「運命と出会い、考えるということ」
前書き、、どしよ、決めてない、、
僕の人生は、どこか運命に導かれているように感じる瞬間があった。
小学校の頃、僕は柔道を習っていた。
もちろん、柔道自体が好きだったというよりは、友達と話すための手段だった。
僕は人と話すのが苦手で、相手の言いたいことを読み取れないことも多かったけれど、柔道の稽古では、相手の動きや空気を察して動くことが求められた。
僕はその中で、相手の意図を感じ取り、先回りして話すことを少しずつ学んでいった。そこから、友達との距離の取り方、人と関わる方法を覚えたように思う。
同時期に、マーチング部にも所属していた。
マーチングでもやはり、人との呼吸やタイミングを合わせることが必要だった。
だが、ここで僕が学んだのはリズムや形ではなく、他者との関係性をつくる感覚だった。
相手の動きを見て、次に何をしたいのかを感じ取る。察する力を少しずつ身につけていったのだ。
中学校に進むと、柔道か吹奏楽かを選ぶことになった。僕は卓球に挑戦したかったが、許されず、仕方なく柔道を選んだ。
中学三年の秋頃にもう一度音楽に挑戦したいと
母に伝えると篠笛かギターのどちらかにしなさいと言われた。
ギターは無理だと思い、篠笛を選んだ。すると、お母さんの従兄弟が、たまたまプロの和太鼓ユースチームが新規メンバーを募っているという話を持ってきてくれた。
それで僕は、和太鼓に挑戦することになったのだ。
和太鼓の練習は厳しかった。
毎日同じリズムを打つだけなのに、それがとても楽しかった。何も考えず、ただ全力で打つ。
単純な反復の中に、確かな喜びがあった。
僕はその瞬間、音楽の楽しさ、体を動かす楽しさ、人とつながる感覚を心から味わったのだった。
しかし、しかし、高校二年生のとき、僕はバイク事故に遭った。
それは、本当に些細な出来事だった。
交差点を、僕は直進していた。
対向車線から、右折しようとする車が見えた。
まだ距離はあった。
止まるだろう、そう思った。
けれど、その車は、目の前で止まった。
避けきれなかった。
ブレーキをかける時間も、判断する余裕もなかった。
次の瞬間、世界が一度、壊れた。
あとから聞いた話では、その車には、五歳の子どもが乗っていたらしい。
その事実を知ったとき、僕の中で、別の何かが壊れた。
――怖がらせてしまったかもしれない。
――一生消えない恐怖を、与えてしまったかもしれない。
実際にどうだったのかは、分からない。
けれど、僕の中では、もう十分だった。
その「かもしれない」だけで、僕は自分を責め続けた。
左手を骨折し、和太鼓の公演には出られなくなった。
楽しみにしていた舞台も、積み重ねてきた時間も、そこで一度、途切れた。
学校生活も、音を立てて変わっていった。
家にいる時間が増えた。
考える時間だけが、異様に増えた。
あの瞬間、もし違う判断をしていたら。
もし、あの車が止まっていなかったら。
もし、僕が少しだけ早く、あるいは遅く交差点に入っていたら。
そんなことを、何度も何度も考えた。
でも、どこまで考えても、答えは出なかった。
そこで僕は、初めてはっきりと感じた。
人生は、こちらの都合なんて関係なく進んでいくのだと。
自分の選択や意思とは無関係に、
ほんのわずかなタイミングのズレで、
未来は簡単に別の形になってしまう。
この世界は、こんなにも不条理で、予測できない。
そこから、僕は哲学的な問いに向かって考え始めた。
運命とは何か。
偶然とは何か。
ラプラスの悪魔という考え方を知った。
もし、世界のすべてが完全に予測できるのなら、
僕たちの選択や行動は、本当に自由だと言えるのだろうか。
事故は偶然だったのか。
それとも、起こるべくして起きた必然だったのか。
シミュレーション仮説や、さまざまな思考実験に触れる中で、
僕は少しずつ、自分なりの考えの「形」を作り始めていった。
答えは、やっぱり出なかった。
けれど、分からないまま考え続ける、という姿勢だけは、
このとき、はっきりと僕の中に残った。
次は、1週間後にだそうかな、、面白いと思って貰えたなら、コメントして貰えたら嬉しいです、なぜ僕が自分自身の事を神様と言うのか、想像しながら読んで貰えたら嬉しいです




