第四十八話 伝えたい
三人は冒険者ギルドにいた。
受付嬢が依頼書を確認する。
「実付きのオオカム捕獲ですね」
「はい」
セイルが答える。
「では、詳しい説明をします」
受付嬢は机の上に簡単な図を広げた。
「オオカムは植物系の魔物です」
「魔物なのか?」
アッシュが聞く。
「はい。一応、自力で移動します」
「木が?」
「木がです」
アッシュは少し嫌そうな顔をした。
想像しづらいらしい。
「ただし戦闘能力はほとんどありません」
受付嬢は続ける。
「問題は実です」
レナが依頼書を覗き込む。
「魔物が好むって書いてあるね」
「はい」
受付嬢は頷いた。
「オオカムの実には魔力が蓄えられています」
「人間が食べても美味しくありませんが、魔物は好みます」
「そのため実を付けたオオカムの周囲には魔物が集まりやすくなります」
セイルは話を聞きながら依頼書を見る。
捕獲。
苗への移植。
根を傷付けないこと。
「切ったら駄目なんですね」
「伐採すれば採取依頼扱いになります」
受付嬢が答える。
「今回必要なのは捕獲です」
「つまり、生きたまま持ち帰る必要があります」
アッシュが腕を組む。
「面倒だな」
「面倒だから残っています」
受付嬢は淡々と言った。
「必要な道具は?」
セイルが聞く。
「苗箱はこちらで用意します」
受付嬢は足元から木箱を出した。
中には柔らかい土が入っている。
「それと」
セイルは少し考える。
「スコップを借りられますか」
受付嬢が頷く。
「あります」
アッシュがセイルを見る。
「剣じゃなくてスコップか」
「根を傷付けたら失敗だからな」
「冒険者っぽくねぇ」
「でも必要だろ」
セイルが言うと、アッシュは少し笑った。
「まあな」
レナも笑う。
「セイルらしいね」
そう言われて、セイルは少しだけ首を傾げた。
らしい。
そうなのかもしれない。
受付嬢から苗箱とスコップを受け取り、三人はギルドを出た。
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王都の外へ出る。
依頼書に書かれた森は、王都からそれほど遠くない。
だが道中、誰も浮かれてはいなかった。
Eランク昇格。
前線へ行くための最初の一歩。
それは分かっている。
だが。
これに成功しても、まだ前線へ行けるわけではない。
四十日。
その数字は、ずっと消えなかった。
森へ入ると、空気が変わった。
草の匂い。
湿った土。
木々の影。
セイルは周囲を見る。
普通に探しても見つからない。
実を付けたオオカムは魔物を引き寄せる。
ならば。
魔物の動きを見る方が早い。
しばらく歩いた後、セイルは足を止めた。
「こっちだと思う」
アッシュが剣へ手を掛ける。
「いたのか?」
「まだ見えてない」
セイルは低い声で言う。
「でも小型の魔物の足跡が同じ方向へ向かってる」
レナが地面を見る。
「よく分かるね」
「全部じゃない」
セイルは首を振る。
「でも、同じ方向に寄ってる気がする」
三人は慎重に進んだ。
しばらくすると、森の奥から声が聞こえた。
甲高い声。
何かを奪い合うような音。
アッシュが顔をしかめる。
「ゴブリンか」
セイルも見えた。
木々の間。
少し開けた場所。
そこに、低い木が何本も生えていた。
ただの木ではない。
幹がわずかに動いている。
根が地面を掴むように蠢いている。
その周囲に、ゴブリンが群がっていた。
かなりの数だった。
「……多いね」
レナが呟く。
アッシュも黙る。
少なくはない。
ゴブリン達はオオカムの実を奪い合っていた。
だが木そのものは傷付けない。
実だけを取ろうとしている。
依頼書の説明通りだった。
「どうする」
アッシュが聞く。
セイルは目を凝らした。
群生地。
全部は無理だ。
奥にある大きな木は、ゴブリンが多すぎる。
左側の木は実がほとんど残っていない。
右側。
自分の身長ほどの小さなオオカム。
まだ実が付いている。
周囲のゴブリンは少ない。
だが時間が経てば、すぐに奪われる。
「右の小さい木」
セイルが指差す。
「あれを取る」
「分かった」
アッシュは短く答える。
レナも頷く。
「私はセイルを守ればいい?」
「頼む」
セイルはスコップを握る。
手の中で少し重かった。
アッシュが前へ出る。
「行くぞ」
三人は動いた。
最初に気付いたゴブリンが叫ぶ。
アッシュが踏み込んだ。
剣が振られる。
一体。
二体。
三体。
ゴブリンが倒れる。
速い。
やはりアッシュは強い。
だが、ゴブリン達もすぐに反応した。
数体が前に出る。
別の数体が横へ回る。
さらに後ろから石が飛ぶ。
「セイル!」
レナの声。
黒い砂が舞った。
薄い膜のように広がり、飛んできた石を弾く。
砂鉄のマント。
まだ薄い。
まだ不安定。
だが確かに防いだ。
セイルはオオカムの根元へ膝をつく。
スコップを土へ差し込む。
根を傷付けないように。
深く。
広く。
焦るな。
焦れば失敗する。
ゴブリンの声が近い。
アッシュの剣が鳴る。
レナの魔力が揺れる。
見えてしまう。
右のゴブリンは踏み込みが浅い。
左の一体は石を拾っている。
奥の二体は連携しようとしている。
アッシュが一歩前に出れば崩せる。
レナが左へ砂鉄を回せば防げる。
言いたい。
伝えたい。
だが。
手が止まっていた。
セイルは歯を食いしばる。
掘れ。
今の自分の役割はそれだ。
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アッシュは歯痒さを感じていた。
攻めれば倒せる。
だが攻めれば、別のゴブリンが後ろへ抜ける。
だから前へ出きれない。
守るために、攻めきれない。
アッシュの顔に苛立ちが浮かぶ。
「くそっ」
一体を斬る。
だがすぐに次が来る。
勝てる。
勝てるはずなのに。
倒せる。
倒せるはずなのに。
守る場所があるだけで、剣は重くなる。
レナも余裕が無かった。
セイルの周囲に砂鉄を張る。
石を弾く。
抜けてくるゴブリンの足元を払う。
また石を弾く。
攻撃に回る余裕は無い。
守るだけで精一杯だった。
それでも。
不思議だった。
逃げたいとは思わなかった。
一人なら逃げている。
そもそも、こんな危険には近付かない。
でも今は違う。
前にはアッシュがいる。
後ろにはセイルがいる。
自分には守る場所がある。
できることがある。
もう少し力があれば。
もう少し魔力があれば。
そう思う。
歯痒い。
けれど。
不思議と、嫌ではなかった。
セイルは土を掘る。
腕が痛い。
指が痺れる。
息が乱れる。
戦況は見える。
見ようとしなくても見えてしまう。
だが見るほど遅くなる。
助けたい。
伝えたい。
でも。
今それをすれば、捕獲が遅れる。
捕獲が遅れれば、全員が危ない。
セイルは視線を落とした。
土だけを見る。
アッシュを見ない。
レナを見ない。
ゴブリンを見ない。
二人を無視する。
違う。
任せる。
完全に。
スコップを動かす。
土を掻き出す。
根が見えた。
細い根。
太い根。
苗箱に入る大きさを考える。
傷付けるな。
焦るな。
でも急げ。
「まだか!」
アッシュの声。
「もう少し!」
セイルが返す。
レナの砂鉄が揺れた。
魔力が弱くなっている。
限界が近い。
それでも崩れない。
アッシュも下がらない。
セイルは最後の土を掻き出した。
オオカムの根元が揺れる。
「抜ける!」
レナが苗箱を寄せる。
セイルは両手でオオカムを抱えた。
重い。
思ったより重い。
だが持てないほどではない。
慎重に持ち上げる。
根が抜ける。
土が落ちる。
苗箱へ移す。
柔らかい土へ根を沈める。
「入った!」
セイルが叫ぶ。
アッシュが振り返る。
「逃げるぞ!」
そこからは早かった。
セイルが苗箱を抱える。
レナが横に付く。
アッシュが最後尾へ回った。
殿。
ゴブリンが追ってくる。
だが深追いはしてこない。
群生地にはまだオオカムの実が残っている。
ゴブリン達にとっては、こちらよりも実の方が大事なのだろう。
森を抜ける。
息が切れる。
足が重い。
それでも走る。
走る。
走る。
やがて、王都の見える丘へ出た。
ゴブリンの姿はもう見えない。
アッシュはその場へ腰を下ろした。
肩で息をしている。
レナも近くの岩へ座り込んだ。
魔力を使い過ぎたのだろう。
額には汗が浮かんでいた。
セイルは抱えていたオオカムを慎重に地面へ置く。
根は無事だった。
実も残っている。
依頼は成功だろう。
ようやく全身の力が抜けた。
セイルも腰を降ろす。
その時だった。
「……二人がいてくれて良かった」
思わずセイルの口から零れた。
言った本人が一番驚いていた。
アッシュが目を丸くする。
レナも固まった。
セイルは気まずそうに視線を逸らす。
「いや、その……」
続きは出てこない。
アッシュは何か言おうとした。
だが言葉にならなかった。
驚いた。
照れくさかった。
そして少しだけ嬉しかった。
結局、何も言えない。
レナも同じだった。
役に立てた。
必要とされた。
ただそれだけのことなのに。
胸の奥が少し温かかった。
何かを言えば、この気持ちが逃げてしまいそうだった。
三人の間に沈黙が流れる。
けれど、不思議と居心地は悪くなかった。
丘の上から王都が見える。
白い城壁。
石造りの街並み。
遠くに見える教会の尖塔。
そのどこかにティアがいる。
四十日後。
自分達はそこから旅立つかもしれない。
まだ遠い。
まだ届かない。
それでも。
今日の自分達は昨日より少しだけ前へ進んでいた。
西へ傾いた夕日が丘を照らす。
今日の夕日は、
三人の顔を少しだけ赤く染めていた。




