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第十九話 割に合わない依頼


「ダグさん」


ダグが振り返る。


「一つ聞いていいですか」


「聞くだけならな」


いつもの調子だった。


兎角鹿を担いだアッシュが少し遅れて歩いている。


夕日は丘を赤く染めていた。


「岩甲亀の時です」


セイルは聞いた。


「何か見えたんですか?」


ダグは少し考えた。


「見えてねぇ」


「音は?」


「聞こえてねぇ」


「匂いは?」


「分からん」


セイルは黙る。


では何故分かったのか。


「嫌な感じがした」


ダグは頭を掻いた。


「それだけだ」


「それだけで逃げたんですか」


「そうだ」


即答だった。


アッシュが後ろから顔を出す。


「雑だな」


「雑で生き残ってんだから上等だろ」


ダグは笑う。


「何十年も冒険者やってるとな」


そして少しだけ空を見る。


「分かる時がある」


「分からない時も?」


セイルが聞く。


「ある」


「外れる時も?」


「ある」


「便利じゃないですね」


「便利なもんじゃねぇよ」


ダグは鼻で笑った。


「ただ、無視すると大抵ろくな事にならねぇ」


セイルは考える。


見えない。


聞こえない。


匂いもしない。


それでも分かる。


セイルには理解できなかった。


「スキルですか」


「知らん」


ダグは即答した。


「俺は剣振って飯食ってきただけだ」


「魔力とか」


「説明できねぇ」


また即答だった。


「俺にそういうのを聞くな」


「じゃあどうすれば」


「王都に行くんだろ」


ダグが言う。


「はい」


「ならバドウィン魔法屋に行け」


セイルは名前を覚える。


「魔法屋」


「変な店だ」


「変なんですか」


「店長が変だ」


ダグは少しだけ嫌そうな顔をした。


「だが腕はいい」


「知り合いですか?」


「昔からな」


それ以上は言わなかった。


セイルも聞かなかった。


聞いていい事と悪い事がある。


何となく、そう思った。


---


街へ戻る頃には日が落ちかけていた。


ギルドで依頼完了の確認を受ける。


兎角鹿の角。


肉。


状態に問題はないらしい。


報酬が支払われる。


そして。


半分はダグの手に渡った。


アッシュは最後まで渋い顔をした。


「やっぱ高ぇ」


「契約だからな」


ダグは当然のように言った。


「最後までそれかよ」


「最後までそれだ」


契約期間は今日で終わりだった。


受付嬢が契約書に完了印を押す。


「同行契約、終了です」


それを聞いて、少しだけ不思議な気分になった。


一週間。


長かったような。


短かったような。


ギルドの外へ出る。


夜風が冷たい。


「じゃあな」


ダグはあっさり言った。


本当にそれだけだった。


アッシュが少し慌てる。


「もう行くのかよ」


「契約は終わった」


「そうだけどさ」


「何だ。寂しいのか」


「違ぇよ!」


ダグは笑った。


「王都へ行くんだろ」


「ああ」


「死ぬなよ」


「死なねぇよ」


アッシュが即答する。


ダグは鼻で笑った。


「そういう奴から死ぬ」


「またそれかよ」


「何度でも言う」


ダグはセイルを見る。


「お前もだ」


「はい」


「見えた物だけ信じるな」


その言葉にセイルは少しだけ目を伏せた。


「はい」


「見えねぇもんもある」


ダグはそう言った。


「ただし、見えたもんを無視するな」


難しい。


だが。


多分、大事なことだった。


アッシュが拳を握る。


「今度会ったら模擬戦…」


「嫌だ」


「まだ言う前から断るなよ!」


「顔に書いてあった」


ダグは笑う。


「どうせ放っといてもお前は強くなる」


アッシュは一瞬だけ嬉しそうにした。


すぐに誤魔化す。


「当たり前だ」


「なら死ぬな」


ダグは言った。


「強くなる前に死んだら、何にもならねぇ」


アッシュは黙る。


そして小さく頷いた。


「分かった」


セイルは頭を下げる。


「ありがとうございました」


「仕事だ」


ダグは手を振る。


「金は貰った」


それだけ言って、背を向けた。


古い革鎧。


手入れされた剣。


使い込まれた靴。


少ない傷。


やはり不思議な人だった。


---


その夜。


宿へ戻る前に、セイルは一人で酒場へ向かった。


ダグは隅の席にいた。


酒を飲んでいる。


いつものように。


セイルは近付く。


「何だ」


ダグが顔を上げる。


セイルは銅貨を数枚、机の上に置いた。


「これ、お酒代です」


ダグは銅貨を見る。


「契約外だぞ」


「はい」


「ならいらねぇ」


「受け取ってください」


セイルはそう言った。


「お礼です」


ダグはしばらく黙っていた。


やがて銅貨を摘まむ。


「少ねぇな」


「それしか無いので」


「正直だな」


「はい」


ダグは笑った。


本当に少しだけ。


「行け」


「はい、ありがとうございました」


セイルは頭を下げ、酒場を出た。


扉が閉まる。


ダグは机の上の銅貨を見た。


それから酒を一口飲む。


窓の外を見る。


夜の宿場町。


若い旅人達は明日には王都へ向かう。


多分、死なない。


少なくとも。


すぐには。


ダグは小さく笑った。


「割に合わねぇ依頼を受けちまったもんだぜ」


そう言って、もう一口酒を飲んだ。

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