第二十四話 開門
翌日。
セイルとアッシュは再びバドウィン魔法屋を訪れていた。
扉を開く。
鐘が鳴る。
「来たねー」
レナが手を振った。
相変わらず明るい。
その横ではエルザが机に紙を並べていた。
「座ってください」
アッシュが机を見る。
紙。
本。
紙。
本。
紙。
嫌な予感しかしない。
「帰りてぇ」
「始まる前から?」
レナが笑った。
「まだ何もしてないよ?」
「見れば分かる」
アッシュは真顔だった。
「勉強だろ」
「勉強ですね」
エルザが即答した。
「帰るなら受講料は返しません」
アッシュは黙って席に座った。
セイルも隣に座る。
エルザが前に立つ。
「まず魔力について説明します」
そう言って紙に文字を書いた。
魔力。
それだけだった。
「魔力は世界中に存在します」
「空気のようなものですか」
セイルが聞く。
「近いですね」
エルザは頷く。
「人間は常に魔力を吸収しています」
「食べ物みたいなもんか?」
アッシュが聞く。
「呼吸や皮膚からです」
「食べ物じゃねぇな」
「違います」
レナが吹き出した。
エルザは気にしない。
「魔物は魔核へ魔力を蓄積します」
「魔核」
「魔物の心臓のようなものです」
セイルは頷く。
聞いたことはある。
「では人間はどこへ蓄積すると思いますか」
アッシュが考える。
三秒。
「腹」
「違います」
即答だった。
「心です」
少し沈黙した。
アッシュが首を傾げる。
「心ってどこだ」
「だから難しいのです」
エルザはそう言った。
「魔法理論では心とは感情、意思、価値観、記憶などを含めた精神全体を指します」
セイルは少し興味を持った。
魔法の話というより、人間の話に近い。
エルザは続ける。
紙に三つの言葉を書いた。
表層。
深層。
真我。
「心には三つの階層があると考えられています」
アッシュが嫌そうな顔をした。
難しい話の気配がする。
「表層は本人が認識している考えです」
「飯食いたいとか?」
「そうです」
「分かる」
アッシュが安心した。
「深層は本人が大切にしている価値観です」
「価値観」
セイルが呟く。
「何を大切にしているか」
「何のために頑張るか」
「何を守りたいか」
エルザはそう説明した。
そして最後の言葉を指差す。
真我。
「最も深い場所です」
「何のために生きるのか」
「どんな人間でありたいのか」
「そういった本質が存在すると考えられています」
セイルはその言葉を聞いていた。
少しだけ。
引っ掛かった。
何のために生きるのか。
そんなことを考えたことは無かった。
「開門とは」
エルザが言う。
「魔力を感じる技術ではありません」
レナが机に頬杖をつく。
「自分探しみたいなやつ」
「雑ですが概ね正しいです」
エルザが認めた。
「自分の心が何に反応する人間なのか」
「それを知る技術です」
アッシュが腕を組む。
「よく分からん」
「やれば分かります」
エルザはあっさり言った。
「レナ」
「はいはい」
レナが立ち上がる。
目を閉じる。
数秒。
右手を前へ出した。
淡い光が指先に集まる。
小さな火花のような光だった。
「おお」
アッシュが少し驚く。
レナは笑った。
「先輩だから」
「ずりぃ」
「努力したもん」
レナは得意そうだった。
エルザが言う。
「では次です」
アッシュが立ち上がった。
やる気だけはある。
「任せろ」
目を閉じる。
強くなりたい。
何も起きない。
もっと強く。
何も起きない。
騎士になる。
何も起きない。
格好良くなる。
何も起きない。
アッシュが目を開けた。
「何でだよ」
レナが吹き出した。
「格好良くなるで成功したら面白かったのに」
「笑うな」
再挑戦。
失敗。
再挑戦。
失敗。
十分後。
「帰りてぇ」
頭を抱えた。
レナは笑い過ぎて机を叩いている。
「早いよ!」
「もう無理だ!」
エルザはため息を吐いた。
「次」
セイルだった。
目を閉じる。
橋。
ティア。
ダグ。
王都。
魔法。
冒険者。
違和感。
次々と考える。
何も起きない。
さらに考える。
何も起きない。
「どうですか」
エルザが聞いた。
「分かりません」
「何を考えていましたか」
セイルは正直に答える。
全部。
エルザは少し考えた。
「情報量が多すぎます」
「多い?」
「考え過ぎです」
レナが頷く。
「それはそう」
アッシュも頷いた。
「それはそう」
珍しく意見が一致した。
セイルは少しだけ納得できなかった。
考えるなと言われても難しい。
その後も何度か試した。
結果は同じだった。
夕方。
講義は終わった。
帰り道。
アッシュが大きく伸びをする。
「分からん」
「分からないな」
セイルも頷く。
レナが笑う。
「二人とも極端なんだよ」
「何がだ」
「アッシュは考えなさすぎ」
「セイルは考えすぎ」
二人とも反論できなかった。
「まあ」
レナは笑う。
「明日も頑張ろうよ」
気楽な口調だった。
不思議と嫌ではなかった。
宿へ戻る。
夜。
ベッドへ横になる。
眠れないほどではない。
だが少し考えていた。
開門。
心。
表層。
深層。
真我。
理解できた気はしない。
それでも。
ダグの言葉を思い出した。
見えねぇもんもある。
あの時は意味が分からなかった。
今も分からない。
ただ。
少しだけ。
繋がった気がした。
見なければならないものは。
外だけではないのかもしれない。




