序話 「魔女との出会い」④
その夜、ファーラが用意してくれた食事をたらふく食べたブリジット。膨れる腹に満足しながら、両手を広げても余りそうな大きなベッドに横たわる。口から零れるのは感嘆の溜め息だ。
「昨日まで……ううん、何時間か前まで死にかけてたなんて嘘みたい」
満足な食事、絶え間ない会話、温かな風呂、そして柔らかいベッド。少し前まで普通にあって、一瞬で奪われた幸せの象徴たち。再び得られたことに、ブリジットの心には感謝しか浮かばない。
「喜んでくれたようでよかったです。明日も美味しいご飯作りますからね!」
長い髪を首の横で三つ編みにし終わったファーラが隣に座った。客用のベッドもあるようだが、一緒に寝ないか、と誘われたのでこうして彼女のベッドにお邪魔している。
ブリジットは笑顔を向けてくるファーラに「楽しみにしてる」と笑いかけた。それから表情を改め、上半身を起こす。
「ねぇファーラちゃん、昼間言おうとしてたことって何?」
問いかけると、ファーラは困ったように唸って腕を組んだ。
「う~~ん、僕としては言っちゃいたいんですけど、お父さんに余計なこと言わないようにって制限の魔法かけられちゃってるからなぁ」
「えっと、それって私が聞きたいから訊いても余計なことなのかな?」
魔法の知識はないが、一般常識的に相手が求めることを説明するのは『余計』ではないはず。その認識の元尋ねると、ファーラは「確かに」と一本立てた指を振る。
「お父さんはー、弟子を探しててー。あ、大丈夫です喋れます。えーっと、どこから話そうかな。ブリジットさん魔女についてはどのくらいご存知ですか?」
喋れると分かるやはしゃぎ出すファーラについ笑ってから、ブリジットはまるで知らないという答えの代わりに首を振った。じゃあ最初からですね、とファーラは面倒どころか心から楽しそうに話し始める。
「まず魔女って言うのはですね、もちろん大前提に魔力を有する者なんですが、その中でさらに、大昔、月の女神と交わした〝契約〟を師から継いだ者のことを言うんです」
ファーラは語る。
大昔、まだ世界が神々と共にあった頃、月の女神は自身が守護する全ての女性たちに自身の魔力を宿らせ魂の守りとした。
そして、その中でもさらに女神に近しい50人の女性たちに、魔力を形作る術――魔法を教えた、とされている。
この時女神は彼女たちと約束を交わしたのだ。「この術を決して途絶えさせないように。この術が人の世にある限り、女神の加護を与え続ける」と。
この約束こそが〝契約〟。そして、〝魔女〟たちの使命はこの契約を次代に継承すること。
「お父さんも、本来は女性の血にしか宿らないはずの魔力が宿って、子供の頃に魔女裁判にかけられたそうです。でも、茨の魔女だったお父さんのお師様が助けてくれて、弟子の一人として育ててくれたらしいです。本当は魔女を継ぐことはないはずだったけど、四十……えっとー、四年前ですかね」
44年。ブリジットの人生をまるっと2回繰り返しても足りない時間に、一瞬途方のなさを感じてしまう。
「その時の魔女狩りで、他のお弟子さんがみんな殺されちゃって、お師様が死ぬ直前に魔女を引き継いだ、って。だからお父さんも〝魔女〟を誰かに引き継がなきゃならないんですけど、助ける相手助ける相手みーんな他の魔女さんの所に送ったり旅立たせたりしちゃうから、その相手がいないんですよ。……僕が昼間言いかけたのはこれで、ブリジットさんが良ければお父さんの弟子になってくれないかなーって」
最後の辺りで声の調子を落とし、ファーラは指をいじくる。本人としては、父に反発しない相手だったから、嬉しくてつい言ってしまったことだった。
だが、助けてもらった直後にそんなことを言われては断れないだろう、と父に諭され今は反省している。今も同じ状況ではないかとそわそわしていた。
ブリジットは落ち着かない様子のファーラを見て、宥める代わりに少しだけ話題を深掘りする。
「あの、ニーロさんのお師匠様の、茨の魔女? っていうのは? 魔女によって使える魔法が違うの?」
年の割りにかなりしっかりしているファーラには、気を遣っていることがすくばれてしまうのではないか。懸念したが、魔女のことを語れるのが楽しいらしく、彼女は再び明るい笑顔を浮かべた。
「いいえ。魔女は契約を継承した時点でどの魔法も使えます。何とかの魔女、の頭部分――あ、これ冠名って言うですけど、これは、その魔女が一番得意な系統の魔法からつけられるんです。お父さんのお師様は茨を使った魔法が得意だったので茨の魔女、お父さんは空間の魔法が得意なので空間の魔女です」
空間? と鸚鵡返ししてブリジットが首を傾げると、ファーラはさらに説明を続ける。
「はい、空間をつなげてあちこちを行き来したり、新しく空間を作る魔法ですね。この家もお父さんが魔法で作り出した空間の中にあるんですよ。ここはどこにでもつながるので、僕は湖に沈められた瞬間ここに連れてこられました。今までここに来た人たちも、その魔法であちこちに行ったんです」
あの時、突然ニーロの手が出てきたのはそのためだったのか。家に招かれる前、ふと見た外が自分のいた森と違って見えたのは、そのせいだったのか。ブリジットは納得したように軽く頷いた。
『君の選んだ道に必ず無事に送り出すことを約束しよう』。ニーロの強い言葉が思い出される。あの言葉に心の底から落ち着いたのは、師から受け継いだ魔法への自負が込められていたからだろうか。
「えっと、こんな話した後になんですけど、無理にここを選ばなくても大丈夫ですからね。義理で人生決めても将来辛いと思いますし……」
両手を胸の前で振って、少し慌てた様子でファーラが取り繕う。ブリジットはその彼女に「大丈夫」と安心させるように笑いかけた。
「そろそろ寝ようか。私寝相そこまで悪くないと思うけど、蹴っちゃったら叩き出していいから」
冗談めかしてブリジットがベッドに横になると、ファーラも笑って隣に横になる。
「……最後にいいかな?」
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