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第二話 あなたの味方①


 魔女会議の翌日、ニーロの家では朝から少女たちの声高なやり取りが響いていた。


「もう本当にいいから! ね、ファーラちゃんもうやめよう?」


 狭い家の中を必死に逃げ回っているのはブリジット。


「いーえ駄目です! そんな野暮ったい服装断じて認めないですよ!」


 その彼女を追い回しているのは、両腕に服をいっぱい抱えているファーラ。小さな腕からこぼれた服が、あちこちに散らばっている。


 机について紅茶を飲んでいるニーロが、見咎めては指先を動かしそれを浮き上がらせ拾っていた。彼の静かな気遣いは、駆け回る彼女たちには今のところ気付かれていない。


「捕まえた!」


「きゃっ!?」


 煩わしくなったのか、両腕の荷物をついに放り出したファーラはブリジットの背中に飛びついた。思い切り床に飛び込むところだったが、その直前にニーロが魔法でふたりの体を数センチほど浮かす。そうしてくれるだろうと思っての行動なので、娘はそのままブリジットを追い詰めるのを継続した。


「もーっ、何で昨日まで普通にスカート履いてたのにいきなりそんな農作業中の農夫みたいな格好してるんですか!」


 首に腕を回し顔の横から文句を言ってくるファーラから、ブリジットは視線を逸らす。


「いや、あの、えっと、だって……」


「だって?」


 じと目で見られ、ブリジットはようやく観念してファーラに視線を向けた。


「――だって、私が女の子っぽい服着てると、またあのお師匠様に否定的な人たちに、お師匠様を責める理由にされそうで」


 ブリジットは知っている。「嫌い」という結論を出している相手の行動は何であっても気に食わないし、何であっても悪いことに結び付けてしまう。


 かつて魔女狩りを経験しているだけあって、あの魔女たちは「男」であるニーロを毛嫌いしているように見えた。ならば、ブリジットが「女」であることは彼女たちにまたニーロを責める理由を与えてしまうのではないだろうか。たとえば、「若い娘を自分の見たい格好で飾っている」など。


 これはただの被害妄想に近い予測に過ぎない。言ってしまえば、かの魔女たちがやるかもしれない、と思っていることをブリジット本人が正にやっているのだ。けれど、ブリジットにはその思い込みを師に向けられることがどうしても耐えられない。


「私は、神様にも、家族にも、大切だと思ってた人たちにも、見捨てられた。そんな私を助けてくれたお師匠様が、これ以上言いがかりで責められるのなんて嫌なの」


 拳が震えるほど強く握り締められた両手に込められたのは、決意か怒りか。


 真横でその決意に満ちた視線を受け止めたファーラは、すっと上半身を持ち上げる。ブリジットの腰の辺りに腰掛けている形なのでまだブリジットは動けない。仕方なく首だけ巡らせると、嬉しそうな笑みが目に入った。


「ブリジットさんはほんとーーーーにいいお弟子さんです。僕はそんなあなたを支える役目であれることを、誇りに思うですよ」


 ファーラは父が大切で、大好きだ。


 口数は少なく、表情も少なめだから、周りからは無愛想で怖い人だと思われている。そのせいで、良いことをしているはずなのに嫌われたり陰口を叩かれたりする。


 本人がそれを気にしていないのが、また非常に歯がゆい。こんなに優しくて温かい人なのに、と。どうしてちゃんと説明しないのか、と。


 だから、それを分かってくれるブリジットの存在が、ファーラは本当に嬉しくて仕方ないのだ。大好きな父を叱り付けることを厭わないほどには、大切に思っている。だが。


「でもそれとこれとは別問題です」


「この流れで!?」


 嘘でしょ、と言外に込めて叫ぶブリジットが暴れられないように、ファーラはその背中を片手に体重をかけて押さえつけた。もう片手は袈裟がけにかけているポシェットの中を探っている。


「ブリジットさんのご意見はもっともです。でも、経験者が語りますが、あの人たちは僕たちがどんな格好しようと責める言葉を変えてくるだけです。可愛くすれば『変な目で見てるんじゃないか』、野暮ったくすれば『女の子におしゃれもさせないなんて』。お父さんを責められれば何でもいいんですよ。なので、もうあの人たちのことを気にするのはやめました。なのでブリジットさんも気にしないでください」


 言うが早いか、ファーラはポシェットから取り出した腕輪をブリジットにはめた。


「えっ、何これ? ……え、この感覚、魔道具?」


 装着させた直後にファーラがさっと立ち上がったので、ブリジットは腕輪を逆の手で掴みながらその場に座る。


「おお、ブリジットさん本当に優秀ですね! はい、傀儡の腕輪です」


 何て物騒な名前の魔道具を着けるのか、ブリジットが絶句してファーラを見上げると、ファーラは「大丈夫ですよ~」と手首を動かし手をぱたぱたと振る。


「それ元々めちゃくちゃ効果低いんで、簡単な命令しか通じないし、魔力のない僕じゃ五分くらいで解けちゃうんで。なので――『立ち上がってください』」


 「命令」と判断された言葉に反応してブリジットの体は勝手に動き出した。ファーラの指示通り、ひょいと立ち上がる。


「えーと、これとこれとこれと、あとこれ。はい。『着替えてきてください』」


「ちょっとぉぉ、ファーラちゃあああん! お師匠様ぁぁぁ」


 渡された服を見てブリジットは顔を引きつらせるが、体は言うことを聞かない。素直に受け取って与えられた自室に向かう中、ブリジットは机に座り続けるニーロに助けを求めた。


 しかし、視線を向けるニーロは軽く首を振る。


「私のことで我慢する必要はないから、好きな服を着なさい。真実でない言葉に惑うほど未熟ではない」


 そうだけどそうじゃない。どうやら師もブリジットの決意には否定派だったようだ。理解されない現状に泣き言を吐きながら、ブリジットは結局自室に向かうことになってしまった。






 着替えが終わる頃には傀儡の腕輪の効果が切れたが、その頃には最早抗う意思など残っておらず。結局着替えた服のままブリジットはリビングに戻った。


「おかえりなさーい」


 悪びれなく笑顔で迎えてくるファーラの頬を、ブリジットは両手で挟む。むぎゅ、っと唇を突き出す形になるほどには強いが、別段痛みは感じない。


「ファーラちゃ~ん? さっきの話の後でこれってどうなのかなー?」


お似合いですよ(おひあいれふよ)~」


 引きつった笑顔で問いかけるものの、ファーラは悪びれなければ怖がりもしない。ブリジットが本気で怒っていないことを理解しているらしい彼女の顔は、年上に遊んでもらっている子供のそれのままだ。ブリジットは諦めの溜息をついてファーラを解放した。


「もー。お師匠様が変に言われたらちゃんと一緒に言い訳してね」


「もっちろんですよ! 僕はお父さんとブリジットさんを守るためには全力を尽くします」


 胸を叩いて高らかに宣言するファーラの目は決意に満ちている。


「私も?」


 人差し指の指先を自分に向けて問えば、ファーラは「はい」と何の躊躇もなく肯定した。親しみを込めて見上げてくる茶色の宝石は、どこまでもまっすぐで、ブリジットは覚えずくすりと笑みをこぼす。


「あ、お父さんお父さん、どうですか? 似合ってますよね?」


 くるりと振り向きファーラは新聞と向き合っている父に声をかけた。肯定以外の回答を求めていないと言わんばかりの問いかけ方に、ブリジットの方が硬直してしまう。その間に、ニーロの視線は新聞からブリジットに向けられた。


 ブリジットがファーラに渡されたのは白いブラウスに紺色の長めなベスト、茶色のショートパンツ、黒いストッキングに、こげ茶のロングブーツ。首元には赤い大きめのスカーフがつけられている。短いズボンにストッキング、という組み合わせには一応文句を言ってみたものの、過去に裸足で太ももまで露わにして駆け回っていた過去のある身としては、特別露出が気になる代物ではない。


 だが、ニーロの目で検分されるとなると非常に緊張する。嫌なわけではないのだ。ただただ、呆れられたりしないか、怒られたりしないか、失望させたりしないか、そんな不安が頭をよぎるのだ。


 徐々に頬が引きつっていくブリジットだが、そんな彼女の胸に渦巻く不安など知りもせず、ニーロはこくりと軽く頷く。


「よく似合っている」


 さらりと褒められ、ファーラは「でしょー?」と誇らしげに両腰に拳を当て、ブリジットは安堵の息を吐いて全身の力を抜いた。気にしすぎだったか、と心が凪いでいく。とはいえ、ブリジットにはおかしな確信があった。


(私、これ絶対また同じことやりそう……)


 この緊張感はいつか解けるのだろうか。早く解けるといいな。淡い期待を込めてブリジットは小さく息を吐く。


「さーて、ちょっと遅くなっちゃいましたけどご飯食べましょう」


 満足したファーラの呼びかけに答え、ブリジットはキッチンに向かう小さな背中を追いかけた。




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