第二十六話 理解したい
翌日。
バドウィン魔法屋。
「おはようございます」
エルザが言う。
「おう」
アッシュが答える。
妙に機嫌が良かった。
昨日開門に成功したからだろう。
分かりやすい。
「見たか」
店へ入るなり言った。
「見た」
セイルは頷く。
「成功したからな」
「したな」
「俺の方が先だったな」
「そうだな」
アッシュは満足そうだった。
レナが呆れた顔をする。
「うざいなぁ」
「嫉妬か?」
「殴るよ?」
即答だった。
アッシュは笑う。
レナも笑う。
仲が良いのか悪いのか分からない。
席へ座る。
エルザが紙をまとめながら言った。
「では続きです」
今日はセイルの番だった。
目を閉じる。
静かに呼吸する。
昨日より少し慣れた。
橋。
違和感。
ティア。
王都。
ダグ。
魔法。
冒険者。
次々と考える。
何も起きない。
目を開ける。
「駄目です」
エルザは頷いた。
予想通りだったらしい。
「何を考えていましたか」
セイルは正直に答えた。
「色々です」
「具体的には」
「橋」
「ティア」
「ダグ」
「魔法」
「王都」
「冒険者」
エルザは少しだけ考えた。
「増えていますね」
「そうですか」
「昨日より増えています」
レナが吹き出した。
「悪化してるじゃん」
「悪化なのか?」
アッシュが聞く。
「多分」
レナが答えた。
エルザは椅子へ座る。
「セイル」
「はい」
「貴方は何を知りたいのですか」
少し意外な質問だった。
「何を?」
「何でもです」
セイルは考える。
魔法。
魔物。
王都。
スキル。
全部知りたい。
「色々です」
「そうですか」
エルザは頷いた。
そして。
「ではなぜ知りたいのですか」
セイルは少し黙った。
なぜ。
そんなことは考えたことがなかった。
「面白いから?」
レナが言う。
「違うと思います」
エルザが即答した。
「知らないと不安だから?」
アッシュが言う。
「半分は正しいかもしれません」
エルザはそう言った。
「ですが、それだけではありません」
セイルは考える。
なぜ知りたい。
魔法を。
スキルを。
人を。
世界を。
なぜ。
ダグ。
あの人が何を考えていたのか知りたかった。
ティア。
何が不安だったのか知りたかった。
オズワルド。
なぜティアを見る時だけ違ったのか知りたかった。
レナ。
なぜあんなに前向きなのか知りたかった。
エルザ。
なぜそこまで理論に拘るのか知りたかった。
知りたい。
違う。
「理解したい」
思わず口から出た。
静かだった。
店の中が。
ほんの少しだけ。
静かになった気がした。
エルザが頷く。
「なるほど」
その表情は少し納得したようだった。
「知識ではありませんでしたか」
セイルは自分でも驚いていた。
確かに。
そうだった。
知識が欲しいのではない。
理解したい。
何を考えているのか。
何を大切にしているのか。
なぜそうするのか。
理解したかった。
その瞬間だった。
心の奥で何かが動いた。
アッシュの時ほど派手ではない。
熱もない。
光もない。
ただ。
静かに。
何かが繋がった感覚があった。
「……あ」
思わず声が漏れる。
エルザが少しだけ目を細めた。
「感じましたか」
セイルは頷く。
説明できない。
だが確かにあった。
今まで気付かなかった何かが。
そこに。
「成功です」
エルザが言った。
アッシュが身を乗り出す。
「本当か?」
「本当です」
レナも少し嬉しそうだった。
「おー」
セイルは自分の手を見る。
何も変わっていない。
それでも。
何かが変わった気がした。
エルザが言う。
「人はよく勘違いします」
全員が聞く。
「強さが欲しいと思っていた人間が、実際には安心を求めていた」
「知識が欲しいと思っていた人間が、実際には理解を求めていた」
「珍しい話ではありません」
セイルは黙って聞いていた。
「人は他人に嘘をつけます」
「自分にも嘘をつけます」
エルザは続ける。
「ですが心は嘘をつきません」
「開門とは、それを知る技術です」
静かだった。
セイルは少しだけ納得した。
今まで。
ずっと外ばかり見ていた。
橋。
魔物。
人。
違和感。
見えるもの。
だが。
自分自身を見たことはなかった。
---
帰り道。
アッシュが言う。
「これで俺達二人とも成功だな」
「そうだな」
「次は魔法だ」
「そうだな」
アッシュは前を向いて歩く。
王都の夕日が街を染めていた。
セイルは空を見上げる。
理解したい。
それが自分だった。
まだ知らないことは多い。
理解できないことも多い。
それでも。
少しだけ前へ進めた気がした。




