第18話 「許されざる〝魔女〟」①
記録が途切れ、ファーラの状況説明が終わる。
しかし、ブリジットもルネッタも口を開くことが出来ない。あまりの悪意に、ブリジットは言葉を失い、ルネッタは真っ青になり小さく震え続けていた。
そんな彼女たち、そして、冷めた表情のファーラ、警戒した表情のレナから視線を注がれる中、キャシーはずっと俯いたまま立ち尽くしている。
「……ここまで反論らしい反論はありませんでしたね。ここまで揃っていたら、流石に諦める気になったですか?」
決してそのように楽観的な思考でいるわけではないのだが、ファーラは反応を引き出すために敢えてそのように問いかけた。
言い訳をするか、喚きたてるか、あるいは隠し持っているかもしれない魔道具で攻撃してくるか。
記録の魔道具をさっとしまい入れ、ファーラは手をポシェットの中に収めたままにした。脳内で取り出すべき道具を浮かべる度に、指先にそれが触れてくる。
重苦しい沈黙。
ブリジットもキャシーが何をしでかすか分からないと判断し、ルネッタを背中で押しながらじりじりと後退していた。
ややあって、ブリジットたちは盾を構えるレナよりも後ろに下がる。
すると、まるでそれを待っていたかのようにキャシーはポケットから瓶を取り出し、相対する者たちに向けて中身をぶちまける。
それは簡単に反射の光盾に跳ね返されるが、むしろそれこそがキャシーの狙いであった。
反射された液体は、ぶちまけたと同時に後ろに大きく下がったキャシーとレナたちの間に飛び散る。そして地面に落下した瞬間、液体は赤黒く変色し、パチパチと連続した小さな火花が発生した。
ブリジットはその魔道具に心当たりがある。
(あれ、火種の魔法薬だ……っ!)
例えば料理の時や、そうそう機会はないが野営の時など、あの魔法薬を使えば火種が簡単に手に入る。火の魔法がメインだが、乾燥の魔法も混ぜられているため、液体や発生した火花が触れた瞬間に水気が飛び、生木すら燃やせるようにしてしまう代物だ。
大火事に警戒し、逃げ道を視線で模索するレナ。消火のために使える魔道具を取り出そうとするファーラ。ファーラがそうするだろうと予測していたのでほぼ同時に手を伸ばすブリジット。
しかし彼女たちが動くより早く、キャシーは物体を操作する杖型の魔道具を真横に一閃する。
「きゃっ!?」
悲鳴を上げたのはただ一人固まっていたルネッタ。他の3人が反応するより早く、その体は滑るようにキャシーの元に向かった。
助けに向かおうとレナ、そして攫われる途上ルネッタが落とした解呪の魔鎚を拾い上げたブリジットが駆け出す。
だがそれとほぼ同時に、キャシーが再度杖を振った。応じるように、液体が、それに伴う火花が蠢く。真夏のために乾燥はしていないが、魔力を伴う火花は効能通り、水気の有無などお構いなしに近くにきた草木に燃え移る。
火はあっという間に炎に代わり、ブリジットたちの周辺を取り囲んだ。
「レナさんこれを! 魔力を注いで真上に投げてください!」
満足な説明もなく、ファーラがレナに漆黒の小箱を渡した。しかし切羽詰まった状況を過不足なく理解しているレナは、すぐさま指示に従う。魔力をそれに流して真上に投げれば、箱がぴかりと光り、色つきのガラスのような壁が周囲を囲んだ。
「あ、それ知ってるー。守りの小箱だ。あはは、今更防御の魔法張ったって遅いのに」
連れてきたルネッタを地面に転がしたキャシーは、いつも通りの彼女の顔で笑いながら、杖を持つ手と逆の手でポケットから悠々と何かを取り出す。
表に出てきた彼女の手が握っていたのは、先端のない鍵。
「それ――空間の鍵……! まさか、閉じる気? この空間を? 出来るわけないわ! 死ぬ気なの!? この空間がどれだけ広いと」
「出来るわ。私、天才だもの」
防御魔法を隔てて向かい合ったレナとキャシー。堅い防御魔法を、レナは思わず内側から叩いた。敵対が明らかになっても、咄嗟に姉妹弟子を心配してしまった彼女に、キャシーは自信に満ちた昏い目で笑う。
言下、キャシーは先端のない鍵を空間に伸ばし、横に捻った。
その途端に、ブリジットは異様な魔力の動きを感じる。直後覚えた閉塞感に、咄嗟に顔を空に向けてあげたが、目に映るのは空を覆う林の緑と充満し始めた煙ばかり。
「……っ、ふ、ふふ、ほら、出来たでしょ? ルネッタの無駄に高い魔力を利用すれば、これくらい容易いのよ」
少しふらついたが、キャシーは転ぶことはせずに鍵をポケットにしまった。
代わりに彼女が取り出したのは、薄く青く染まった魔石。その色が示しているのは、入っていた魔力が使用されたという事実。
「そのゴーレムを動かすついでに、こっちの魔石に余剰分を貰っておいたの。――さあ、これでこの空間はもう他の魔女たちに感知されない。閉じられた空間では、何をしてもバレないわ。だから――」
にっこりと、キャシーは異様なほど楽しそうに笑みを浮かべる。双眸には明るい未来への希望と――相反する狂気が渦巻いていた。
「証拠も丸ごと、ぜーんぶ燃やして無くしてあげるね。ああ、ルネッタは後でね。私に魔女を譲ってもらわないといけないから」
髪を耳の横で抑えながら、キャシーは地面に四肢をついて自分を見上げるルネッタを笑顔で見下ろす。見逃すとは言っていない。キャシーは「魔女を譲って貰ったら後で殺す」と言っているのだ。
隠すことのない殺意を向けられ、ルネッタの息は短く浅くなっていった。そんな彼女に「犬みたい」とコロコロ笑いながら、キャシーは改めて操作の魔杖をブリジットたちに向ける。
応じて、炎が躍り防御壁をぐるぐると取り囲み始めた。
「まずはあなた達ね。あなた達はただただ邪魔だから、すぐに殺してあげる。私知ってるのよ、守りの小箱は注いだ魔力分強度と展開時間が上がるって。でも、あの短時間でどれだけ魔力を注げた? ふふ、ずっと耐えるなんて無理でしょ?」
杖が動けば、林中に広がっていくはずの炎は集まり、ブリジットたちを防御魔法越しに包んでいく。
炎が躍る様に、離れていても肺を焼くような熱い空気に、飛んでくる灰に、焦げ臭い異臭に、ルネッタの呼吸はどんどん浅くなった。胸のあたりの服をぐしゃりと握りしめて、自然と体が丸くなる。
(助けて、助けて、誰か助けて、お願い――っ!)
誰に伸ばせばいいのか分からない手。誰に請えばいいのか分からない助け。心当たりの影すら浮かばないのは、きっとルネッタがこれまで他の魔女たちに背中を向けてきたから。
魔法が使えない自分が後ろめたくて、自身の魔力すら扱えない自分が情けなくて、ちゃんとした魔女たちの隣に立つのが恥ずかしかった。悔しかった。辛かった。
(――やっぱり、魔女になんてなるべきじゃなかったの……? お父さんもお母さんも、キャシーも、あたしに死んでほしいって言う。きっと他の魔女たちだって……あたし、やっぱり、いらない子なの……?)
目にたまらず、涙が地面に落ちていく。心の中で、チリチリと張りつめた紐が燃えるような感覚がした。一本一本、構成する糸が燃えていく。
「ほらほら、炎はどんどん強くなるよ~。みーんな死んじゃうねー。ダメダメなルネッタなんか庇うからこうなるんだよー。素直に私のこと魔女にしておけば良かったのにねー」
哄笑しながらキャシーは炎を躍らせた。
みんな死ぬ。ルネッタのせいで。
その言葉は胸の炎をさらに燃え上がらせ、紐を構成する糸は最後の一本になった。
踊る炎が、それを焼き尽くす。
お読みいただきありがとうございました!
良ければ評価やブクマをお願いいたします<(_ _)>




