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第四十三話 もう自由には思えなかった


翌日。


王都郊外の訓練場。


ティアと会う約束は明日だった。


アッシュは準備をしながら首を傾げる。


「結局、何の話なんだろうな」


「何だろうな」


セイルが答える。


「大切な話って書いてあったから」


「大切な話なぁ」


アッシュは少し考えた。


だがすぐに諦めたらしい。


「まあ、明日聞けば分かるか」


「そうだね」


レナは二人の会話を聞いていた。


大切な話。


昨日から少しだけ気になっている。


だが今は研究だった。


エルザが紙を広げる。


「今日は応用です」


「強いやつか?」


アッシュが聞く。


「使いにくいやつです」


エルザが即答した。


「何でだよ」


「応用とはそういうものです」


レナが笑う。


「まあ、やってみよ」


砂鉄袋を開く。


黒い砂が地面へ流れる。


昨日より扱いは慣れていた。


集める。


動かす。


伸ばす。


そこまでは問題ない。


「今日はこれ」


レナは砂鉄を円状に広げた。


「輪?」


アッシュが言う。


「円盤」


レナが答える。


「回したら格好良くない?」


「また格好良さか」


「大事でしょ」


「まあ、そうだけど」


アッシュも少し乗っていた。


レナは砂鉄を回転させる。


だがすぐに崩れた。


黒い砂がばらばらと落ちる。


「あ」


「失敗ですね」


エルザが記録する。


「言い方」


「事実です」


もう一度。


今度は少し厚くする。


回す。


また崩れる。


三度目。


円盤が回った。


不安定だが、形を保っている。


「おお」


アッシュが声を上げた。


「回ってる」


「でしょ」


レナは嬉しそうだった。


エルザが木杭を指差す。


「当ててみてください」


「はいはい」


レナは円盤を木杭へ近付けた。


押し当てる。


ぎぎぎ、と嫌な音がした。


木の表面が削れる。


「おお」


今度はセイルも声を漏らした。


削れている。


切るというより、削る。


押し当て続けるほど深くなる。


アッシュが腕を組む。


「硬い敵に効きそうだな」


「でしょ!」


レナは満足そうだった。


「格好良いし」


「でも使いにくそう」


「そこは言わなくていい」


円盤はすぐに崩れた。


レナが息を吐く。


「消費、重い」


エルザが頷く。


「維持と回転を同時に行っていますからね」


「同時展開は難しそうです」


セイルが言う。


「一枚でも大変そうです」


「一枚で十分かなぁ」


レナは砂鉄を見る。


面白い。


だが確かに扱いにくい。


エルザは紙に書いた。


『チャクラム』


「名前決まってるんだ」


「見た目から判断しました」


「まあ、合ってるけど」


---


しばらく休憩する。


水を飲む。


風が吹く。


アッシュが砂鉄を見ながら言った。


「他にできねぇのか?」


「うーん」


レナは少し考える。


そして何かを思い付いた顔をした。


「飛べないかな」


沈黙した。


アッシュが真顔で言う。


「馬鹿だろ」


「まだ試してないじゃん」


「試さなくても分かる」


「分かんないよ」


セイルは少し困った顔をした。


エルザは真面目に言う。


「検証しましょう」


「するのかよ」


アッシュが呆れる。


レナは足元へ砂鉄を集めた。


小さな黒い輪が足元に広がる。


磁力を流す。


ふわり。


本当に少し。


レナの体が浮いた。


「浮いた!」


アッシュが叫ぶ。


「浮きましたね」


エルザが頷く。


次の瞬間。


「これ、きつっ…」


レナはバランスを崩した。


そのまま尻もちをつく。


アッシュが吹き出した。


セイルも少し笑ってしまった。


レナは座ったままアッシュを睨む。


「笑いすぎ」


「いや、浮いたのに落ちたから」


「それはそうだけど」


エルザは記録していた。


「数秒浮上」


「出力不足」


「制御不足」


「魔力量不足」


「全部不足じゃん」


アッシュが言う。


「ですが可能性はあります」


「本当?」


「ジャンプ補助程度なら」


「地味」


「実用的です」


レナは少し不満そうだった。


アッシュは笑っている。


いつもの空気だった。


---


午後も研究は続いた。


チャクラム。


飛行補助。


どちらも実用には遠い。


それでも全員が楽しそうだった。


アッシュは難しい話を聞いていない。


セイルは細かい違いを見ている。


エルザは記録を取っている。


レナは砂鉄を動かしている。


何度も失敗する。


何度も笑う。


ただそれだけの時間だった。


なのに。


楽しかった。


---


夕方。


解散になった。


アッシュは大きく伸びをする。


「明日、ティアに会うんだよな」


「はい」


セイルが頷く。


「遅れないようにしないと」


「分かってる」


アッシュはそう言いながら、少しだけ落ち着かない顔をしていた。


レナはそれを見ていた。


明日。


大切な話。


何だろう。


---


帰り道。


レナは一人で歩いていた。


夕方の王都は赤く染まっている。


ティアのことを思い出す。


聖女。


素朴な美人。


村娘らしい変装。


おとなしい性格。


笑うと目を引く可愛さ。


ティアちゃんは。


どんな未来が欲しいんだろう。


結婚。


旅。


王都。


教会。


色々な可能性が浮かぶ。


もし。


ティアが遠くへ行ったら。


アッシュは追いかける気がした。


騎士になってでも。


セイルも行く気がした。


知らないものを知るために。


二人とも。


そういう人だから。


そして。


ふと気付く。


講習が終われば。


アッシュは騎士を目指すのだろうか。


冒険者として生きるのだろうか。


セイルは。


村へ帰るのだろうか。


教会へ行くのだろうか。


それとも。


もっと色々な場所を見に行くのだろうか。


ティアも。


いつか自分の道を選ぶのかもしれない。


みんな。


それぞれの未来がある。


エルザと二人の魔法屋の日々に戻る。


レナは足を止めた。


何もおかしくない。


それが普通だ。


自由だった。


誰にも縛られない。


誰にも決められない。


好きな時に働いて。


好きな時に休む。


ずっと欲しかった生活だった。


夕日が王都を赤く染める。


最近。


みんなといると落ち着く。


楽しいとも思う。


講習が終わって。


みんながそれぞれの道へ進んだ後の生活は。


もう自由には思えなかった。



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