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第三十二話 消えた距離


「新入りか?」


大柄な男が笑う。


革鎧。


大剣。


傷だらけの顔。


いかにもベテラン冒険者だった。


レナは少しだけ目を見開いた。


だがすぐにいつもの笑顔へ戻る。


「久しぶり」


「おう」


男は頷く。


「元気そうじゃねぇか」


「まぁね」


アッシュが首を傾げた。


「知り合いか?」


「うん」


レナが答える。


「バッシュさん」


男は片手を上げた。


「冒険者だ」


その説明は見れば分かった。


むしろ冒険者以外に見えない。


バッシュは二人を見る。


まずアッシュ。


「お前強そうだな」


アッシュの顔が明るくなる。


「分かるか!」


「分かる」


即答だった。


そして次にセイルを見る。


「お前は弱そうだな」


こちらも即答だった。


アッシュが吹き出した。


「ははは!」


「否定できません」


セイルは頷いた。


レナまで笑う。


「バッシュさんはそのままだね」


「何がだ」


「色々」


そう言ってまた笑った。


少しだけ。


本当に少しだけ。


先ほどまでの違和感が薄れた気がした。


---


薬草採取を再開する。


バッシュも近くで別の依頼を受けていたらしい。


自然と同じ方向へ進むことになった。


「お前ら初依頼か?」


「そうだ」


アッシュが答える。


「薬草採取なんて地味だよな」


「そう思ってると死ぬぞ」


バッシュは即答した。


アッシュが固まる。


「薬草採取で?」


「そうだ」


バッシュは頷く。


「初心者は魔物より迷子で死ぬ」


「迷子?」


「森なめんな」


真顔だった。


冗談ではないらしい。


「薬草なんか探してると夢中になる」


「気付いたら帰り道分からん」


「暗くなる」


「死ぬ」


簡潔だった。


だが妙に説得力がある。


セイルは周囲を見る。


森。


草。


木。


風。


目印になりそうな岩。


道。


無意識に記憶していた。


「なるほど」


「お?」


バッシュが見る。


「分かるのか」


「見ながら歩けばいいだけでは」


「新人でそれ言う奴は珍しい」


少しだけ感心したようだった。


---


しばらく進む。


アッシュが声を上げた。


「これか?」


薬草だった。


だがレナは首を振る。


「違う」


「何で分かるんだ」


「葉っぱ」


「全部同じだろ」


「同じじゃない」


同じに見えた。


その時だった。


セイルが足を止める。


「アッシュ」


「ん?」


「動かないで」


アッシュが固まる。


セイルが指差した。


足元。


草の影。


小さな蛇がいた。


アッシュが飛び退く。


「うお!?」


バッシュが石を拾う。


投げる。


蛇の頭に当たる。


終わった。


早かった。


「危ねぇぞ」


「助かった」


「ちゃんと見ろ」


「見てた」


見えていなかった。


バッシュは笑った。


「まぁ最初はそんなもんだ」


そしてセイルを見る。


「お前よく気付いたな」


「何となくです」


本当にそうだった。


説明はできない。


ただ違和感があった。


だから見た。


それだけだった。


---


休憩する。


木陰。


水を飲む。


バッシュはレナを見る。


「そういやお前」


嫌な予感がした。


レナの表情が少しだけ固くなる。


「昔は人の後ろばっか歩いてたよな」


アッシュが目を丸くした。


「レナが?」


「そうそう」


バッシュは笑う。


「大人に話しかけるのも苦手でな」


「知らない奴がいるだけで固まってた」


「やめてくださいよ」


レナは笑っていた。


だが笑顔が少し硬い。


「事実だろ」


「昔の話でしょ」


「そうだけどよ」


バッシュは気にしない。


本当に気付いていない。


セイルはレナを見る。


いつもと違う。


だが理由は分からない。


バッシュの話は別に悪口ではない。


ただの昔話だ。


なのに。


レナは少しだけ困っているように見えた。


---


依頼は順調に終わった。


薬草も十分集まった。


報酬も問題ない。


帰り道。


アッシュは機嫌が良かった。


「思ったより面白かったな」


「だろ?」


バッシュが笑う。


「初心者依頼も馬鹿にできねぇんだ」


その言葉は。


少しだけダグに似ている気がした。


王都が見えてきた。


別れ道。


バッシュは立ち止まる。


「じゃあな」


そして当然のように続けた。


「レナ」


レナが顔を上げる。


「はい?」


「また依頼行くなら声かけろ」


バッシュは笑った。


「いつでも一緒に依頼受けてやるからな」


昔と変わらない口調だった。


レナは少しだけ目を伏せる。


ほんの一瞬だけ。


そしていつもの笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます」


「おう」


バッシュは満足そうに笑う。


それだけ言うと去っていった。


アッシュが呟く。


「良い人だったな」


「そうだね」


レナは否定しない。


本当に良い人なのだ。


助けてもらった。


感謝もしている。


恩もある。


だからこそ。


セイルはレナを見る。


笑っている。


いつも通りだった。


だが。


ほんの少しだけ。


寂しそうに見えた。


---


レナは一人考える。


嫌いになったわけじゃない。


恨んでいるわけでもない。


ただ。


会うたびに昔を思い出した。


そして。


その度に少しずつ距離ができた。


気付けば。


自分の中で、少し薄い人になっていた。


レナは前を向く。


王都の街並みが見えた。


今はもう。


あの頃とは違う。


そう思う。


けれど。


何が変わったのかは、まだ上手く言葉にできなかった。



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