第四十七話 最初の一歩
三人は騎士団本部に来ていた。
王都の中央部。
高い石壁に囲まれた広大な敷地。
その奥には堅牢な石造りの建物が建っている。
訓練場からは騎士達の掛け声が聞こえていた。
アッシュは足を止めない。
受付へ真っ直ぐ向かう。
「騎士団入隊試験について聞きたい」
受付の騎士は慣れた様子で案内を差し出した。
アッシュは受け取るなり内容を確認する。
真っ先に見たのは日付だった。
「二週間後か」
思わず呟く。
近い。
だが、間に合わないとは思わなかった。
間に合わせるしかない。
そのために来たのだから。
セイルも案内へ目を通す。
体力試験。
個人戦。
集団戦。
想像していた内容だった。
だが、想像していたからといって楽になる訳ではない。
体力。
個人戦。
どちらも自分に有利とは言い難い。
レナも横から覗き込む。
「体力試験かぁ」
少しだけ苦笑した。
「嫌そうだな」
アッシュが言う。
「そりゃそうでしょ。魔法使いだよ?」
「走ればいいだろ」
「簡単に言うな」
少しだけ空気が和らぐ。
昨日からの重さは残っている。
だが、立ち止まっているだけではなかった。
その時だった。
セイルの視界に一人の少年が入る。
同じ試験案内を受け取っていた。
茶髪。
細身。
補修だらけの訓練着。
特別強そうには見えない。
それでも何となく目に留まった。
少年は案内を丁寧に畳むと、そのまま本部を後にした。
「どうした?」
アッシュが聞く。
「いや」
セイルは首を振る。
「何でもない」
歩き方が綺麗だった。
気になった。
ただ、それだけだった。
騎士団本部を出た三人は、その足で冒険者ギルドへ向かった。
昨日の話。
そして今日の話。
前線へ行く方法は二つ。
騎士団。
あるいは冒険者ランクD。
もう一つの可能性も調べるべきだった。
ギルドへ入ると、受付嬢が顔を上げる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
セイルが答えた。
「冒険者ランクDについて聞きたい」
受付嬢は少し驚いた顔をした。
だがすぐに資料を取り出す。
「ランクDは実力だけではありません」
説明が始まる。
討伐実績。
依頼達成数。
信用。
推薦。
総合評価。
セイルは黙って聞いていた。
アッシュも聞いていた。
レナも聞いていた。
そして。
「普通なら数年ですね」
受付嬢がそう言った瞬間。
三人とも黙った。
数年。
四十日ではない。
数年。
頭では分かっていた。
簡単ではない。
そんなことは最初から知っている。
それでも。
数年という言葉は重かった。
アッシュが頭を掻く。
「遠すぎるだろ……」
珍しく弱音に近い言葉だった。
レナも言葉が出ない。
セイルも資料へ視線を落とした。
数字として理解できる。
だからこそ厳しさも分かる。
四十日。
数年。
あまりにも差が大きい。
受付嬢はそんな三人を見て続けた。
「ですが」
三人が顔を上げる。
「Eランクなら目前です」
空気が少し変わる。
「残る条件は実績のみです」
受付嬢は依頼書を数枚取り出した。
商人護衛。
西側三街。
往復十日から二十日。
アッシュが首を振る。
「長いな」
四十日の中で使うには大きすぎる。
次の依頼を見る。
巨大ヴェノムスライム討伐。
湖に住み着いた個体。
水質汚染が確認されるほど巨大化しているらしい。
「こちらは?」
セイルが聞く。
「専用装備か専用スキル推奨です」
受付嬢が答える。
「毒への対策が必要になります」
アッシュは依頼書を戻した。
金も無い。
時間も無い。
今の三人には難しい。
残る依頼へ視線を向ける。
実付きのオオカム捕獲。
聞いたことのない名前だった。
「これは?」
レナが尋ねる。
受付嬢は依頼書を見た。
「植物系魔物の捕獲です」
それだけだった。
三人は顔を見合わせる。
しばらく誰も喋らない。
四十日。
短い。
だが。
昨日とは違う。
昨日はどうすればいいかも分からなかった。
今は違う。
やるべきことがある。
進むべき方向がある。
レナが依頼書を見ながら言った。
「実戦が無駄になることは無いでしょ」
アッシュが笑う。
「違いねぇ」
セイルも頷いた。
前線は遠い。
騎士団も遠い。
Dランクはもっと遠い。
それでも。
最初の一歩くらいは踏み出せる。
セイルは依頼書を手に取った。
そして受付嬢を見る。
「これを受けます」
三人の最初の一歩だった。




