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第十二話 失敗の値段


「クソッ!」


 アッシュの怒鳴り声が宿場町に響いた。


 人混みの中を走る。


 広場。


 市場。


 路地。


 見える範囲は探した。


 だが見つからない。


「どこ行ったんだよ!」


 当然だった。


 最初から逃げるつもりだったのだから。


 セイルは立ち止まる。


 息は上がっていない。


 代わりに頭が回っていた。


「セイル!」


 アッシュが振り返る。


「そっちは?」


「いない」


「こっちもだ!」


 アッシュが舌打ちした。


「絶対あの辺にいるだろ!」


「もういない」


「何で分かる」


「最初からそのつもりだった」


 アッシュは悔しそうに拳を握った。


 だが反論はしなかった。


 セイルも同じ事を考えていたからだ。


 探して見つかるなら、とっくに見つかっている。


「どうする」


 アッシュが聞く。


 セイルは背中の袋を見る。


 薬草だった。


 商人の言葉を思い出す。


 王都にも買う者はおりますな。


「売るか」


 静かに言った。


 背に腹は代えられなかった。


---


 薬屋はすぐに見つかった。


 木製の看板。


 乾燥した薬草の匂い。


 店内には瓶や木箱が並んでいる。


 店主は四十代後半ほどだった。


 痩せ型。


 短く整えられた灰色の髪。


 丸眼鏡。


 愛想は無い。


 職人という言葉が似合う男だった。


「何だ」


 店主が言う。


「薬草を売りたい」


 セイルが袋を差し出す。


 店主は中を見る。


 一本取り出す。


 葉を見る。


 茎を見る。


 匂いを嗅ぐ。


 無言。


 さらに数本確認する。


「採ったのはお前か」


「そうだ」


「初心者か」


「多分」


 店主が顔を上げた。


「多分?」


「初めて売る」


「なるほど」


 店主は再び薬草を見る。


 そして少しだけ眉を上げた。


「初心者にしては悪くないな」


 アッシュが反応した。


「本当か?」


「傷が少ない」


 店主は一本持ち上げる。


「雑に抜くと根が切れる」


「知らなかった」


「だろうな」


 店主は淡々と言った。


「だがこれは悪くない」


 セイルは少し驚いた。


 村では普通だった。


 皆そうしていた。


 だから褒められるような事だとは思っていなかった。


 店主は計算を始める。


 しばらくして金額を告げた。


 アッシュの目が丸くなる。


「そんなになるのか」


「多い方なのか?」


 セイルが聞く。


「宿場町ならこんなもんだ」


 店主は答える。


「王都ならもっと高い」


 二人は顔を見合わせた。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 悔しかった。


 騙されていなければ。


 王都まで持って行けたかもしれない。


 店主はそんな二人を見た。


「何かあったか」


「変な女に騙された」


 アッシュが即答した。


「なるほど」


 店主は納得したように頷く。


「旅人はよく騙される」


「よくあるのか?」


「よくある」


 即答だった。


「特に若い奴はな」


 耳が痛かった。


 薬草を売り終えた二人は宿へ戻った。


 今度はちゃんと金を払う。


 髭面の店主は金を数える。


「確かに」


 それだけ言った。


 さっきより少しだけ態度が柔らかい気がした。


 気のせいかもしれない。


---


 宿の部屋に入る。


 木の床。


 木の壁。


 小さな窓。


 狭い。


 だが野宿より遥かに良かった。


「屋根がある」


 アッシュが呟く。


「あるな」


「ベッドもある」


「あるな」


「最高だな」


「最高だな」


 そこは同意だった。


 夕食を終える。


 部屋へ戻る。


 アッシュはまだ不機嫌だった。


「あの女」


 ベッドへ寝転ぶ。


「次会ったら絶対許さないからな」


「そうか」


「金返してもらう」


「そうか」


「何でそんな冷静なんだよ」


 アッシュが起き上がる。


 セイルは少し考えた。


「冷静じゃない」


「そうか?」


「失敗したと思ってる」


 本当にそうだった。


 怒りもある。


 悔しさもある。


 だが。


 それ以上に考えていた。


 あの女性の靴。


 少し古かった。


 道を間違えた。


 宿の説明も曖昧だった。


 全部見えていた。


 だが。


 悪意までは見えなかった。


 だから疑わなかった。


 セイルは小さく息を吐く。


「俺のせいでもある」


「いや」


 アッシュが首を振った。


「俺も信じた」


「そうだな」


「次は騙されるなよ」


「お前もな」


「俺はいい」


「良くない」


 少しだけ笑った。


 アッシュも笑った。


 窓の外を見る。


 宿場町の灯りが見える。


 旅人達の声も聞こえる。


 王都はまだ遠い。


 だが。


 今日一つ学んだ。


 見えるだけでは足りない。


 セイルは窓の外を見ながら呟く。


「次は失敗しない」


 誰に聞かせるでもなく。


 静かな声だった。



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