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第二十九話 増幅


翌日。


バドウィン魔法屋。


「今日は増幅です」


エルザが言った。


アッシュが少し身を乗り出す。


「強くなるやつか」


「強くなります」


即答だった。


アッシュの顔が明るくなる。


しかし。


「ただし」


嫌な予感がしたらしい。


「心の授業です」


アッシュの顔が曇った。


レナが吹き出す。


「分かりやすいなぁ」


「心ばっかじゃねぇか」


「魔法ですから」


エルザは当然のように言った。


---


机の上へ紙が置かれる。


増幅。


そう書かれていた。


「増幅とは」


エルザが説明を始める。


「自分が強く反応する感情や意思を利用し、魔力を増やす技術です」


「怒り」


「責任感」


「好奇心」


「信頼」


「様々です」


セイルは少し考える。


開門。


操作。


そして増幅。


思っていたよりずっと心の話だった。


「魔法というのは」


エルザが言う。


「結局、自分自身の話です」


---


「では実験です」


エルザが立ち上がった。


木剣を持つ。


アッシュが少し期待した顔になる。


ようやく戦闘訓練だと思ったらしい。


違った。


エルザはセイルの方へ歩く。


セイルは首を傾げた。


次の瞬間。


木剣が振られる。


当然、寸止めだった。


だが。


その前に。


アッシュが動いていた。


セイルの前へ出る。


木剣を弾く。


反射だった。


考えていない。


完全に反射だった。


「何すんだ!」


アッシュが言う。


その瞬間。


空気が揺れた気がした。


セイルは目を見開く。


アッシュの周囲を魔力が流れている。


昨日までより明らかに濃い。


レナも気付いたらしい。


「おお」


エルザは納得したように頷いた。


「やはり信頼ですね」


アッシュが固まる。


「は?」


「仲間を守ろうとした瞬間に増幅しています」


「信頼」


「あるいは守りたいという意思でしょう」


アッシュは少し気まずそうな顔になった。


「別に普通だろ」


レナが笑う。


「普通じゃないよ」


「そうか?」


「そうだよ」


アッシュは納得していないらしかった。


---


次はセイルだった。


「何を考えればいいんですか」


「何でも構いません」


エルザが言う。


「大切なものです」


セイルは目を閉じる。


知識。


反応しない。


冒険者。


反応しない。


強くなりたい。


反応しない。


少しだけ焦る。


横からレナが覗き込んだ。


「駄目?」


「駄目です」


「意外」


セイルもそう思った。


知識欲が反応すると思っていた。


だが違う。


「ティアは?」


レナが聞く。


少しだけ反応した。


だが。


違う。


何か違う。


エルザも気付いたらしい。


「違いますね」


「もっと根本です」


セイルは考える。


根本。


何故知りたいのか。


何故見ようとするのか。


何故気になるのか。


---


エルザが聞く。


「なぜ知識が欲しいのですか」


「理解したいからです」


「何を?」


セイルは答えようとして止まる。


何を。


何を理解したい。


---


ダグ。


何故危険が分かったのか。


---


ティア。


何故不安そうだったのか。


---


オズワルド。


何故ティアを見る目だけ違うのか。


---


レナ。


何故そんなに楽しそうなのか。


---


アッシュ。


何故迷わず動けるのか。


---


気付く。


知識ではない。


人だった。


人を理解したい。


その瞬間だった。


魔力が動く。


昨日よりも。


今日までよりも。


はっきりと。


目へ集まる。


視界が少しだけ鮮明になる。


「なるほど」


エルザが呟いた。


「やはりそうですか」


レナも嬉しそうだった。


「何か分かった?」


セイルはゆっくり頷く。


「多分」


完全には言葉にできない。


だが。


間違ってはいない気がした。


---


帰り道。


王都の夕日が街を赤く染めていた。


アッシュが前を歩く。


「俺は単純だったな」


「アホだからね」


レナが言う。


「うるせぇ」


「でもいいじゃん」


レナは笑った。


「分かりやすいし」


アッシュも少し笑う。


否定はしなかった。


セイルは二人の後ろを歩く。


人を理解したい。


そう考える。


世界ではない。


知識ではない。


人だった。


その時。


レナが振り返る。


「ねぇ」


「何ですか」


「私のこと理解できた?」


セイルは真面目に考えた。


数秒。


そして答える。


「全然です」


レナが吹き出した。


「正直だなぁ」


「事実なので」


「そこは少しくらい誤魔化してもいいのに」


セイルは困った。


だが。


レナは嬉しそうだった。


理解できない。


それでも。


嫌ではなかった。



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