第1話 「弟子 はじめました」②
控えめに問えば、構わない、と手で示される。それに礼を述べてからブリジットは魔道具の台座を両手で掴み、じっとその透明な水晶を見つめた。先程身体を駆け抜けた感覚を思い出そうと試みる。
だが、水晶の光は先ほどの最後に見られた微かな光すら灯さない。自然と指先に力が籠もっていくと、ニーロの指先でそれを叩かれた。
「気持ちは分かるが、物理的な力が入ると余計に上手くいかなくなる」
「す、すみません」
恥ずかしくて目を伏せると、ニーロは何かを考える動作の後再びブリジットの手を取る。突然だったので思わず「え」言葉が漏らしてしまったが、ニーロは普段通りの表情の少なめな顔をしていた。それでも思い出したのは、弟が幼かった頃家の仕事を手伝おうとして失敗し、それをフォローしていた父の顔である。
「最初の頃は私の補助をつけよう。それと……そうだな、心に針と糸を思い浮かべてみなさい。その針に糸を通すイメージを」
イメージ……小さく呟くと、ブリジットは両目をそっと閉じた。実家で行っていた針仕事を思い出す。小さな針、針穴は小さい。慎重に、慎重に、そっと糸を近付けるが、その先端は穴をそれてしまった。焦りが心に灯るが、握り締められた手に込められた力が少し強くなって、また落ち着きを取り戻す。
何度も何度も試みて、ようやく穴の先に糸が抜けた。はっとして目を開けると、まずニーロと目が合う。その彼に顎で示され手元に視線を落とせば、水晶に小さな光が浮かんでいた。
「あっ…………お師匠様、これ私の魔力ですか? 私の魔力で動いてますか?」
一瞬で笑みが浮かんだが、ぬか喜びはしたくない。ブリジットは表情を引き締め勢い込んで尋ねる。その彼女に、ニーロは僅かばかり口元を緩めて頷いた。
「ああ、私は最初に少し力を貸しただけで、今はお前の魔力だよ」
握り締めてくれていた手が離される。それでも、光は弱々しくふよふよと浮かんでいた。
「やった、出来た……!」
今度こそ笑顔を隠さないブリジットの頭を、ニーロはくしゃりと撫でる。幼い子供にするような褒め方だが、素直に嬉しいので今はそのまま受け取った。
「さて、では私は別件で少し外すので、しばらくそれで魔力使用を練習していなさい。ああ、こちらの魔道具はリビングに置いておくから、いつでも使うといい」
立ち上がり、ニーロは魔力を測る魔道具を壁際のチェストの上に置く。それより先に置かれていた籠は隣の棚の空いている隙間に詰め込まれた。
宣言通りニーロが部屋から出て行くのを見送ってから、ブリジットは再度水晶に向き直り、先程の感覚を思い出すように目を瞑る。
部屋を出たニーロは、そのまま自室の隣の小部屋に入った。部屋の奥に置かれている机の、その上に置かれた水晶に近付き手をかざす。ぼぅと淡い光を放つそれに、ニーロは語りかけた。
「全ての魔女に伝達を。今夜九時、臨時の魔女会義を開く。なるべく多くの魔女の参加を願う」
唱えた言葉は水晶の中で文章となり、混ざり合うや否や光となって飛び去る。それを確認してから、ニーロは再び部屋から出て行った。
「わー、ブリジットさんもうこんなに光出せるようになったんですね! 凄いです」
「ありがとうファーラちゃん。でも、まだ全然だからもっと頑張らないと」
心の底からの感心と我が事のような喜びをファーラから寄せられると、ブリジットは照れたように笑う。
ファーラが大量の荷物と共に戻ってきたのは、ブリジットが魔力強化の修行を始めてから30分ほど経った頃だった。「夜いっぱい出しますからお昼はこれで我慢してください」と渡されたのはサンドウィッチで、それきり彼女はキッチンに閉じこもってしまった。
夕方、キッチンから出てきたファーラは次々に料理をリビングに運び出し、食事の後にはケーキまで出してきた。おかげさまで「祝・初弟子獲得記念パーティ」が終了してから一時間は経とうというのに、未だに満腹感が収まらない。
そんな重い腹を抱えながら何とか片付けを終わらせて、魔力使用の修行を再開するブリジット。同じく手が空いたファーラも、自然とその隣に座った。
そうして現在、ブリジットの手元の魔道具には、弱々しい小さな光が五つほど灯っている。
「いやいや、今まで魔力と関わらない生活してきて、初日でこれだけ出来れば相当凄いことだと思うですよ」
頭と手を振ってファーラは、「とんでもないこと言っている」と言わんばかりにやや真顔になった。
「そうなの?」
「はい。僕は自分が魔力なしなんで実体験で語ることは出来ないですけど、知ってる話で言うなら大体平均三日から五日ぐらいはかかってるみたいです。もちろん早い人は即使えた人とかもいるみたいですけど、それはどっちかっていうと例外に近いですからね」
やっぱり凄いんですよ、とファーラは繰り返す。ブリジットは魔道具から手を離し、少し長めの息を吐き出した。体力が削られている感じはないのだが、ずっと集中するのは疲れる。
「ちなみに、お父さんも最初全然使えなかった側だったらしいです」
「お師匠様も?」
あんなに器用そうなのに、と驚いて鸚鵡返しにすると、ファーラは両手で顎を支えてにっと笑った。
「はい。全然出来なくて、お師様に手を握ってもらって魔力を流して貰いながら頑張ってたみたいです」
聞き覚え――いいや、身に覚えのある行動。ブリジットが自然と自分の右手の平を見つめると、ファーラの笑みはますます深くなる。
「昔自分がしてもらったことをようやく自分の弟子にもして上げられるのが、嬉しいみたいですよ。……だからたまには出来ない振りして頼ってあげてくださいですよ」
小声で付け足されたお願いに、ブリジットはくすりと笑いをこぼして「そうだね」と返した。
少女二人が顔を寄せ合って楽しげに笑っていると、席を外していたニーロがリビングに戻ってくる。
「ブリジット、来なさい。大事な用件だ」
扉から呼ばれたブリジットは大きな声で返事をしながら立ち上がった。一体何だろう、と少し不安げな顔をする彼女とは逆に、ファーラは何かを察したようにぱっと笑顔を咲かせて同じく立ち上がる。
「ファーラ、お前は呼んでいない」
呆れたようにニーロが振り返って注意するが、ファーラはすぐに反駁した。
「やだ! 僕も行くですよ。一生に一度しかない歴史的瞬間なのに立ち会えないなんて絶対やです! 僕だってずっと待ってたのに」
断固として引かない様子を見せる娘に、ニーロは諦めたように息を吐き出す。本当は駄目だと言い続けなくてはいけないのだろうが、「ずっと待っていた」と言われては弱い。
「――静かにしているんだぞ?」
遠まわしの許可が下りたと分かり、ファーラは両手を挙げて元気よく返事をした。
「……え? え?」
ひとりブリジットだけが、状況についていけずに困惑している。
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