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序話 「魔女との出会い」⑤


 枕元のランプの光を落とそうと手を伸ばすファーラに、ブリジットは小さく問いかけた。「はい?」と茶色の視線が向けられ、ブリジットは少し訊きづらそうに尋ねる。


「ファーラちゃんはどうしてそんなに魔女のこと詳しいの? それに、どうしてここに残ることを決めたの?」


 魔女の説明を聞いてから、彼女がニーロの実子でないと知った時から、気になっていた疑問。気に障る内容だったらどうしよう、と思いながらの質問だったのだが、当のファーラはあっけらかんと笑った。


「僕が昔住んでいた家の近所に、凄く物知りなお爺さんがいたんです。その人の隠し書庫は僕だけが知ってて、そこには魔女の本がいっぱいありました。他の本も好きだったけど、僕はそれが一番好きで、そこにある本は全部読破したんですよ! 魔女に詳しいのはそのおかげ、ですかね」


 隠し書庫、ということは、その老人は自身の学ぼうとしていることが世間的に受け入れられないことだと分かっていたのだろう。彼が一体どういう人物で、どういう経緯で魔女について学ぼうとしたのかは分からない。それでもその人物に対するファーラの信頼を、ブリジットはその笑顔と声音から判断する。


「で、そのお爺さんが死んだ後も、僕はこっそりそこで本を読んでました。でもある時お爺さんの家に息子さんたちが来て、僕が隠し書庫にいる時にそこを見つけちゃったんです。それで僕は魔女裁判ー、有罪ー、助けてもらいましたー、の流れになって。お父さんのところに残ったのは、初めて魔女に会えたのが嬉しかったのと、ひとりぼっちで寂しそうだったので、僕が一緒にいてあげようって思ったからです」


 にひ、と歯を見せて笑うと、ファーラはランプを消す。暗闇の中で長い枕の隣に頭を下ろす気配がした。


「――僕は魔女にはなれないけど、お父さんと、お父さんの弟子になる人の助手になるんです。僕に死ななくていいって言ってくれて、初めて魔女の知識を凄いって褒めてくれたお父さんに、恩返ししたいから――」


 その言葉を最後に、ファーラは口を閉ざす。暗闇の中でそちらを向いていたブリジットは、まだよく見えない天井を見上げ、小さく息を吐き出した。






 一週間後、朝食後に出された茶を前に、ニーロはブリジットに結論を尋ねる。


「どうしたいか決まったか?」


 ニーロが作ったという空間の世界に入ってから同じ調子を貫く落ち着いた声音は、今に至ってなお変わらない。


 急かされている、と感じることもなく、ブリジットは持っていたティーカップをソーサーに置いた。


 本当はもうとっくに答えなど出していたのに、それを言葉にすることが中々出来ずにいたのだ。機会をくれたニーロに感謝し、尻込みしたくなる自分を叱咤し、ブリジットは強い眼差しでニーロを見つめる。


「はい。――ニーロさん、私を、弟子にしてください」


 真摯な声音で告げれば、台所にいたファーラは「えっ!」と喜びの声を上げ、ニーロは僅かに目を瞠った。


「……阻害が効かずにファーラが喋れたということは、自ら望んで訊いたのだろうが、本当に自分の言っている意味が分かっているのか? 私が他に弟子を取る確率は低いから、私の弟子になると本当に魔女になることになるぞ? そうなれば、よいことばかりではない。魔法は使えるが、それ以外色々な危険が必ず訪れる。それは覚悟出来ているのか?」


 やはり変わらない落ち着いた声音は、だからこそ恐怖を胸に灯らせる。


 しかし、その恐怖とて初対面ではない。この数日、何度も何度も考え、思考の及ぶ範囲あらゆる危険も視野に入れた。追っ手たちの殺意も、その恐怖もしっかりと思い出している。それでも、なお――。


「危ないのはちゃんと理解しているし、覚悟もちゃんと出来てます。だからお願いします。私を弟子にしてください。ニーロさん言ってくださいましたよね、『君の選んだ道に必ず無事に送り出すことを約束しよう』、って。これが、私の選んだ道です」


 もう一度、先ほどよりも大声で言い切り、ブリジットは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって頭を下げた。そのまま次の言葉を待っていると、ニーロも椅子から立ち上がる。


「ブリジット」


 呼びかけられ頭を上げた。恐る恐る見上げた渋みのあるニーロの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「君が自分で選んだのであれば歓迎だ。君を私の弟子として迎えよう」


 そっと差し出された手を驚いた顔で見つめ、思い出したように慌ててその手を取る。大きな手が握り締めてくると、不思議なほど安堵に包まれた。


「ぃやったぁぁぁ! お父さんの初弟子だーーー! 今日はパーティですよーーーっ!」


 師弟関係の成立に諸手を挙げ文字通り躍りだしたのはファーラだ。この上ないハイテンションでくるくると回り誰よりも嬉しそうにはしゃぎ回る。手を放したニーロは苦笑し、ブリジットはにこにこと笑みを浮かべた。


「改めてよろしくお願いします、お師匠様、ファーラちゃん」



 こうして、史上初の男性魔女の初弟子が誕生する。この先彼らにどのような未来が待っているか。どのような苦難が、試練が、訪れるか。知りえる者はまだ誰もいない――。




お読みいただきありがとうございます!

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