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第二十五話 信頼


翌日。


バドウィン魔法屋。


扉を開く。


鐘が鳴る。


「来たね」


レナが笑った。


「帰りてぇ」


アッシュが言った。


昨日と同じだった。


「まだ二日目だよ?」


「もう十分だ」


「早いなぁ」


レナは楽しそうだった。


エルザは机で本を読んでいる。


顔も上げない。


「諦めるなら受講料は返しません」


「諦めてねぇよ」


アッシュは席へ座った。


言葉とは裏腹に顔は少し不機嫌だった。


昨日は何もできなかった。


それが気に入らないらしい。


セイルも席へ座る。


エルザが本を閉じた。


「では続きです」


---


昨日と同じように開門を試す。


まずアッシュだった。


目を閉じる。


強くなりたい。


反応なし。


騎士になりたい。


反応なし。


格好良くなりたい。


反応なし。


何も起きない。


アッシュが目を開ける。


「何でだよ」


レナが笑った。


「また格好良くなりたいから始めたの?」


「最初じゃねぇよ」


「でも入ってたよね?」


「入ってたけど」


「入ってたんだ」


アッシュが舌打ちした。


エルザは平然としている。


「その程度だからです」


「その程度!?」


アッシュが食いついた。


「強くなりたいぞ俺は」


「知っています」


「騎士にもなりたい」


「知っています」


「格好良くもなりたい」


「それも知っています」


エルザは頷いた。


「ですが、それは目的ではありません」


アッシュが固まる。


「何だそれ」


「手段です」


エルザはそう言った。


「開門は深層へ触れる技術です」


「表層ではありません」


「だから反応しないのです」


アッシュは理解できていない顔をした。


セイルも半分くらいしか分からなかった。


---


休憩。


レナがお茶を持ってくる。


「はい」


「ありがと」


セイルが受け取る。


アッシュは机に突っ伏していた。


「無理だ」


「まだ一時間だよ?」


「十分だ」


レナが笑う。


本当に楽しそうだった。


「何でそんな余裕なんだ」


アッシュが聞く。


「私は開門してるから」


「ずりぃ」


「先輩だから」


またその返事だった。


セイルは少し考えていた。


アッシュは本当に強くなりたいと思っている。


それは間違いない。


騎士にもなりたい。


それも本当だ。


なのに反応しない。


違和感があった。


「アッシュ」


「ん?」


「何で騎士になりたいんだ?」


アッシュは首を傾げた。


「強くなれるから」


反応なし。


当然だった。


「何で強くなりたいんだ?」


「何でって」


アッシュは言葉に詰まる。


考える。


珍しいことだった。


「格好良いじゃん」


反応なし。


「それに」


少し考える。


「騎士って」


まだ反応しない。


「守れるし」


その瞬間だった。


アッシュが眉をひそめた。


何か引っ掛かったらしい。


---


橋が崩れた時。


ティア。


セイル。


村人達。


ダグ。


旅の途中。


色々な顔が浮かぶ。


強くなりたい。


確かにそうだ。


騎士にもなりたい。


それもそうだ。


だが。


その先は。


「守りたいから」


アッシュが呟いた。


空気が変わった。


---


一瞬だった。


アッシュの体の内側で何かが動く。


熱ではない。


痛みでもない。


心臓の奥。


もっと深い場所。


そこから何かが広がった。


全身へ。


ゆっくりと。


自然に。


「何だこれ」


アッシュが目を見開く。


腕を見る。


何も変わっていない。


だが感覚が違う。


エルザが立ち上がった。


珍しく少し驚いていた。


「成功です」


レナも目を丸くしている。


「おお」


「今の?」


アッシュ本人が一番驚いていた。


「成功したのか?」


「しました」


エルザが頷く。


「開門です」


---


アッシュは何度か拳を握る。


不思議だった。


力が増えたわけではない。


だが今まで感じたことのない感覚がある。


体の奥に何かがある。


確かに。


そこに。


「なるほど」


エルザが呟いた。


「信頼ですか」


アッシュが顔を上げる。


「信頼?」


「深層です」


エルザが説明する。


「強くなりたい」


「騎士になりたい」


「格好良くなりたい」


「それらは表層です」


「その先にあるもの」


エルザはアッシュを見る。


「貴方の場合」


「仲間を守りたい」


「信頼を裏切りたくない」


「そこが核なのでしょう」


アッシュは少し黙った。


照れ臭そうだった。


「別に普通だろ」


レナが笑う。


「普通じゃないと思うけど」


セイルも頷いた。


確かに。


それはアッシュらしかった。


---


帰り道。


夕日が王都を赤く染めていた。


アッシュは上機嫌だった。


「見たか」


「見た」


「成功したぞ」


「したな」


「俺の方が先だったな」


「そうだな」


アッシュは満足そうだった。


分かりやすい。


レナなら笑うだろう。


セイルは少しだけ羨ましかった。


アッシュは見つけた。


自分が何に反応する人間なのか。


自分はまだ見つけていない。


理解したい。


知りたい。


それは分かる。


だが。


それだけなのだろうか。


---


その夜。


宿のベッドで天井を見る。


ティア。


ダグ。


レナ。


エルザ。


オズワルド。


色々な顔が浮かぶ。


知りたい。


その先は。


セイルは目を閉じた。


まだ分からない。


だが。


探したいとは思った。


自分が何を大切にしている人間なのか。


その答えを。


まだ知らない。



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