない。
荷馬車も渡る。
従者も渡る。
最後尾の馬車が橋へ入った。
教会の紋章。
白い装飾。
他の馬車より豪華に見える。
「……?」
セイルは首を傾げた。
なぜだろう。
同じ橋を渡っているのに。
その馬車だけ揺れ方が違う気がした。
だが理由は分からない。
やがて最後尾も渡り切る。
橋はそこにあった。
「ほれ」
村長が笑う。
「大丈夫じゃったろう」
周囲の村人も安心したような顔を見せた。
ティアも少しだけ息を吐く。
だが。
セイルだけは橋を見ていた。
中央部分。
石の継ぎ目。
気のせいだろうか。
昨日より砂が増えている気がした。
---
使節団が村へ入る。
先頭に立つ神官へ視線が集まった。
銀色の髪を後ろへ流した男だった。
四十代半ばほど。
上質な法衣を身にまとい、柔らかな笑みを浮かべている。
穏やかな声。
落ち着いた所作。
絵本に出てくる神父をそのまま若くしたような人物だった。
「私はオズワルド・アークライト司教と申します」
神官は深々と頭を下げる。
「王都大聖堂より参りました」
村長が慌てて頭を下げ返した。
「よ、ようこそお越しくださいました」
オズワルドは優しく微笑む。
誰が見ても好人物だった。
---
その隣に立つ男は正反対だった。
短く刈り込んだ黒髪。
日に焼けた肌。
頬には古い傷。
鎧の上からでも分かる厚い胸板と肩。
ただ立っているだけなのに威圧感がある。
「騎士団副団長ガレス・レインハルトだ」
短い自己紹介。
それだけ。
だが。
アッシュは完全に心を奪われていた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
「絶対強い」
ガレスは聞こえていたのかいないのか。
表情一つ変えなかった。
---
村長がティアを前へ呼ぶ。
「こちらがティアです」
空気が変わった。
オズワルドが一歩前へ出る。
ティアは緊張していた。
肩が上がっている。
呼吸も浅い。
指先も落ち着きなく動いている。
セイルには全部見えていた。
だが。
オズワルドは跪く。
「お会いできて光栄です」
深く頭を下げる。
「聖女様」
ティアの肩がわずかに震えた。
「えっと……ティアです」
「聖女様」
オズワルドは微笑む。
「あなた様はこの国の希望です」
ティアは困ったように笑った。
その笑顔を見てセイルは少しだけ眉をひそめる。
オズワルドは善人だ。
それは分かる。
礼儀正しい。
優しい。
尊敬もしている。
だが。
ティアを見ているようで。
違うものを見ている。
そんな気がした。
---
歓迎会は夜まで続いた。
アッシュは騎士達へ質問攻めだった。
「王都ってどんなところですか!」
「副団長ってどのくらい強いんですか!」
「騎士になるには何が必要なんですか!」
騎士達は笑いながあしらっていた。
ガレスだけは黙って聞いていた。
ティアはオズワルド司教の横で硬くなっていた。
神官。
村人。
従者。
皆が口を揃える。
「聖女様」
「聖女様」
「聖女様」
笑顔ばかりだ。
悪意はない。
だが。
誰もティアとは呼ばなかった。
---
夜。
宴が終わり、セイルは一人で橋へ向かった。
月明かりが石橋を照らしている。
橋の中央でしゃがみ込む。
指先で石をなぞる。
「……」
昨日は無かったはずの砂。
気のせいかもしれない。
だが。
増えている。
橋を見る。
そして使節団の荷馬車を見る。
一台。
二台。
三台。
思ったより多い。
明日。
帰る時。
全員がまたこの橋を渡る。
セイルは橋を見る。
荷馬車を見る。
橋を見る。
荷馬車を見る。
そして小さく呟いた。
「悪くなってる」
夜風が吹いた。
誰もいない橋の上。
セイルだけが橋を見つめていた。




