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第十三話 契約


翌朝。


宿の食堂で朝食を取る。


黒パン。


スープ。


昨日より少しだけ気分は良かった。


詐欺の事を忘れたわけではない。


だがいつまでも引きずる訳にもいかない。


「今日はどうする?」


アッシュがパンを齧りながら聞いた。


「金を稼ぐ」


「だよな」


二人の所持金は心許ない。


王都まではまだ遠い。


昨日の失敗を取り返す必要があった。


「金なら冒険者だな」


不意に声がした。


宿の主人だった。


髭面の男は食器を拭きながら続ける。


「この街にもギルドがある」


「ギルド?」


「冒険者ギルドだ」


アッシュの目が輝いた。


「冒険者か!」


「お前、知ってるのか」


「話には聞いた事ある」


それだけ言うと、アッシュは立ち上がった。


「行こうぜ!」


「早いな」


「こういうのは勢いだ」


勢いで詐欺にも引っ掛かった。


その言葉は飲み込んだ。


---


冒険者ギルドはすぐに見つかった。


大きな建物だった。


出入りする人間は様々だ。


剣士。


槍使い。


弓使い。


魔法使いらしき者もいる。


アッシュは完全に興奮していた。


「すげぇな」


「そうだな」


セイルは別の物を見ていた。


武器。


鎧。


靴。


手。


傷。


冒険者達は皆どこか傷んでいる。


武器には刃こぼれ。


鎧には補修跡。


手には傷。


それが普通なのだろう。


受付へ向かう。


登録は簡単だった。


名前。


年齢。


出身。


スキル。


「《上級剣士》です」


受付嬢が少し驚く。


「珍しいですね」


アッシュは少し得意そうだった。


そして。


「《よく見える》です」


受付嬢は少し考えた。


「えっと……視力強化系でしょうか」


「多分」


「便利そうですね」


便利そう。


最近はその評価が増えてきた。


悪くない。


登録が終わる。


冒険者証を受け取った。


木札だった。


Fランク。


一番下。


アッシュは早速掲示板へ向かう。


「依頼だ!」


壁一面に紙が貼られていた。


荷運び。


薬草採取。


キノコ採取。


掃除。


畑仕事。


アッシュの顔が曇る。


「地味だな」


「地味だな」


セイルも同意だった。


もっとこう。


魔物討伐とか。


秘境探索とか。


そういうものを想像していた。


その時だった。


後ろから笑い声が聞こえた。


「ククッ」


振り返る。


老人だった。


白髪。


日に焼けた肌。


無精髭。


古い革鎧。


酒の匂い。


見た目だけなら、ただの酔っ払いにも見える。


だが。


セイルは違和感を覚えた。


剣。


革鎧。


靴。


どれも古い。


だが手入れされている。


そして。


傷が少ない。


年齢を考えると不自然なくらい少なかった。


老人は酒を一口飲む。


「小せぇ依頼を馬鹿にする奴はよ」


そして笑った。


「すぐ死んでいくもんだぜ、小僧共」


アッシュが眉をひそめる。


「何だよ急に」


老人は肩を竦める。


「事実だ」


「どういう意味ですか?」


セイルが聞いた。


老人が目を細める。


「さあな」


酒を飲む。


「タダで教える気はねぇよ」


「いくらですか?」


アッシュが振り返った。


「おい」


老人も少し驚いた顔をした。


「そうだな」


少し考える。


そして。


「依頼報酬の半分」


「高ぇよ!」


アッシュが即座に叫んだ。


老人は笑う。


「嫌ならいい」


「何を教えてくれるんですか?」


セイルは続ける。


老人は目を細める。


「…生き残り方だ」


「具体的には?」


「依頼に行けば分かる」


「期間は?」


「一週間」


「報酬以外に必要な物は?」


アッシュが頭を抱えた。


「面倒臭ぇなお前」


「確認してる」


「面接じゃねぇんだぞ」


老人は楽しそうに笑った。


「いいじゃねぇか」


そして酒を飲み干す。


「疑うなら最後まで疑え」


老人は立ち上がった。


「中途半端が一番いけねぇ」


少しだけ真面目な声だった。


「契約までやるぞ」


セイルは頷く。


「分かりました」


「お、おい」


アッシュが止める。


だがもう遅かった。


「名前は?」


セイルが聞く。


老人は少しだけ笑う。


「ダグだ」


そして続けた。


「ダグ・バドウィン」


「セイルです」


「アッシュだ」


ダグは頷いた。


「ダグでいい」


ダグはそう言って顎で受付を示した。


「行くぞ」


三人は受付へ向かった。


受付嬢はダグを見ると慣れた様子で紙を取り出す。


「同行契約ですね」


「おう」


「期間は一週間。報酬は折半でよろしいですか?」


「構わねぇ」


ダグが答える。


受付嬢は紙にさらさらと書き込んだ。


「こちらになります」


セイルは受け取った紙を見る。


隣でアッシュが露骨に嫌そうな顔をした。


「読むのか?」


「読む」


「長いぞ」


「契約だからな」


当然だった。


昨日もそう思っていれば良かったのかもしれない。


セイルは目を通す。


期間は一週間。


依頼報酬は折半。


食費や消耗品は各自負担。


依頼中の負傷、後遺症、死亡について、ギルド及び契約相手は責任を負わない。


一方的な契約破棄には違約金。


内容は単純だった。


だが一つだけ目が止まる。


『依頼中の死亡について責任を負わない』


セイルは数秒その文字を見つめた。


「どうした?」


アッシュが聞く。


「死ぬんだな」


思わず口に出た。


ダグは鼻で笑う。


「死ぬぞ」


当たり前のように言った。


「冒険者だからな」


アッシュも契約書を覗き込む。


「縁起でもねぇな」


「縁起じゃねぇ」


ダグは肩を竦める。


「現実だ」


その言葉は妙に重かった。


セイルはもう一度契約書を見る。


生き残り方。


ダグは確かにそう言った。


少なくとも、本人は冗談のつもりではないらしい。


「他に質問は?」


受付嬢が聞く。


セイルは契約書を見ながら考える。


「依頼の途中で契約を解除する場合は?」


受付嬢が少し驚いた顔をした。


「双方の合意が必要です」


「なるほど」


「まだあるのか?」


アッシュが呆れる。


「確認してる」


「面接じゃねぇんだぞ」


ダグが笑った。


「いいじゃねぇか」


そして少しだけ真面目な顔になる。


「疑うなら最後まで疑え」


セイルを見る。


「中途半端が一番いけねぇ」


詐欺女の顔が頭を過った。


「契約ってのはな」


ダグは紙を指で叩く。


「信用する為にやるんだ」


その言葉にセイルは少しだけ目を瞬かせた。


疑う為ではなく。


信用する為。


それは少し意外だった。


受付嬢から羽ペンを受け取る。


セイル。


アッシュ。


ダグ。


順番に名前を書く。


契約成立だった。


「よし」


ダグが立ち上がる。


「仕事を選ぶぞ」


三人は依頼掲示板へ向かった。


無数の紙が貼られている。


荷運び。


清掃。


薬草採取。


キノコ採取。


畑仕事。


アッシュが顔をしかめる。


「やっぱ地味だな」


「地味だな」


セイルも同意した。


そしてダグを見る。


「半分はダグさんの報酬ですよね」


「ああ」


「なら一番効率の良い依頼を教えてください」


ダグの口元が少しだけ上がった。


「ほう」


周囲の依頼書を眺める。


そして一枚を指差した。


「これだ」


セイルとアッシュが依頼書を見る。


『灰森外縁部における青葉茸及び薬草の採取』


『低確率で魔物出現』


『推奨Eランク以上』


『Fランクは自己責任』


アッシュが眉をひそめた。


「少し危険って書いてあるぞ」


「だから報酬がいい」


ダグは笑った。


「冒険者ってのはそういう仕事だ」


セイルは依頼書を見る。


そして頷いた。


「受けます」


三人は受付へ向かった。



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