第三十九話 いつもの場所
翌日。
バドウィン魔法屋。
いつものように扉を開く。
「おはよ」
レナが手を振った。
「おう」
アッシュも手を振り返す。
セイルは軽く頭を下げた。
その時だった。
エルザが一通の封筒を差し出す。
「セイル宛です」
「俺ですか?」
受け取る。
封には教会の紋章が押されていた。
差出人を見る。
ティアだった。
「ティアか?」
アッシュが覗き込む。
セイルは封を開いた。
短い手紙だった。
---
大切なお話があります。
五日後に時間を作ってください。
必ず来てください。
ティア
---
「何だろうな」
アッシュが言う。
「分からない」
セイルは首を傾げた。
ティアらしいと言えばティアらしい。
だが少しだけ引っ掛かった。
レナも手紙を見る。
「五日後かぁ」
それだけ言った。
理由は分からない。
だが何かあるのだろう。
今考えても仕方がなかった。
---
「始めます」
エルザが言う。
講義が始まった。
今日も増幅と圧縮。
地味だった。
だが確実に強くなる。
「ではアッシュから」
「おう」
アッシュは目を閉じる。
守りたい。
失いたくない。
魔力が増える。
そして止まる。
まだ短い。
だが以前より長かった。
「良いですね」
エルザが言う。
アッシュは嬉しそうだった。
「だろ」
「調子に乗らないでください」
「何でだよ」
レナが笑った。
---
次はセイル。
理解したい。
理解できない。
二つの感情を意識する。
目元へ魔力が集まる。
以前より濃い。
以前より長い。
まだ未熟だった。
だが成長している。
「順調です」
エルザが頷く。
セイルも少し安心した。
---
レナも練習していた。
幸せになりたい。
分からない何か。
その二つを考える。
魔力が揺れる。
少しだけ止まる。
以前より成功率は高かった。
だが安定しない。
「難しいなぁ」
レナが呟く。
「当然です」
エルザは即答した。
「圧縮は高等技術です」
「知ってる」
「知っているだけです」
「厳しいなぁ」
---
その時だった。
ぐぅぅぅ。
大きな音が響いた。
沈黙。
全員の視線が集まる。
アッシュだった。
「……」
「……」
「……」
レナが吹き出した。
「何その音」
「身体強化は腹減るんだ」
アッシュが真顔で言う。
エルザが頷いた。
「事実です」
「ほらな」
何故か誇らしそうだった。
---
結局。
アッシュは屋台へ行くことになった。
「すぐ戻る」
「はいはい」
レナが手を振る。
アッシュが出ていく。
扉が閉まる。
少し静かになった。
---
訓練は続く。
セイル。
レナ。
エルザ。
三人だけ。
「視力はどう?」
レナが聞く。
「少しずつですが」
セイルは答える。
「見える時間が伸びています」
「いいなぁ」
レナは笑う。
「私も早く安定したい」
「レナさんの方が上ですよ」
「そう?」
「はい」
エルザが口を挟む。
「比較対象が間違っています」
「どういうこと?」
「レナは基準が自分です」
「初心者と比べる基準ではありません」
レナは少し考える。
「確かに」
否定できなかった。
---
しばらくして。
扉が開いた。
アッシュだった。
手には串焼きがある。
「うまかった」
帰ってきて最初の言葉がそれだった。
レナは反射的に言う。
「おかえりー」
「おう」
アッシュも自然に返した。
本当に。
何気ないやり取りだった。
---
その瞬間。
セイルは違和感を覚えた。
「あれ」
小さく呟く。
レナの周囲。
魔力が少しだけ濃くなった気がした。
本当に少しだけ。
気のせいかもしれない。
だが。
エルザもレナを見ていた。
「どうかした?」
レナが聞く。
エルザは少し考える。
そして言った。
「今の感覚を覚えておいてください」
「今の?」
「はい」
レナは首を傾げる。
よく分からない。
アッシュはもっと分からなかった。
「何だよ」
「別に」
レナが笑う。
それ以上は誰も言わなかった。
---
講義は夕方まで続いた。
大きな成果はない。
劇的な変化もない。
だが。
少しずつ前へ進んでいる。
そんな一日だった。
---
店じまい。
アッシュは帰った。
セイルも帰った。
エルザは片付けをしている。
レナは店内を見回した。
本棚。
机。
魔道具。
いつもの景色だった。
少し前まで。
ただの職場だった。
でも。
最近は少し違う。
ティア。
アッシュ。
セイル。
エルザ。
色々な人と出会った。
色々な時間を過ごした。
レナは小さく笑う。
最近。
みんなといると落ち着く。
理由は分からない。
でも嫌じゃなかった。
むしろ。
少し心地良かった。
レナは窓の外を見る。
夕日が王都を赤く染めている。
そして思った。
明日が少し待ち遠しかった。




