第九話 旅路
旅は思ったより暇だった。
朝起きる。
歩く。
休む。
歩く。
また歩く。
そして歩く。
「遠いな」
隣を歩くアッシュがぼやく。
「遠いな」
セイルも同意した。
「お前まで言うなよ」
「まだ二日目だぞ」
「嘘だろ」
「本当だ」
アッシュは空を見上げた。
「王都ってもっと近いと思ってた」
「俺もだ」
もっとこう、勢いで辿り着くものだと思っていた。
だが現実は違う。
街道はどこまでも続き、その先も見えない。
村を出た時の高揚感はまだ残っているが、足は正直だった。
---
夕方になる頃には二人とも無言になる。
「そろそろ休むか」
アッシュが言った。
セイルは周囲を見回す。
街道の脇。
少し離れた場所に木々がある。
近くには細い川。
地面も比較的平らだった。
「あそこにしよう」
「何で分かるんだ?」
「水がある」
「うん」
「風が通る」
「うん」
「見通しも悪くない」
「うん」
「だから」
「なるほど分からん」
セイルは肩を竦めた。
説明はした。
理解するかどうかは別問題だった。
二人が荷物を下ろそうとした時だった。
「おやおや」
聞き慣れない声がした。
振り返る。
そこには小さな荷馬車が停まっていた。
一頭立ての馬。
積み荷。
そして恰幅の良い年配の男。
商人らしい。
「若い旅人さんですな」
男は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「王都までですかな?」
「そうだ」
アッシュが答える。
「それはそれは。大変ですぞぉ」
どこか間延びした口調だった。
男は馬車の横に腰掛ける。
「お二人だけで?」
「ああ」
「若いですなぁ」
感心したように頷く。
するとアッシュが鍋を指差した。
「それ、くれるのか?」
商人は一瞬きょとんとした。
「売りますぞ」
「金取るのか」
「商人ですので」
真顔だった。
セイルは思わず吹き出しそうになる。
アッシュは本気で残念そうだった。
結局、少量の干し肉と硬いパンを買うことになった。
値段を聞いたアッシュが顔をしかめる。
「高ぇな」
「旅先ですので」
商人は肩を竦める。
「王都はもっと高いですぞ」
「嘘だろ」
「本当ですぞ」
商人は楽しそうだった。
「旅は歩くだけで金が減りますからな」
その言葉にセイルは少し考える。
村にいた頃は考えもしなかった。
歩くだけで金が減る。
確かにその通りだった。
食料。
宿。
装備。
全部金がいる。
「お二人とも旅は初めてですかな?」
商人が言った。
「分かるのか?」
アッシュが聞く。
「分かりますとも」
商人は笑った。
「靴」
「靴?」
「荷物」
「荷物?」
「歩き方」
「歩き方?」
「野営の準備」
商人は一つ一つ指を折る。
「全部ですな」
アッシュは自分の靴を見た。
セイルもつられて見る。
「若い旅人は皆そうです」
「へぇ」
セイルは少し感心した。
観察する人間は自分だけではないらしい。
「どこの村から来たんですかな?」
「フォルン村」
そう答えた瞬間だった。
「ああ」
商人が頷く。
「薬草の村ですな」
セイルは目を瞬かせた。
「有名なのか?」
「そこそこですぞ」
商人は笑う。
「王都にも買う者はおりますな」
初耳だった。
村では当たり前に生えていた。
だから価値など考えたこともない。
「薬草って売れるのか」
「売れますとも」
商人は当然だと言わんばかりに答えた。
「採取できるなら宿代くらいにはなりますぞ」
セイルは少しだけ記憶に留めた。
使うかどうかは分からない。
だが覚えておいて損はない。
「あんたは狩りとかするのか?」
アッシュが聞いた。
「狩りですかな」
「俺はでかい鹿を狩ったことあるぞ」
すると商人が少し首を傾げる。
「魔物は少ないのですかな?」
「村の近くじゃあまり見ないな」
「なるほど」
地域差というやつらしい。
話してみると商人は面白い男だった。
よく喋る。
よく笑う。
そして商売人らしく、しっかり金も取る。
気付けば日は落ちていた。
---
翌朝。
商人は先に出発するらしかった。
「それでは」
馬車に乗り込みながら商人が笑う。
「良い旅を」
「ああ」
「騙されないようにですぞ」
その言葉にアッシュが笑った。
「騙されるわけないだろ」
「そうですかなぁ」
商人は意味ありげに笑う。
そして馬車はゆっくりと街道の先へ消えていった。
「いい人だったな」
アッシュが言う。
「そうだな」
セイルも頷いた。
二人は再び歩き始める。
しばらく進んだ時だった。
セイルが足を止める。
「どうした?」
「いや」
道端にしゃがみ込む。
草の中。
見覚えのある葉。
見覚えのある茎。
薬草だった。
「薬草か」
「ああ」
少し先にもある。
さらにその先にも。
村では珍しくもなかった。
だが今は少しだけ見方が違う。
商人の言葉を思い出す。
王都にも買う者はおりますな。
セイルは一本摘み取った。
「またか」
アッシュが言う。
「そんなにあるのか?」
「ある」
「価値あるのか?」
「分からない」
「分からないのかよ」
「でも売れるらしい」
アッシュは少し考えた。
そして肩を竦める。
「じゃあ拾うか」
そう言って自分もしゃがみ込んだ。
王都は遠い。
だからこそ。
金は必要だった。




