第二十話 聖女なのか
王都は大きかった。
遠くから見えた城壁だけで、アッシュはしばらく黙った。
「でけぇ……」
それだけ言って、口を閉じる。
セイルも同じだった。
村の柵とは違う。
宿場町の石壁とも違う。
人を守る壁というより、国そのものの境目に見えた。
門を抜ける。
人。
馬車。
店。
声。
匂い。
全部が多い。
アッシュは右を見て、左を見て、また右を見た。
「すげぇな」
「すごいな」
セイルも素直に頷いた。
だが、見たいものは決まっていた。
ティア。
二人は教会へ向かった。
王都の教会は、村の教会とはまるで違った。
白い石。
高い柱。
大きな扉。
壁には細かな彫刻。
入り口の前には人が集まっている。
祈る者。
花を持つ者。
ただ見上げている者。
ここでは教会もまた、特別な場所らしかった。
「ティアに会いたいんだけど」
アッシュが受付の神官に言った。
神官は少し困った顔をした。
「聖女様への面会は、許可が必要です」
「幼馴染だぞ」
「申し訳ありません」
当然だった。
分かっていた。
だが、少しだけ遠く感じた。
「ただ」
神官が続ける。
「まもなく祈りの儀が始まります。離れた場所からであれば、ご覧になれます」
アッシュがセイルを見る。
セイルは頷いた。
「見よう」
礼拝堂へ案内される。
中は静かだった。
人は多い。
それなのに静かだった。
聖歌が流れている。
低く、ゆっくりと。
人々は前を向いている。
何かを待っている。
セイルも自然と口を閉じた。
---
やがて、奥の扉が開いた。
白い法衣。
細かな刺繍。
栗色の髪。
薄い化粧。
最初は後ろ姿だった。
歩き方で分かった。
ティアだ。
間違いなく。
だが、知っているティアとは少し違った。
祈りが終わる。
ティアがこちらへ向き直った。
その時、窓から差し込んだ光がティアを照らした。
セイルの心臓が跳ねた。
知らない笑顔だった。
慈愛に満ちた笑顔。
村で見たことがない。
アッシュに呆れて笑う顔でもない。
セイルに困ったように笑う顔でもない。
教会の人々へ向ける、静かで、柔らかな笑顔。
美しかった。
もっと見ていたいと思った。
もっと近くで。
できれば。
その頬に触れて。
そこでセイルは、忘れていた呼吸を思い出した。
何を考えているんだ。
自分でも分からなかった。
狐の魔物に化かされているのか。
違う。
海の魔物に惑わされているのか。
違う。
花の妖精に魅了されたのか。
違う。
月の女神に心を奪われたのか。
違う。
いや。
少し近い。
目の前にいるのは、ティアだ。
幼馴染のティアだ。
それなのに。
人々は彼女を見上げている。
祈っている。
崇めている。
セイルだけが知っているティアがいる。
泥で服を汚したティア。
転んで泣いたティア。
笑うと少しだけ目尻が下がるティア。
そのティアに、聖女という色が混ざっている。
混ざって。
変色して。
もう元には戻らない気がした。
少し誇らしかった。
少し寂しかった。
そして、どうしようもなく美しかった。
ああ。
そうか。
聖女なのか。
そう思った時だった。
ティアが顔を上げた。
目が合う。
また心臓が跳ねた。
見透かされた気がした。
優しいだけの瞳だった。
責めるようなものではない。
探るようなものでもない。
それなのに。
心の奥を見られた気がした。
セイルは思わず目を逸らした。
何をしているんだ。
数秒して、ゆっくり息を吸う。
深呼吸。
もう一度、顔を上げる。
ティアはまだそこにいた。
聖女として。
美しいものとして。
祈る人々の前に。
それでも。
なぜか、いつものティアの声を聞きたくなった。
第二章 完
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この章で共感出来たキャラクターやシーンはありましたか?
第三章もよろしくお願いします。




