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第十一話 宿場町


 昼前。


 セイルとアッシュは街道を歩いていた。


 背中の薬草袋は限界まで膨らんでいる。


 これ以上は入らない。


「もう採らなくていいんだよな?」


 アッシュが確認する。


「ああ」


「やっとか」


 心底ほっとした顔だった。


 セイルは少しだけ呆れる。


「文句を言いながら採っていたのは誰だ」


「俺だな」


 アッシュは笑った。


「でももう終わりだ」


 前方を指差す。


 石壁。


 木造の建物。


 人の往来。


 宿場町だった。


 フォルン村より遥かに大きい。


 王都には及ばない。


 だが二人にとっては十分大きな街だった。


「おお……」


 アッシュが感嘆の声を漏らす。


「人がいる」


「街だからな」


「馬車もいる」


「街だからな」


「店もある」


「街だからな」


「すげぇな」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 セイルも同じ気持ちだった。


 街の中へ入る。


 旅人。


 商人。


 荷運び。


 村では見ない服装。


 知らない匂い。


 知らない声。


 アッシュは完全に落ち着きを失っていた。


「あっち何だ?」


「知らない」


「こっちは?」


「知らない」


「宿は?」


「探す」


 二人は辺りを見回す。


 だが分からない。


 宿らしい看板はある。


 ただ、どこが良いのかが分からない。


「どうする?」


「安そうな所を探す」


「分かるのか?」


「分からない」


 その時だった。


「旅人さん?」


 声を掛けられた。


 二人が振り返る。


 茶色の髪を肩の辺りで切り揃えた若い女性だった。


 二十歳前後だろうか。


 人懐っこそうな笑顔。


 服も普通。


 特別綺麗ではないが不潔でもない。


 ただ。


 靴だけが少し古かった。


「宿探してる?」


 女性が言った。


「そう!」


 アッシュが即答する。


 女性は笑った。


「やっぱり」


「分かるのか?」


「分かるよ。初めて来た人ってみんな同じ顔してるから」


 そう言って肩を竦める。


 悪い人には見えなかった。


「安い宿知ってるよ」


「本当か?」


「本当」


 女性は頷く。


「案内しようか?」


 アッシュがセイルを見る。


 セイルも女性を見る。


 笑顔。


 服装。


 荷物。


 特に問題は無い。


「頼む」


 セイルが答えた。


「任せて」


 女性は歩き出した。


 街を進む。


 途中。


 女性が足を止めた。


「あれ?」


 小さく首を傾げる。


「どうした?」


「いや、こっちだっけ」


 少し考える。


 そして反対方向を指差した。


「ごめん。こっちだった」


 アッシュは気にしていない。


 セイルは少しだけ気になった。


 だが。


 自分もこの街は初めてだ。


 正しいのか間違っているのか分からない。


 歩きながら雑談をする。


「どこから来たの?」


「フォルン村」


「へぇ、遠いね」


「そうなのか?」


「そうだよ」


 女性は笑った。


 話しやすい。


 距離感も近い。


 気付けばアッシュはすっかり打ち解けていた。


「もうすぐ着くよ」


 女性が言った。


 そして一軒の建物を指差す。


「ここ」


「おお」


 確かに宿に見える。


「混むこともあるから先にお金預かっとくね」


「何で?」


 アッシュが聞く。


「私が部屋押さえとくから」


 女性は当然のように言った。


「主人がいない事もあるし」


 セイルは少し考えた。


 違和感。


 何か引っ掛かる。


 だが。


 何が引っ掛かるのか分からない。


「いくらだ?」


 結局。


 二人は金を払った。


 女性は笑顔で受け取る。


「ありがと」


「後で行けばいいのか?」


「うん」


 そう言って手を振った。


「また後でね」


 そして人混みへ消える。


 セイルとアッシュは荷物を下ろした。


 少し休憩。


 それから宿へ向かう。


 扉を開く。


 中には髭面の男がいた。


 店主だろう。


「部屋を頼みたい」


 アッシュが言う。


「二人だ」


 店主は顔を上げた。


「金は払ってある」


 セイルが付け加える。


「は?」


 店主が眉をひそめる。


「さっき女の人に渡した」


「何の話だ」


 空気が変わった。


 セイルは黙る。


 アッシュも黙る。


「そんな金は受け取ってねぇ」


 店主が言った。


 数秒。


 沈黙。


「え?」


 アッシュの声だった。


「いや、さっき――」


「知らねぇ」


 店主は即答した。


「女?」


「茶髪で」


「知らねぇ」


「笑顔で」


「知らねぇ」


「案内してくれて」


「知らねぇ」


 セイルとアッシュは顔を見合わせた。


 そして。


 同時に外へ飛び出した。


 探す。


 人混み。


 路地。


 広場。


 どこにもいない。


「クソッ!」


 アッシュが叫ぶ。


「どこ行った!」


 当然だった。


 見つからない。


 最初からそのつもりだったのだから。


 セイルは立ち止まる。


 そして思い出す。


 商人の顔。


 あの人の良さそうな笑顔。


『若い旅人は皆そうです』


『騙されないようにですぞ』


 風が吹く。


 人々が行き交う。


 セイルはふと。


 あの女性の靴を思い出した。


 少しだけ古かった。


 道も間違えた。


 宿の話も曖昧だった。


 見えていた。


 全部見えていた。


 だが。


 悪意までは見えなかった。


 だから疑わなかった。


「セイル」


 アッシュが振り返る。


「どうする」


 セイルは黙って薬草袋を見た。


 王都で売れば高い。


 そう聞いた。


 だが。


 今は王都ではない。


 しかし背に腹は代えられない。


「売るか」


 静かに言った。



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