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第三十六話 支えているもの


翌日。


バドウィン魔法屋。


いつもの三人がいた。


レナはカウンターへ腰掛けている。


金髪のショートヘアが朝日に照らされていた。


アッシュは椅子へ座ったまま大きく伸びをする。


「眠ぃ」


「昨日はしゃぎ過ぎだな」


セイルが言う。


「久しぶりだったからな」


ティアのことだろう。


レナは少しだけ笑った。


その時。


奥からエルザが出てくる。


「始めます」


いつもの声だった。


「今日は属性変換です」


アッシュが嫌そうな顔をする。


「また難しいやつか」


「難しくありません」


エルザは即答した。


「魔法の基本です」


黒板へ図を書く。


開門



操作



増幅



圧縮


=出力



イメージ



属性変換



魔法発動


エルザは圧縮までを丸で囲んだ。


「ここまでの基礎技術によって出力が決まります」


「そして出力された魔力にイメージを与え、属性変換することで初めて現象になります」


アッシュが手を挙げた。


「つまり?」


「火属性変換」


「治癒属性変換」


「身体強化属性変換」


「磁力属性変換」


「それら全てです」


「なるほど」


分かっているのか怪しかった。


レナが笑う。


「冒険者の言い方はもっと適当だよ」


「どう言うんだ」


「使う」


アッシュが頷く。


「ああ」


「火を使う」


「治癒を使う」


「身体強化を使う」


「そんな感じ」


エルザがため息を吐いた。


「正式には属性変換です」


「同じだろ」


「違います」


即答だった。


アッシュは納得していなかった。


レナは面白そうだった。


セイルは真面目に書き留めていた。


「では実演です」


エルザが言う。


「レナ」


「はーい」


慣れた様子で前へ出る。


アッシュが期待した顔をした。


「何するんだ?」


「見てて」


レナは軽く手を前へ出した。


魔力が流れる。


次の瞬間。


机の上に置かれたナイフが動いた。


スッと宙へ浮く。


レナの磁力魔法だ。


アッシュが目を丸くする。


「おお」


ナイフがレナの手元へ引き寄せられる。


そこで止まる。


今度は逆。


ナイフが弾かれるように離れた。


さらに小さな金属片が浮く。


ゆっくり回転する。


まるで踊っているようだった。


「便利でしょ?」


レナが笑う。


「便利だな」


アッシュは素直だった。


セイルは金属片を見ていた。


磁力。


それは知っていた。


だが不思議な力だった。


エルザが説明する。


「同じ魔力でも結果は変わります」


「属性変換効率です」


「才能や適性とも呼ばれます」


火。


水。


風。


治癒。


身体強化。


磁力。


人によって向き不向きがある。


「だから同じ魔力でも威力が違うんですね」


セイルが言う。


「その通りです」


エルザは頷いた。


「レナ」


「はーい」


レナが再び前へ出る。


今度は掌を上に向けた。


魔力が流れる。


その上に小さな火が灯る。


焚き火の種火程度。


明るさも弱い。


「……小さいな」


アッシュは少し不満そうだった。


「私は磁力以外の変換効率は低いから」


レナは肩を竦める。


「火とか苦手なんだよね」


そう言いながら椅子へ腰掛けた。


少し疲れたらしい。


セイルは少し考える。


「属性っていくつありますか?」


「理論上は世界に存在する現象全てです」


「全て?」


「全てです」


エルザは紙に種火と書いた。


そしてその周囲へ線を書き足していく。


燃焼




酸化


「例えば種火一つでも様々な要素で成り立っています」


「属性は無数にあり」


「属性変換効率は個人の才能や適性で決まる」


エルザは紙を置いた。


「魔法の可能性は無限です」


アッシュは目を輝かせる。


セイルはゆっくりその言葉を飲み込んでいた。


エルザは三人を見渡した。


「ちなみに。」


「適性は一つとは限りません。」


アッシュが首を傾げる。


「どういうことだ?」


「例えばアッシュ。」


「身体強化属性変換は非常に優秀です。」


「ですが、それ以外の属性変換はほとんどできません。」


「だろうな。」


アッシュはあっさり認めた。


「火も風も全然駄目だ。」


エルザは続ける。


「一方、セイル。」


「はい。」


「身体強化だけでなく、火、水、風、光など様々な属性変換ができます。」


アッシュが目を丸くする。


「すげぇじゃん。」


エルザは首を横へ振った。


「ですが、変換効率はどれも低いようです。」


「生活魔法程度です。」


セイルは苦笑した。


「全部少しずつなんですね。」


「そういうことです。」


エルザは頷く。


---


講義は後半へ進む。


圧縮実習だった。


「またか」


アッシュが言う。


「またです」


エルザは譲らない。


最初はアッシュだった。


目を閉じる。


魔力が増える。


以前より安定していた。


守りたい。


失いたくない。


二つの感情。


魔力が止まる。


一瞬。


だが確かに止まった。


「おお!」


アッシュが目を開く。


「できた!」


「少しだけです」


エルザは冷静だった。


「でも成長しています」


アッシュは満足そうだった。


---


次はセイル。


理解したい。


理解できない。


二つの感情を意識する。


魔力が目へ集まる。


以前より濃い。


以前より長い。


まだ未熟だった。


だが進歩している。


「順調ですね」


エルザが言う。


セイルは小さく頷いた。


---


最後はレナだった。


「やっぱりやるの?」


「見本です」


エルザが言う。


「逃げないでください」


「厳しいなぁ」


レナは笑った。


目を閉じる。


魔力が増える。


ここまでは得意だった。


幸せになりたい。


その願いだけなら簡単だった。


魔力は大きくなる。


だが。


圧縮できない。


広がる。


散る。


「やっぱ無理」


レナは肩を竦めた。


アッシュも苦笑する。


「難しいな」


その時だった。


ふと。


昨日のことを思い出した。


ティア。


優しかった。


眩しかった。


自由じゃない。


でも楽しそうだった。


少し憧れる。


少し羨ましい。


どちらも本音だった。


どちらも否定できなかった。


その瞬間。


魔力が揺れる。


増える。


広がろうとする。


だが。


止まった。


レナは目を開く。


「……あれ?」


自分でも分かった。


今までと違う。


魔力がそこに留まっている。


エルザが目を見開く。


「成功しています」


「え?」


レナが聞き返す。


「本当に?」


「本当です」


アッシュが立ち上がる。


「おお!」


一番喜んでいた。


レナはまだ戸惑っている。


嬉しい。


でも。


何故できたのか分からない。


セイルはそんなレナを見ていた。


成功した時のアッシュは喜ぶ。


失敗した時のアッシュは悔しがる。


だが今のレナは違った。


何かを見つけた顔でも。


何かを失った顔でもなかった。


---


講義が終わる。


夕方。


レナは一人で帰り道を歩いていた。


圧縮。


成功した。


ずっとできなかったのに。


今日だけできた。


理由は分からない。


でも。


バッシュを思い出した。


ティアを思い出した。


最近。


色々な人と出会った。


色々な考え方を知った。


その中で。


何かが少しずつ変わっている気がする。


まだ言葉にはできない。


でも。


確かに変わっている。


夕日が王都を赤く染める。


レナは空を見上げた。


ティアちゃんは。


何かを大事にしていた。


アッシュも。


セイルも。


きっとエルザも。


私にはまだ、


それが見えていないんだ。



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