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第十五話 仲間


「動くな」


ダグの低い声。


アッシュが剣に手を掛ける。


セイルも周囲を見る。


何も見えない。


風はある。


鳥も鳴いている。


茂みも揺れていない。


異変は見えない。


音も聞こえない。


だが。


ダグだけが森を見ていた。


「何がいるんだ」


アッシュが小声で聞く。


「分からん」


「分からんのかよ」


「分からんが、いる」


ダグは短く答えた。


数秒。


何も起きない。


アッシュの指が剣の柄を握り直す。


セイルは木々を見る。


枝。


葉。


幹。


その中で、ひとつだけ違うものがあった。


灰色。


木の幹に張り付いている。


爪ネズミ。


「上」


セイルが言った。


次の瞬間。


灰色の影が落ちてきた。


アッシュが反応する。


だがわずかに遅い。


爪が顔に届く。


その直前。


ダグの手が伸びた。


短剣。


灰色の影が地面へ落ちる。


爪ネズミは一度跳ね、動かなくなった。


「今の」


アッシュが息を吐く。


「一人なら喰らってたな」


ダグが言う。


アッシュは悔しそうに顔をしかめた。


「今のは見えてた」


「見えてて遅れた」


「くそっ」


ダグは爪ネズミを足で転がす。


猫ほどの大きさ。


鋭い爪。


細い体。


単体なら大した魔物には見えない。


「弱そうだな」


アッシュが言った。


ダグが笑う。


「そう見えるだろ」


「違うのか」


「弱い」


即答だった。


アッシュが眉をひそめる。


「弱いのかよ」


「だが初心者を殺すのは大体こういう奴だ」


ダグは木の上を見る。


「爪ネズミは群れる」


セイルも上を見る。


枝の間。


葉の奥。


小さな影がいくつか見えた。


一匹。


二匹。


三匹。


まだいる。


「あいつらはまず親が先に飛ぶ」


ダグが言う。


「奇襲が成功すりゃ、子供も一斉に飛び込んでくる」


アッシュの顔色が変わった。


「何匹いる」


「浅い森なら少ねぇ」


ダグは淡々と答える。


「深い所なら数十匹だ」


セイルは背筋に冷たいものを感じた。


もし最初の一匹を受けていたら。


もしアッシュが怯んでいたら。


次が来る。


さらに次が来る。


倒せるかどうかではない。


止まったら終わる。


「ドラゴンに殺される初心者は少ねぇ」


ダグが言った。


「爪ネズミに殺される初心者は多い」


アッシュは何も言わなかった。


剣を握る手に少し力が入っている。


ダグはセイルを見る。


「お前、よく見つけたな」


「見えたので」


「便利な目だ」


そう言ってから、アッシュへ向き直る。


「セイルと戦えばお前が勝つだろう」


アッシュが少しだけ顔を上げる。


「だがセイルがいなきゃ、お前はもう死んでる」


アッシュは黙った。


悔しそうだった。


だが否定はしなかった。


「俺だって見えるようになる」


少しして、アッシュが言った。


ダグは笑った。


「ははっ」


そして首を振る。


「それはお前の仕事じゃねぇ」


「何でだよ」


「剣士の仕事はな」


ダグは地面の爪ネズミを指差した。


「多少の奇襲は叩き潰すことだ」


アッシュを見る。


「理不尽なくらい強くな」


アッシュは目を瞬かせた。


褒められているのか、怒られているのか。


分かっていない顔だった。


ダグは続ける。


「お前ら仲間なんだろ」


その言葉に、セイルは少しだけ反応した。


仲間。


言われてみればそうだった。


セイルが見つける。


アッシュが倒す。


それでいい。


いや。


それがいいのかもしれない。


「納得いかねぇ」


アッシュが呟く。


「だが分かった」


「分かるの早いな」


「強くなればいいんだろ」


「まあ、それでいい」


ダグは少し呆れたように笑った。


「単純な小僧だ」


「うるせぇ」


---


その後。


ダグはようやく森へ足を踏み入れた。


「ここから採取だ」


青葉茸。


薬草。


依頼書に書かれていた物を探す。


セイルには見えた。


倒木の影。


湿った土。


苔の近く。


青みがかった小さな茸。


「これですか」


セイルが聞く。


ダグが確認する。


「そうだ」


セイルは次を探す。


また見つける。


さらに見つける。


アッシュは顔をしかめた。


「またお前だけか」


「普通に見てるだけ」


「便利だな」


「そうか?」


「そうだよ」


ダグが少し笑う。


「お前ら、思ったより悪くねぇな」


「本当か?」


アッシュが反応する。


「調子に乗るな」


「乗ってねぇ」


「今乗りかけただろ」


アッシュは口を閉じた。


採取は思ったより順調だった。


セイルが探す。


アッシュが周囲を見る。


ダグが時々止める。


「そこは踏むな」


「その茸は違う」


「それは持つな。手が痺れる」


口は悪い。


だが全部正しい。


セイルは少しずつ分かってきた。


ダグは採取していない。


荷物も持たない。


だが。


口だけ出す。


本当に契約通りだった。


日が傾き始める頃。


袋の中には青葉茸と薬草が入っていた。


依頼としては十分らしい。


「帰るぞ」


ダグが言った。


アッシュが少し驚く。


「もうか?」


「十分だ」


「まだ採れそうだぞ」


「だから帰る」


ダグは即答した。


「欲張る奴から死ぬ」


またそれだった。


だが、もう笑えなかった。


セイルも袋を見る。


十分。


多分、それでいい。


---


その時。


ダグが足を止めた。


まただった。


セイルは周囲を見る。


何も見えない。


音も聞こえない。


風も変わらない。


だが。


ダグの顔が険しくなっている。


「走れ」


短い声だった。


アッシュが聞き返す。


「何が――」


「走れ!」


ダグが怒鳴った。


その声に、二人は反射的に走り出した。



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