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第一話 聖女様とスキル試し


翌朝。


村は昨日の騒ぎが終わっていなかった。


「聖女様だってよ」


「まさかこの村からなぁ」


「王都も大騒ぎだろうな」


家の前を歩く村人達の声を聞きながら、セイルは小さくため息を吐いた。


昨日までティアだった。


今日は聖女様らしい。


「おはよう聖女様!」


元気な声が響いた。


振り返ると、燃えるような赤髪を揺らしながらアッシュが走ってくる。


案の定だった。


栗色の髪の少女ティアが、即座に顔をしかめる。


「やめてよ」


「聖女様」


「やめてってば」


「聖女様」


「アッシュ!」


アッシュは腹を抱えて笑った。


「だって面白いだろ!」


「全然面白くない!」


頬を膨らませるティア。


その様子を見ながら、セイルは首を傾げた。


目の下に薄い影。


肩も少し上がっている。


呼吸も浅い。


「寝てないだろ」


ティアが固まった。


「え?」


「目」


それだけ言う。


ティアは慌てて顔を隠した。


「見ないでよ」


「見てない」


「見てるじゃん」


アッシュが笑う。


「こいつ昔から人の顔ばっか見てるからな」


「見てない」


「見てる」


ティアが即答した。


黒髪をかき上げながら、セイルは少しだけ不満そうな顔をする。


顔を見ているわけではない。


見えるから見ているだけだ。


「それより」


アッシュが木剣を肩に担いだ。


「スキル試そうぜ!」


その一言で二人は広場へ連行された。


村外れの広場には、昨日神授を受けた子供達が集まっていた。


「俺、《方向感覚》!」


「どっちが家だ?」


「こっち!」


「当たってる!」


歓声が上がる。


別の少年。


「俺は《虫に刺されにくい》だ!」


草むらへ突撃。


数秒後。


「痛っ!」


「刺されてるじゃねぇか!」


広場が笑いに包まれた。


さらに別の子。


「《早寝早起き》!」


「今試せないだろ!」


「確かに!」


また笑い声。


「やっぱ俺のスキルは当たりだな」


アッシュが満足そうに頷く。


「まだ分からないだろ」


「分かるさ」


そう言って木剣を構えた。


ブン。


ブン。


ブン。


昨日まで何度も見た素振り。


だが。


ヒュンッ!


風を切る音が違った。


アッシュ自身も気付いたらしい。


「お?」


もう一度振る。


ヒュッ!


さらに振る。


ヒュン!


ヒュン!


ヒュン!


「すげぇ!」


顔が輝く。


「見たか!?」


セイルは黒い瞳を細めた。


踏み込み。


重心。


剣筋。


力任せだった素振りが様になっている。


昨日より明らかに。


一振りごとに洗練されていく。


その時、木剣の先が近くの木の枝をかすめた。


パキッ。


細い枝が落ちる。


三人とも固まった。


「え?」


アッシュが枝を見る。


「今切れた?」


「切れたな」


「木剣で?」


「木剣で」


数秒の沈黙。


そして。


「すげぇぇぇぇ!」


アッシュが飛び跳ねた。


「俺もう騎士だろ!」


「まだ村人だ」


「うるさい!」


ティアが思わず吹き出した。


その時だった。


「いたっ!」


近くで遊んでいた子供が転んだ。


膝を擦りむいている。


ティアは慌てて駆け寄った。


「大丈夫?」


しゃがみ込み、頭を撫でる。


それだけだった。


魔法を使おうとしたわけじゃない。


ただ心配しただけ。


だが。


「あれ?」


子供が膝を見る。


血が止まっていた。


ティアも固まる。


「え?」


アッシュも固まる。


セイルだけがティアの手を見ていた。


ほんの一瞬。


本当に一瞬だけ。


指先が優しく光った気がした。


気のせいかもしれない。


そう思う程度の小さな光だった。


「ティア」


アッシュが震える声を出す。


「今の……」


「知らない!」


ティアは即答した。


「私何もしてない!」


本当にそう思っているらしい。


セイルもそれ以上は何も言わなかった。


---


昼過ぎ。


村長の家の前に人が集まった。


王都へ向かった伝令の返事が届いたらしい。


村長が声を張り上げる。


「王都に無事伝わった!」


歓声。


ざわめき。


「教会と騎士団から使節団が派遣される!」


さらに歓声。


「数日後には到着予定だ!」


「騎士団!」


アッシュだけ喜ぶ場所がおかしい。


「本当に来るんだ……」


ティアは逆だった。


栗色の髪の先を弄りながら俯いている。


「私、本当に王都に行かなきゃダメなのかな……」


「行くだろ、聖女様なんだから」


アッシュが即答する。


「嫌だよぉ……」


ティアはますます沈んだ。


セイルはその様子を見る。


指先を強く握っている。


肩も少し上がっている。


やはり不安らしい。


村長は続けた。


「使節団は、護衛や荷馬車、従者も含めるとかなりの人数になる。皆のもの!出迎えの準備を頼む」


その言葉を聞いた瞬間、セイルは橋を思い出していた。


---


夕方。


三人は村の入口へ向かった。


そこには村自慢の石橋がある。


百年以上使われている大きな橋だ。


ちょうど荷馬車が通った。


ゴトッ。


橋がわずかに揺れる。


セイルは足を止めた。


橋の中央部。


石の継ぎ目。


落ちる砂が昨日より少し増えている気がした。


「またか?」


アッシュが笑う。


赤髪を揺らしながら近付いてくる。


「どうしたの?」


ティアも振り返る。


セイルは答えない。


橋を見る。


そして昼の話を思い出す。


騎士。神官。馬車。荷車。従者。


かなりの人数。


この橋を渡らなければ、川の上流まで大周りしなければならない。


黒い瞳が橋の中央を見つめて考える。


橋。


使節団。


橋。


使節団。


「大人数か……」


そこまで言って口を閉じた。


「何だよ?」


アッシュが聞く。


セイルは答えない。


まだ分からない。


ただ。


胸の奥に嫌な感覚だけが残っていた。


夕日に照らされた石橋を見ながら、セイルは小さく呟く。


「なんか変だな」


その言葉に。ティアだけが本気で嫌そうな顔をした。


「やめてよ……」


その反応の意味を、アッシュは知らない。


セイルも知らない。


だがティアだけは知っていた。


セイルがそう言う時。


昔からろくなことが起きないことを。



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