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第十四話 森へ


街を出る。


昼前の街道は思ったより人が多かった。


商人。


旅人。


馬車。


それらとすれ違いながら三人は歩く。


先頭はダグ。


後ろにセイル。


さらに後ろにアッシュ。


「なあ」


アッシュが口を開いた。


「少し危険なら普通の依頼で良かっただろ」


「だからだ」


ダグは振り返りもしない。


「意味分からん」


「だろうな」


ダグは笑った。


アッシュは納得していない。


セイルも半分くらいしか分かっていなかった。


だがダグには理由があるのだろう。


少なくとも契約した以上は聞くつもりだった。


しばらく歩く。


やがてアッシュが小声で言った。


「なあ」


「何だ」


「なんであの爺さんなんだ?」


セイルは少し考えた。


言葉にするのは難しい。


「傷が少なかった」


「は?」


予想通りの反応だった。


「冒険者の割に」


セイルは前を歩くダグを見る。


古い革鎧。


使い込まれた剣。


何年も履いたような靴。


どれも古い。


だが手入れされている。


「武器も靴も手入れされてた」


「それだけか?」


「それだけじゃない」


セイルは続ける。


「長く生き残ってる」


アッシュは首を傾げた。


「強いって事か?」


「分からない」


それが正直な感想だった。


ガレスほど強いとも思えない。


あの時ほどの威圧感もない。


だが。


「死なない何かを持ってる気がする」


前を歩いていたダグが笑った。


聞こえていたらしい。


「そんな大層なもんじゃねぇ」


ダグは肩を竦める。


「死にたくねぇだけだ」


それだけ言うと再び前を向いた。


アッシュは小さく笑う。


「変な爺さんだな」


「そうだな」


セイルも同意した。


だが嫌いではなかった。


森が近付く。


街道の両脇に木々が増えていく。


空気も少し変わる。


その時だった。


「お前ら」


ダグが突然言った。


「今までどんな失敗してきた?」


アッシュが首を傾げる。


「失敗?」


「何でもいい」


ダグは歩きながら答える。


「生きてて後悔した事だ」


しばらく考える。


アッシュは思い付かなかったらしい。


「特にねぇな」


「幸せな奴だ」


ダグは笑った。


そしてセイルを見る。


「お前は?」


セイルは少し考えた。


「橋」


「橋?」


ダグが聞き返す。


セイルは村の橋の話をした。


異変に気付いた事。


崩落した事。


二人死んだ事。


全部話した。


ダグは黙って聞いていた。


茶化さない。


途中で口も挟まない。


最後まで聞く。


「それと」


セイルは続ける。


「詐欺」


「おう」


「宿代を騙し取られた」


ダグは鼻で笑った。


「そりゃ失敗したな」


アッシュが苦笑する。


「だろ?」


「まあな」


だが。


ダグはすぐに続けた。


「で?」


セイルは少し困った。


「で?」


「お前は何を後悔してる」


ダグは言う。


「橋が壊れた事か?」


違う。


「二人死んだ事か?」


それはそうだ。


だがそれだけではない。


「村長を説得できなかった事か?」


それもある。


セイルは答えられなかった。


ダグは笑う。


「ほらな」


「何がだ」


アッシュが聞く。


「目の前の事しか見えてねぇ」


ダグはそう言った。


セイルは黙る。


「橋を守るのが目的だったのか」


「人を助けるのが目的だったのか」


「村を守るのが目的だったのか」


ダグは続ける。


「お前はそこが決まってねぇ」


セイルは何も言えなかった。


「詐欺も同じだ」


ダグは肩を竦める。


「金を取られた」


「それで?」


「宿代は払えた」


確かにそうだった。


「王都にも行ける」


それもそうだ。


「じゃあ次はどうする?」


セイルは考える。


「騙されない」


「半分正解だ」


ダグは笑った。


「目的を忘れるな」


その言葉は妙に重かった。


「冒険者はな」


ダグが言う。


「魔物を見る」


「金を見る」


「依頼を見る」


少し間を置く。


「それで死ぬ」


アッシュが顔をしかめた。


「縁起悪ぃな」


「現実だ」


ダグは即答した。


「生き残る奴は違う」


そして前を向いたまま続ける。


「帰る所を見る」


「飯を見る」


「逃げ道を見る」


「仲間を見る」


「明日を見る」


静かな声だった。


「だから死なねぇ」


しばらく誰も喋らなかった。


森が近付く。


風が吹く。


木々が揺れる。


やがてダグが笑った。


「ククッ」


上機嫌だった。


「くぅ~、もう依頼分は教えちまったなぁ」


アッシュが即座に反応する。


「は?」


「森まだだぞ、金返せ!」


「嫌なこった」


ダグは笑う。


「今のが一番大事だ」


その言葉に反論できなかった。


少なくともセイルには。


---


やがて森へ到着する。


灰森。


依頼書に書かれていた森だった。


アッシュが一歩踏み出そうとする。


「待て」


ダグの声。


それまでとは少し違った。


酒臭い爺さんの声ではない。


冒険者の声だった。


アッシュが足を止める。


ダグは森を見ていた。


風。


地面。


木々。


鳥。


折れた枝。


視線が忙しく動く。


「何見てるんだ?」


アッシュが聞く。


「帰れるかどうかだ」


ダグは短く答えた。


そして地面を指差す。


「足跡」


セイルも見る。


鹿。


小動物。


そして。


何か別の物。


「魔物か?」


セイルが聞く。


「多分な」


ダグは頷いた。


その時だった。


セイルの視線が一本の木で止まる。


幹。


そこに深い傷があった。


爪痕。


しかも新しい。


「ダグさん」


「おう」


「これ」


ダグが近付く。


一目見る。


「爪ネズミだな」


即答だった。


「よく見てるな」


初めて褒められた。


少しだけ嬉しかった。


だが。


次の瞬間。


ダグの表情が変わる。


笑顔が消える。


「動くな」


低い声だった。


アッシュが剣に手を掛ける。


セイルはダグの視線を追う。


異変は見えない。


音も聞こえない。


だがダグは森を見続けていた。



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