第17話 「ファーラちゃんの解決編」①
トイレに手際よく運ばれたファーラは、すぐさま持ってきていた魔法薬をポシェットから取り出し服用した。
(まったく、この間ブリジットさんが襲われた後から薬類増やしておいて良かったですよ)
体調の異常に効く魔法薬のおかげで、ファーラの腹痛は少しの時間で改善される。
「ファーラ、ここに腹痛を収める薬置いておくから、後で飲んでちょうだい」
「これはよく効くお薬だから、落ち着いたら絶対飲んでねー」
それに前後して、レナとキャシーがトイレに入ってきた。気を遣ったのか、ファーラが返事をすると二人ともすぐに去っていく。
完全に気配が消えてから、ファーラは個室を出て手を洗った。その間にも視線が捉えていたのは、レナたちが持ってきた薬。
「……疑いたくはありませんが、一応」
ポシェットを探り、ファーラはルーペ型の魔道具を取り出す。そして、それを目に近付けレンズを覗き込んだ。
「……赤いですね……悪意あり、と。これだけ痕跡が残っているってことは、結構すぐやった感じですね」
ぼそりと呟き、ファーラはルーペをしまい、代わりに布を一枚取り出す。そして、薬の瓶を包んで同じくポシェットにしまい込んだ。
これは保存の魔法がかかった魔道具。元々の用途はコレクションの保存用だそうだが、証拠の保全にも十分使える。
(……うーん、これ、ルネッタが犯人なんですかね……?)
最初はルネッタがのイタズラだと思っていた。だからルネッタに何を盛ったのかと尋ねた。
だが、ファーラの知る限り、ルネッタは自分のイタズラが成功した場合「やーい、ひっかかったー!」とこちらを馬鹿にして笑ってくるタイプだ。間違っても「自分じゃない」と慌てるタイプではない。
その点があまりに疑問で、納得出来ず、ファーラは少しの逡巡もなく決断する。
(うん、調べに行きましょう。気になって気持ち悪いです)
この好奇心と探求欲が、過去自身を処刑に進ませたのは理解しているが、ファーラはそれらを抑えきれなかった。
怒られたら後で謝るとしよう。
そう決断し、ファーラは姿を消す液体型の魔道具『ハイド・アンド・シーク』を床に撒き散らした。液体は発光と共に蒸発し、ファーラの姿も掻き消える。
そうしてそっとトイレから出ると、すぐにキッチンへと向かった。以前〝別の友人〟に請われて来た時、作ってきたケーキを切り分けるのに行ったことがあるので、その歩に迷いはない。
キッチンに着くと、丁度レナとキャシーがキッチンから出て行くところだった。ティーカートは応接室に置きっぱなしだったので、今はレナがお盆を持っている。
(相変わらずあそこは、面倒なことをレナさんがやっているんですね)
一見すると彼女たちは仲が良く見えるが、キャシーの言動の端々にはレナ、あるいはルネッタを馬鹿にする発言が散見されていた。こんな風に面倒ごとをさりげなく押し付けるのも珍しいことではない。
加えて、それ以外の相手にも、それと気付かれにくい言い方で見下すことが多いため、ファーラはあまりキャシーのことが好きではない。
――父をはじめとした、感情察知に優れた魔女たちから総意で特級昇格を拒否された、と聞いた時には、驚きよりも納得が勝ったものだ。
ちなみにこの件に関しては、父からは何も詳細は聞いていない。それでも、ファーラのみならず、試験官をした魔女たちの特性を知る者たちの多くが、キャシーの性分に察しをつけていた。
当のキャシーは、ただただ不満を抱いていたようだが。
(と言っても、魔力の知覚能力は実際高い人ですからね。ちゃんと隠れておきましょう)
ハイド・アンド・シークは五感で察知出来る全てを消せるので隠密行動には便利なのだが、どうしても魔力の気配が出てしまう。特級と一級の弟子たちの知覚能力に警戒し、一応壁に隠れながらファーラは彼女たちが過ぎ去るのを待った。
そして、その背中が角に消えてから、キッチンへと侵入する。
周囲を見回して最初に目についたのは、蓋がしっかり締められ机の中央に置かれた乾燥した葉が入ったガラス瓶。しゃれた外装の瓶の下には、「下剤入り」と書かれたメモが置かれていた。
(確かに茶葉の瓶ですね。……でも)
ファーラは訝しむように眉を寄せ、目線より高くに瓶を掲げる。何度か振ってから、コルクキャップを開け、中のにおいを確認した。
(茶葉の匂いなんて全然しない……いや、多少はあるですね。うん、元々この瓶自体には茶葉が入っていたっぽいです。でも、多分この葉っぱ自体は下剤用の薬草な気がします)
ファーラは茶葉にはそれなりに詳しいが、薬草に関してはそこまでではない。ルネッタに馬鹿にされるのが業腹なので、基本的な薬草の見た目は覚えているくらいだ。
そしてこの瓶に入っている草は、下剤を作る時に使用する薬草を乾燥させた物のように見えた。
ではそうなると、ここに下剤用の薬草を入れたのは誰か。
考える可能性は3つ。
ひとつはファーラの認識が間違っており、本当にルネッタがイタズラで入れた場合。
ひとつはイタズラの気が全くなく、下剤を空いていた茶葉の瓶に入れてそのまま忘れて放置してしまった場合。
そして最後のひとつは、ルネッタではないどちらかが、敢えてルネッタが疑われるように茶葉を入れた場合。
(ま、腹痛の薬に悪意反応があるってことは、必然的に③が答えなんですけどね。それでそうなると――犯人は一人だけなんですよね)
ほとんど確信した状態で、ファーラはキッチンの扉のすぐ脇に、壁際に置かれていた脚立を持っていく。その途中で、姿を消す魔道具の効果が切れた。ここまで来たら別にいいか、と、ファーラは作業を続ける。
そして、適度に高さのある段に、ポシェットを探って取り出した魔道具を設置し、宝石のような青いガラス球を取り出した。
設置した魔道具の正体は記録の魔道具で、範囲内に映る全てを記録する。流石に魔道具に内蔵される魔力だけでは十分な機能を使えないので、これは魔力を使わなくては使用出来ない魔道具だ。
魔力がないファーラがこのような物を持っていても宝の持ち腐れのようだが、その辺りのハードルはもう何代も前の魔女の時代に解消されている。
それが、魔力を込められる魔石という存在。
魔女のみならず魔力を有する者であれば誰でも作れる魔道具で、これを専門に商売をする者すらいるくらいだ。
幸いファーラは現在の主要生産元である魔道具の魔女と仲が良く、魔力を込めてくれる相手が父を含めてたくさんいるので、魔石作りには困っていない。
まずは記録用の魔道具に魔石を設置し、記録を開始。
それからもうひとつ、大きな時計型の魔道具を取り出し、同じく魔石を込める。裏面の巻きネジを数回転回せば、時計は3時間ほど巻き戻り、光の粒子がキッチンの中に広がった。
これは再現の魔道具『リメンバー・イベント』。その場であった出来事を再現出来る、記録の魔法を素地とした魔道具だ。記録の魔法ほど詳細には取れないが、この魔道具が映し出す映像は真実だ。
素地となる魔法の性質上、保有には申請と数人の魔女の許可が必要になるが、ファーラはそれをしっかりと得た上で保有している。
光の粒子はやがて集まり、人の形を形成する。まず現れたのはルネッタだ。
『ふっふーん、いくら紅茶好きのファーラでもこんなに美味しいお茶なら文句言わないでしょ。あー、悔しがる顔楽しみだわー』
にっこにこに笑いながら、意気揚々と茶葉の準備をするルネッタ。用意された茶葉は、キッチンのカウンターの上に置かれる。
ルネッタの幻影は弾む歩調でキッチンの外へと向かい、記録用の魔道具の隣で状況を見守っていたファーラの前まで来ると、また光の粒子に戻った。
それからしばらく何の動きもなかったせいか、時計の針は通常よりもかなり早く進み、その間に光の粒子はくるくるとその場で留まり続ける。
ややあって、再び時計の針の動きが緩むと、光の粒子は歩き入ってくる姿でまた集まった。形作られたその顔を、冷めた目で見つめるファーラ。
視線の先には、悪辣な笑みを浮かべるキャシーが映っている。
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